拾参
屯所に帰るころには、夜が明けかかっていた。
峰岸を含めた負傷者たちはすぐに手当てを受け、重傷のものは、医者に連れて行かれた。
峰岸の左肩の傷は、腱をかすめており、しばらくは固定したままの生活を余儀なくされるという事だった。
「峰岸君、具合はいかがですか」
病傷者専用の部屋で寝ていた峰岸の見舞いに山南が訪れた。
「…ああ、山南さん。気にかけていただいてありがとうございます。まだ痛みますけど、大丈夫です」
「嘘つけ。そんな暗い声して、どこが大丈夫なんだ?」
山南の背後から明るい声がした。
「……原田さん」
「辛気くせえ顔、してるぜ?なあ、山南さん?」
「仕方ありませんよ、ね」
微笑む山南。
原田は豪快に笑って峰岸の肩をたたいた。
「ま、けがの一つや二つで落ち込むなって!!俺なんざ、今まで何度医者の世話になったか」
「………っっっっ!!!」
「は、原田君っ」
「わ、悪ぃっ!!青藍!!」
見舞いに来た二人がいなくなった後。
「そういうわけじゃないんだけど、な」
思わず口から言葉が零れ落ちた。
もちろん、実戦で怪我をしてしまうなんて、失敗以外の何物でもない。
だが、今の峰岸を悩ませているのは……。
峰岸は自分の両手をじっと見た。
今は、汚れてもいない、きれいな手。
だが、一度他人の血に塗れた手だ。
いまだに、汚れている気がしてしまう。
記憶の中の血の臭いや死臭がこびりついて離れない。
人の体を斬った、あの独特の感触がまだ残っている。
吐き気が、する。
「……っ」
洗面器を引き寄せて、そこに吐いた。
だが、胃に入っているものは、先ほど二人が見舞いに来る前に全て吐いてしまった。
ただ、酸い胃液しか出ない。
「はぁっ……はぁ」
ああもう、最悪だ。
こんなことで、自分がここまで弱ってしまうなんて、思っていなかった。
これは、誰にも相談できそうにない。
もう、寝てしまおう。
峰岸は夢の世界に逃避することに決めた。