目指せ借金完済!~ウェイトレスサクヤ~1
蒼龍は龍種でも特に危険な存在だ。
高度な飛翔魔術を駆使し、射程の長い凍結系魔法を連続で使用する強大な魔物だ。
その危険は、飛んでいる時より地上に降りている時の方が実は大きい。
本来飛行に使用している魔力も攻撃に振り分けて、強大極まりない風魔法を放ってくるからだ。
魔法士官学校では、もしこれと遭遇した場合基本的には退避を選択、もし逃げ切れない場合は火焔魔法を頭部に集中して浴びせ視界を遮った上で翼部に神聖魔法を放ち飛翔魔術をキャンセルするように教わる。
もっとも実際は…
「おい小娘!何サボってやがる!七番テーブルにビール大8!十二番に樽一つ!」
「こっちも注文よろしく!」
「は、はい!すぐ参ります!て、樽!?どうやって運ぶんですか!?」
そう、私サクヤはかつて蒼龍の追撃からも単独で逃れた魔法士官学校のエリート。戦術、戦略、兵站、その他全ての知識をまんべんなく身に付けた精鋭。
それなのに、それなのに!
「おお、ずいぶんカワイ子ちゃんだな」
「キャッ!お尻触らないでください!」
なんでギルドの酒場でウェイトレスの仕事をしなきゃならないの!
話は、ギルドのカードを受け取った場面までさかのぼる。
アケミ達にツケのある男達は、サクヤを逃がさないようにがっちりと退路をふさいで金を出せと詰め寄っている。
「お嬢さん、こちとら商売なんだ。きちんと払ってくれないと困りますんで」
「で、でも。私一文無しで…」
「それなら夜の街に立ちんぼしてもらう」
「立ちんぼ…?えっ!そんなの嫌です!」
「選択肢はないな」
イヤァ―――!
悲鳴を上げながら引きずられていくサクヤ。魔法で逃れようとするが、強力な妨害を受けて何も発動できない!アケミめ、そこまでやるのか!?まただ!また嵌められた! もう誰も信じない!
激しく絶望しながら引きずられていると、ギルドのお姉さんがさすがに気がとがめたらしく、男達に声をかけた。
「みなさん、女性に乱暴するのはさすがに見逃せません。それ以外の方法で借金を取り立てて下さい」
思わぬ助け船に、涙があふれるサクヤ。なんだか最近泣いてばかりの気がする。
男達も、自分達の言ってる事が乱暴なのは分かっていたのか、頭を搔いて困っている。
「しかし、どうやって借金かえしてもらう?」
「あの四人には絶対関わりたくないしな」
「このお嬢ちゃんだけが頼りなんだが…」
男達も、それぞれに仕事を持ち家族を養う必要があってこういう手段に出ていたのだ。乱暴する事が目的ではない。
その時、サクヤにとってトラウマになっている声が響いた。
「だったら、ここの酒場で働かせてやればいいだろう」
「レ、レックスさん!」
受付の女性が顔を赤らめながら叫ぶ。周囲の男達も尊敬のまなざしでレックスを見ている。サクヤだけは騙された、騙された、と頭を壁に打ち付けている。間違いなく、消去したい記憶の一つなのだろう。
「ギルドの酒場で最近サリナさんがウェイトレスを止めて人が足りてないはずだ。その欠員を埋める形でやればいい。逃走も防げて一石二鳥だ」
「確かに。それなら問題ありませんね」
「まあ、お嬢様がそういうのでしたら、こちらにも異存はありませんが」
こうして、サクヤのウェイトレスの日々が始まったのだ。
「ふぅ~」
こうしてウェイトレスを始めてから早一週間。
客が途切れたところで、サクヤはカウンター席にもたれかかった。
なれない接待はサクヤにとってかなり大変だった。ここはギルドの荒くれ者が利用するから隙を見せれば胸やお尻を触られるし、料理を間違えて運べば怒鳴られる。あげく連れ込み宿に連れて行かれそうになった(もっとも、それは酒場のマスターが実力行使で追い払ってくれたが)。
「どうした、サクヤ?もう疲れたのか?」
「…体はそれほど疲れませんけど、やっぱりこういうお仕事は慣れてなくて…」
なにしろ、士官学校でこんなことは教わらない。いかに効率よく魔物を殲滅するかや味方の損害を減らすかを思春期の大事な時期に学び続けたのだ。サクヤは特に対人関係が苦手だった。アケミやアキラは数少ない例外である。いや、あった。
「一体いつまで働けば、借金返せるんですか?」
サクヤの愚痴に、マスターは太い腕を組んで考える。
「う~む。毎月の給料から部屋代と服代、そういうのを差し引くと…ざっと三年くらいだろう」
「三年も!」
そんな!私は一刻も早く本国に帰らないといけないのに(レックスに恋していた時の自分は完全に忘却している)。
「どうにかならないんですか!?」
「そう言われてもな…お嬢ちゃんは夜の仕事は嫌なんだろ?」
「当然です!」
マスターも考え込む。なにしろ仲間に借金の形として置いて行かれたサクヤである。多少の同情はマスターにもあった。
「私が料理したら、少しはお給料あがりますか?」
「却下。俺は酒場を廃墟にする気はない」
一度サクヤが厨房に入って火事を起こしかけたのである。本人いわくちゃんとした料理だったそうだが、あんな大火力を家の酒場で使われてはいつ火事が起こるか分からない。
マスターの言葉に憮然とした表情を浮かべるサクヤ。
「それなら、他に何かありませんか」
「何かと言われてもなー」
その時、酒場に新しい五人組の客が入ってきた。
「いらっしゃいませ!」
即座にサクヤはカウンター席から立ち上がり、テーブルに着いた男達に注文を受けに行った。
その時、マスターは何か不穏な気配をその五人組の男達に感じた。
「おいサクヤ…」
「いらっしゃいませ。ご注文は何に致しますか?」
しかし、マスターの警告は間に合わない。
「小娘、ちょっとこっちこい」
「ひゃっ!」
突如、男達はサクヤの腕を後ろ手にひねり上げて、その首筋にナイフを突き付けた。
「なあマスター、俺達は今ちょっとばかし金に困ってるんだ。できれば少しばかり融資してくんねーか?」
「そうそう、いつかきっと返すからさー」
「なにしろあの世は極楽で、いくらでもお宝があるらしいからな」
下品に笑う男達。それを酒場のマスターは蒼白な顔で見つめている。
「お、おい!あんた達!自分が何してるかわかってるのか!?」
「あぁ?もちろんちょっとした頼みごとだよ。なぁ?」
「そういう事じゃない!その娘はレックスの…」
コキュンッ。
その時、奇妙な音がサクヤのひねられた肩から響いた。
サクヤの腕をひねっていた男が、手に伝わる奇妙な感覚にサクヤを見ると、サクヤは自分で肩の関節を外して拘束を逃れぺたりと床に座っていた。
「こいつ、どうやって…!」
驚愕する男達をよそに、サクヤは俯いてなにやら呟いている。
「…どいつもこいつも私の事を馬鹿にして…!私だって戦えば強いのに、みんな何も聞いてくれなくて…。がんばってお仕事してるのに…。なのに、なのに…!」
「は?」
暗い表情で恨みつらみをぶつぶつ呟くサクヤ。外れた肩と合わせてかなり不気味だ。
「あげく乱暴しようとするし…。もう許さない…!」
次の瞬間、サクヤの背後に無数の魔方陣が無詠唱で発生する。
「ゲッ…!」
目の端に涙を浮かべながら、サクヤは指先を自分を拘束しようとした男達に向ける。
「みんな吹っ飛べーーー!」
次の瞬間、酒場は色とりどりの閃光で内側から破壊の限りを尽くされた。
店の外にいた人たちは、いきなり吹っ飛んだ酒場に唖然としている。がれきの中にはボロ雑巾と化した男達の姿もある。
「…はっ!私は一体何を…」
そして、半ば以上廃墟と化した酒場の中で、ようやく正気に戻ったサクヤの肩をマスターがトンと叩く。その肩を掴む力はどんどん強くなって骨をミシミシ言わせている。
「マ、マスター…?」
やってしまった!という表情を浮かべたサクヤは、肩の痛みと恐怖に顔をひきつらせながら恐る恐るマスターの方を振り返る。
マスターは額に青筋を浮かべながら、この上ないイイ笑顔を浮かべていた。
「…お前はどうやら用心棒の仕事もできそうだな。今度からその分の給料は上げてやろう。よかったな、念願かなって」
「あ、ありがとうございます…」
一応、感謝の言葉を述べるサクヤ。どうにかマスターから逃れようと動くが、肩を掴んだ手は微塵も動かない。
「だが!」
次の瞬間、マスターは憤怒の形相を浮かべて怒鳴った。
「貴様の借金にはこの酒場の再建費も加わった!これから一生タダ働きだ!」
「そ、そんな!」
「そんなもこんなもあるか!今から奴隷登録に行くぞ!」
「い、嫌!必ず返済するから許して下さい!」
必死に許しを請うサクヤの襟首をつかんだマスターは、そのまま引きずるようにして市の奴隷登録所にサクヤを引きずって行った。
借金総額二千三百五シルビー。皇国円換算2305万円。
完済の道は、遠く険しかった。
その頃、アケミ達は…
「それで、用件はなんですか?」
イースから少し離れた町の料理屋で、以前リーボンまで一緒に行動した傭兵団『フツの神剣』のガルシアと、商人のフロストに会っていた。
ガルシアは苦虫をダース単位で噛みつぶしたような表情を浮かべ、フロストはひきつった笑顔を浮かべている。
「いやー、私達の生活費が底をついちゃって」
その二人の正面に座ったアケミはあっけらかんと言った。仲間に見捨てられた後、サクヤは即座にギルドにあるチームの口座を封鎖。アケミ資金を断っていた。これ以上借金を増やされるのはまっぴらごめんだった(もっとも、自分で数倍に増やしてしまったが)。
「そこで、二人に頼みがあるのよ」
ものすごい警戒の表情を浮かべる二人。まさか生活費をよこせというのか。そうしたらこいつらは絶対に返しそうにない。サクヤさんがいないんじゃもっと危険だ!
「安心して、別にお金を借りに来たわけじゃないから」
そう言って、アケミは一枚のギルドの依頼書を見せた。
「私達はこの依頼をやりたいんだけど、ランクが足りないのよ。だからこれをガルシアさんが受けた事にしてほしいのよ」
簡単でしょ?と笑うアケミ。その依頼書を見たガルシアは目を剥いた。
「ちょっ!こんなのどうやって片付ける気なんだ!?」
その依頼は、遺跡の調査と、同行する調査員の護衛だった。報酬は三万シルビー。人一人が一生遊んで暮らせる額だ。
だが、その内容は危険極まりない。
先遣偵察を行ったギルドの職員の報告では、なんでも内部には大量の魔物が生息し、さらに危険なトラップが多数設置されているとのこと。
しかも、最後にとんでもない一言が付け足されている。
竜種の生息可能性大。
この最後の一言でガルシアは一発でやる気を失った。
なにしろ竜である。下手をすれば単独で町を滅ぼしかねない超危険生物である。そんなものをまともに相手にする気にはとてもなれなかった。
だが、アケミは笑顔を崩さない。
「大丈夫。私達が戦うから、ガルシアさんは名前を貸してくれるだけでいいわ」
「だが、そんな事をしては我々の信用が…」
「名前を貸して❤」
拒もうとするガルシアにごり押しするアケミ。ガルシアの額には汗が浮かんでいる。なぜなら、アケミの背後には待機状態に置かれた攻撃魔法が多数展開され、その照準をガルシアに合わせている。その隣ではアキラが刀を手入れしている。いつの間にか周囲は結界に覆われ、同じ料理屋にいる人間もガルシア達の事を認識できなくなっていた。
(…これは、もしかしてすでに詰んでいる?)
「貸してくれるわよね?」
「…はい」
人は時に、暴力に屈するのである。
「で、では私はこれで…」
ここまで何も言われていないフロストが、冷や汗をかきながら逃げようとする。ガルシアのような目に会うのはまっぴらごめんだ!
その肩を、アキラがガシッと掴む。
「フロストさん、そちらには別の事を頼みたいのだが…」
「…伺いましょう…」
犠牲者その2。
「なに、簡単な事だ。実は…」
その後、料理屋の一角でやけ酒に興じるガルシアとフロストの姿があったという。
合掌。