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「とはいえ、あれではな…」


斉藤は縁側に座って、中庭での修練を眺めていた。

一応指南役のはずなのだが、その役目をもう一人の指南役である、藤堂平助に丸投げしているのだった。

ちなみに毎日の修練の指南役は幹部での持ち回りだ。

その日の巡察にあたっていないものが割り当てられる。


「ちょっと、斉藤さん。少しは手伝ってくださいよ。私一人じゃ見切れないですって」

「…無理だ。今立て込んでいる」

「あからさまに嘘つかないでくださいっ」


藤堂は顔を赤くして怒鳴った。だが、悲しいかな、その童顔で怒られても逆に和む。


「なんですかその生暖かい目はっ」


藤堂はさらにいきり立ってこちらによってくる。

あまり年も変わらないはずなのだが、どうも弟のようにしか思えない。

それはほかの幹部も同様のようで、特に原田などはいつも藤堂をからかっては遊んでいる。


「平助~どうだ~ちゃんと教えられてっかぁ?」


噂をすれば影。原田が帰ってきたようだ。ぐしゃぐしゃと藤堂の頭を撫でまわす。

藤堂が嫌がると知っていて、そうするのだからたちが悪い。


「何するんですかっ原田さんっ」

「いやぁ、嫌がるお前がかわいくてつい」

「変態!」


こんな会話も日常茶飯事である。


「ところで、斉藤。お前がちゃんと稽古見てるなんて珍しいな。誰かめぼしい奴でもいんのか?」

「…ああ。居るには居るが…」


原田は眼を輝かせた。


「へぇ?お前さんのお眼鏡に敵うやつたぁいったいどいつだ?」


この筋肉バカは、強い相手と戦うのが何よりの楽しみらしい。

今にも舌なめずりをし始めそうな、爛々とした目をしている。


「つい先日入隊した、峰岸という」

「えっ。あいつですか?いたって普通…というか、実戦ではまだ使い物にならない程度の腕ですよ?」


藤堂が驚いて声を上げる。

斉藤は口をつぐんだ。


藤堂の言うとおりだった。眼はいい。だが、打ち込みが全般に浅い。

防御は天性の才能でしのいではいるが、攻撃ができていない。

これでは実戦に出た時、死にはしないまでも怪我は負うだろう。それは剣士としては失格だ。

実戦で活きるのはいかに無傷で相手を仕留めるか。それに尽きる。


「平助の言うとおりだな、ありゃ」


原田は、峰岸を見て、興味を失ったようだ。

斉藤自身も、擁護の仕様がない。

内心苦笑するばかりである。


「…まぁ、入隊したばかりなんだったら、仕方ないですね」


先ほどは言い過ぎたと思ったのか、藤堂は言った。


「よし、皆、休憩してよし!」


藤堂が全体へ号令をかける。その途端、ほとんどの隊士は倒れこんだ。


藤堂の稽古のつけ方は、基本に忠実、といえば聞こえはいいが、悪く言えば、ただのしごきだった。

延々素振りをやらされることほど、精神的、身体的に苦痛なことはない、とは、ある平隊士の談だ。

峰岸は大丈夫だろうか。

ふと見ると、天を仰いで座り込んでいる。

だが、斉藤の視線に気づくと、姿勢を正して、近づいてきた。


「お見苦しいところをお見せしてしまいました…」

「いや。構わない。稽古とはそういうものだ」

「えらく礼儀正しいな。つらいだろう?寝っころがってりゃいいんだぜ?」


横から原田も口を出す。それに「いえ」と言葉少なに答え、少し笑いながら言った。


「お気遣い感謝します。…それにしても凄いですね。幹部の方々もこのような稽古を?」

「毎日するわけじゃないし、素振りよりは実戦に近い形の稽古だけれどね」


藤堂が説明する。


「凄いなぁ…特に藤堂さん」

「え?」


唐突に峰岸から名前が出て、驚いている藤堂。


「だって、藤堂さん、俺と同じくらいの年でしょう?それで新選組の幹部だなんて、本当に凄いです」


心から感嘆しているらしい。

峰岸の言葉に、藤堂は固まった。


「…えーと。君、確か17だよね?私それよりも年上なんだけれど」

「…えっ。えぇぇっっ?!」

「こいつ、かなり童顔だからなぁ。仕方ねぇよ、な、平助」

「好きで童顔なわけじゃ、ありません」


すねたような様子の藤堂。しかし、その無意識の仕草が子供っぽいことに気づいていない。


「す、すみません!俺、てっきり同い年かと…」

「いいっていいって。よくあることだし?」

「なんで左之さんが言うんですかっ?!」

「あっ、左之って呼んだ!平助、か~わ~い~い~」

「気持ち悪いっこの変態やろうっ」


刀を抜いて切りかからんばかりの藤堂。


「ぎゃ~抜き身で追いかけるのなしでしょ平助っ」

「まてぇっ!今日こそその間抜け面に一太刀浴びせてやるっ」


叫びながら走り去る二人。


「…いいんですか?放っておいて」

「気にするな。いつものことだ」


それよりも、と斉藤は続ける。


「全般に打ち込みが浅い。剣は一太刀で決するものだ」

「…はい。申し訳ありませ」

「お前はいったい何のためにここに入った」

「…え」

「お前が剣を振るう理由はなんだ」

「それは…。先生はご存じのはずでは」


峰岸は戸惑った。


「仇討だったか。…それにしては、悠長だな。そんな調子だと死んだ者も浮かばれまい」

「っ…!!」


峰岸の瞳が揺れた。唇を噛み締め、拳を握って、感情の波が過ぎ去るのを待つ。


斉藤の言うことは、正しい。

こんな風に、剣を一から学んで、それで仇を討つだなんて、ちゃんちゃらおかしいことも分かっていた。

でも、頭では分かっていても、それ以外に峰岸にはどうしようもない。


何も言わない峰岸に、斉藤は静かに続けた。


「剣は、命懸けなものにしか遣えない。相手を斬るには、自分も斬られていいという覚悟がいる」

「…覚悟は、しています」

「そうか。ならいい。励め、峰岸」


斉藤は、突き放したような物言いしかできなかった。

それでも、峰岸は何も言わず唇を噛み締めていた。


平助はマスコットキャラクター的イメージです。

皆になんやかんやとからかわれている感じ。

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