伍
夕暮れ時。
斉藤は町から帰るところだった。良い刀がないか探していたのだった。
斉藤の数少ない娯楽の一つが刀の物色だった。
永倉あたりは、「実用的すぎる。そんなの趣味じゃねぇ。酒にしろ、酒に」と呆れて言ってくるが。
斉藤は、酒があまり好きじゃない。弱くはない。むしろ強い方だと思う。
だが、飲んだ時の記憶がなくなることがしばしばあった。
自分が自制のなくなるのがおそろしい。
だから、酔いつぶれるほどは、呑まないようにしていた。
「あ、斉藤君だぁ。また街に出てたんだね」
後ろから、声をかけてきたのは、沖田だった。
手に団子串を持っている。また甘味処にでも行っていたのだろう。
「あぁ。あんたか。何の用だ」
「いやぁ、別にぃ、用ってほどのもんじゃないんだけどぉ」
なぜだかにやにや笑っている。
「気持ち悪い。なんだ。はっきり言え」
「あの峰岸君に自ら稽古つけてやっているんでしょ?斉藤君にしては珍しいじゃない。めったに稽古に出ないくせに」
「…あんたにだけは言われたくない」
沖田の稽古嫌いは有名だ。稽古よりも子供と遊ぶ方が好きらしい。
そういうことを憚ることなくやるのが、沖田総司という男だった。
「まぁまぁ。で、なんで稽古つけてやってるの?」
同情してるわけじゃないよね?と沖田の目が語っている。
「あいつの眼、だ」
「はい?」
「あいつは、異常なほど眼がいい。稽古してみて確信した。もしかしたら、あんたの初太刀、かわせるかもしれないぞ」
「…それってほんと?」
沖田の眼に剣呑な光が宿る。雰囲気が変わる。
この男も、斉藤と同じか、またはそれ以上に、剣に対する自負心が高い。
「一度、相手してみるか?」
なんだかおもしろく感じて、唇の端を上げた。これが、斉藤の笑い方だった。
「もちろん。喜んでお相手いたしましょう」
ふざけた口調で、でも真剣な目でいう沖田の姿が、より一層笑いを誘う。
「…っく」
つい、声が漏れた。
隣で沖田が目を丸くしている。
「斉藤君が笑ってる…」
「うるさい。構うな。俺は先に帰る」
明日の稽古が、少し、楽しみだった。