願いを叶える赤い羽
カウノスは明日で30の歳を持つ。彼は小高い丘の上に小さな家と小さな畑を持ち、そして2つ年上の妻、ジュリアと共に暮らしている。しかしこのカウノスは元が怠け者で、畑を耕すのも毎日嫌々なため、一向に金も溜まらず、畑も大きくはならなかった。一方のジュリアはそんな夫に呆れ果て、毎日のように怒鳴りつけるのにも嫌気が差し始めていた。カウノスはジュリアの気も知らず、ただ鉄の鍬を手に日の昇り時は畑の上に立つだけで、仕事を始めるのは昼時を過ぎて、更にもう数刻過ぎてからである。その癖に彼は毎日のようにこう呟いていた。
「金持ちになりてぇなぁ」
その気持ちはジュリアも同じであるが、決して期待はしていなかった。
そんな彼ら夫婦の噂を聞きつけた帝都の火と鍛冶の神ウルカヌスは、彼らを滑稽に思い、暇つぶしにでもと行動を起こした。
「怠け者が富を得たいと口にしても、それは強欲なわけではない。カウノスという奴が本当にただの怠け者かどうか、俺が見てやろう」
ウルカヌスは老人に化けると、早速カウノスの元へと足を運ぶ事にした。
今日もまたカウノスはただぼんやりと太陽を見上げて居た。
「あんた、またさぼってばかり。蓄えももう少ないって言うのに!」
ジュリアは腰に手を当ててカウノスを怒鳴りつけた。だが彼は聞こえているのか居ないのか、「あぁ、わかっているよ」と口を回しただけで、決して鍬を振り上げようとはしなかった。ジュリアは溜息を一つ吐くと、かぶりを振って家の中へと戻っていった。次いでカウノスも溜息を吐いて、こうぼやいた。
「金持ちになりてぇなぁ」
彼はそれが叶わぬことと解っているのか、鍬で自分の体を支えてぐったりとうな垂れた。
「そんなに金持ちに成りたいか」
どこからとも無くそんな声が聞こえてきた。カウノスが辺りを見回すと、正面から一人の老人が登ってきた。ウルカヌスである。だがカウノスがその老人が神の類だと知るわけも無く、彼はただ「なんだ、年寄りか」としか感想を持たなかった。
「どうしたんだい、道に迷ったのかい」
カウノスは老人の顔を覗き込んだ。髯だらけのその顔から表情を読み取るのは至難の業である。
「お主、金が欲しいと言っておったの」
ウルカヌスはその高い鼻がくっ付くのでは、と思うほどカウノスに顔を近づけた。カウヌスは思わず1歩身を退く。
「そうだけど、あんた誰だい?俺に何か用があるのか」
カウヌスにはこの老人が怪しく思えてきた。こんな所に訪ねてくるのは、定期的に来る商人か、はたまた帝都の騎士が新報を伝えに来るかだけである。こんな老人が訪れる理由が思い当たらない。この丘を越えても、先には渓谷があるだけである。
「まぁ、わしが誰かは一まず置いておくとしよう。それよりも、お主が金持ちになりたいと言うのなら、良い事を教えてやろう」
「良い事?」
カウノスは首をかしげた。
「さよう。この丘を越えれば渓谷があるのは知っておろう。その渓谷に向けてまっすぐにひたすら進むがいい。そこには巨鳥レディアが住んでいてな。そいつの卵は数千万マルクスは下らないいう」
「数千万マルク!?」
カウノスは思わず叫んだ。数千万マルクスあれば帝都でしばらくの間豪遊できる。そんな大金が卵一個で手に入る。おそらくそのレディアとかいう巨鳥の巣には数個卵があるのだろう。それら全てを売り払えば・・・・・・。
「じいさん。その話は本当なんだろうな。もし嘘だったら承知しないぞ」
「嘘かどうかは己の目で確かめてくるんだな」
ウルカヌスはそれだけ言って立ち去ってしまった。一人残されたカウノスはしばらく考え込んだ。しかしあの老人が自分をだます道理はないと思い、ウルカヌスの言葉を信じることにした。そうと決まれば善は急げと彼は身支度を始めた。
「ちょっとあんた!どこへ行く気だい」
ジュリアは自分の夫が畑仕事をすっぽかし、身支度しているのを見て怒鳴った。カウノスは答えた。
「ちょっくら出てくるよ。なに心配するな。大金持ちになるためさ」
「はあ?何を言ってるんだい」
怪訝な顔をする妻を無視し、カウノスは食糧と水とロープなどを持って家を出た。
カウノスはウルカヌスの言ったとおりにただひたすら真っ直ぐに進んだ。そして歩きつづけること5日にして、ようやく渓谷に辿り着いた。そして更に歩きつづけること2日。彼はとうとう辿り着いた。巨大な岩山の出っ張りに鳥の巣らしきものが見える。彼はレディアの巣だと確信した。辺りを見回しても親鳥の姿は見えない。今が好機だ。
「しかしどうやってあそこまで行ったものか」
せっかくロープを持ってきたのに、あれだけの高さではロープの長さが足りない。あいにくカウノスに岩登りの経験はなかった。
どうしたものかとカウノスが考え込んでいると、突然突風が吹いた。するとなんということか!レディアの卵の一つが風に揺られ、巣から転げ落ちてしまったではないか。
「あ!」
落下する卵を見て、カウノスは卵を受け止めようと手を伸ばした。卵はなんとか割れずにカウノスの手の中に収まった。
「ふう。危ない」
カウノスが安堵の息をついたときだった。突然頭上が影で覆われた。カウノスが見上げると、そこには真っ赤な羽毛で覆われた巨鳥の姿があった。レディアである。カウノスは思わず息を呑んだ。そして手の中の卵に目を移す。
「あ、いやこれは」
カウノスはたじろいだ。これでは卵泥棒だと思われてしまう。そう思ったのだ。彼はまだ卵を盗んではいない。
するとレディアが口を開いた。
「ええ、わかっています。私の不注意で卵を落としてしまったところを、あなたが助けてくれたのですね」
「え?それじゃあ」
なるほど、さっきの突風はレディアの羽ばたきによるものか。カウノスがそう納得するのと同時に、レディアが自分を疑っているわけではないと解りほっとした。
カウノスが卵を差し出すと、レディアはそれをくちばしで優しく咥え、一旦巣に戻り再びカウノスの前に降り立った。
「どうもありがとうございました。お礼と言ってはなんですが、これを差し上げましょう」
そう言ってレディアは翼をばたつかせ、自らの羽毛の一枚を落とした。カウノスはその赤い羽を手にとった。
「その羽を胸に当て願い事を念じれば、その願いは真実のものとなります」
カウノスは目を丸くした。
「本当かい!?」
レディアはうなずいた。
「しかし効果があるのは一回きりです。一度使ってしまえば後はただの羽となってしまいます。何を願うかよく考えて使ってください」
「ああ。わかったよ」
カウノスの返事を聞き。レディアは巣へと舞い戻っていった。カウノスはそのレディアの羽を握り締め、おもわず笑顔になった。
カウノスは大急ぎで家に帰った。
「今戻ったぞ!」
「あんた、こんなに家をあけてどこに行ってたんだい!」
ジュリアはカンカンになってカウノスを出迎えた。カウノスはまずそんな妻をたしなめた。
「まあまあ、悪かったと思っているよ。でもその代わりにいいものを手に入れたんだ」
「いいもの?」
カウノスはこれまでのいきさつをジュリアに話した。ジュリアはさすがに不信に思ったが、夫は怠け者だが正直者であることを知っているので、カウノスを信じることにした。
「だったら早いとこ願い事をしてしまいましょうよ。そうね、私は家畜が欲しいわ。そうすれば生活も楽になるし、もっと稼げるもの」
妻の願い事に対しカウノスは笑った。
「家畜なんて一生懸命に働けば手に入るさ。願う必要もない。それよりこの羽を無くさないように、帽子にでも縫い付けておいてくれ」
ジュリアは驚いた。まさかこの怠け者の夫から「一生懸命働く」という言葉が出るとは思っても見なかったのだ。
「おい、どうした?」
反応のない妻の顔をカウノスは覗き込んだ。
「あ、いえ。わかったわ。それより本当に一生懸命に働くんでしょうね?」
「ああ、もちろんさ」
カウノスは自信たっぷりにそう言った。
次の日からカウノスはまるで人が変わったかのように働いた。朝から晩まで一生懸命に
桑を振り下ろし畑を耕した。そんな夫の姿を見て、ジュリアも一緒になって畑を耕すことにした。そのかいがあって、お金の蓄えも増えて家畜を買う余裕でき、二人は豚と牛とを2頭づつ買うことにした。
「ねえあんた、私はもっともっと畑を大きくしたいよ。そろそろその羽にお願いしてもいいんじゃないのかい?」
するとカウノスは首を横に振った。
「もっともっと一生懸命に働けば畑なんてすぐ大きくなるさ。そんなことをお願いするなんてもったいない」
そして彼は帽子を脱ぎ、大事そうに羽を見つめた。
それ以後も夫婦は働きつづけた。畑も大きくなり、家畜も増え、そして彼らは国内屈指に大金持ちになってしまった。
「ねえ、あんた」
ジュリアは夫に話し掛けた。
「私はあんた見たいな立派な夫を持てて幸せだよ。私はもう何にもいらないよ」
カウノスは答えた。
「俺もだよ」
数十年後。この世界一幸せな夫婦はこの世を去った。親しかった友人達が二人の葬儀を執り行うこととなった。そして埋葬の際、友人の一人が言った。
「この帽子はカウノスがいつも大事そうに持っていたものだ。これも一緒に埋めてあげよう」
彼の意見に皆が賛成し、赤い羽のついた帽子はカウノスとともに眠りについた。
なんだか神話っぽい物語を書きたい。と突然思って大分前に書いた作品です。
書き方もガラリと変えてあります。
正直自分で読んで面白くなかったのですが・・・(苦笑