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幕間~影と過去と~

唐突ですがシリアスが入るのです!

「さて、サクヤはあのギルドに縛り付けたし、こっちはこっちで懸案を片付けるわよ」


 時はサクヤがギルドで男達に取り押さえられたころ。隠蔽魔法でサクヤから逃れ、準備しておいたセーフハウス(二カ月契約で賃料は57シルビー。全額が借金に組み込み済み)に入り、魔法阻害のトラップを起動しサクヤが魔法で逃れるのを阻止したところである。


「今回はいつになく強引だな。いったい何があった?」


 アキラがアケミに問いかける。アキラはこの街に来てトラップの準備をしている時に、アケミの行動がサクヤを捕える事以外にもあるように感じていた。長年の付き合いのおかげである。


「サキの魔法の履歴を見たら、どうも妙なのよ」


 アケミが真剣な表情で言った。


「確かに転移魔法を発動した時、魔力異常は発生していたの。でも、それだけでは皇国領外まで飛ばされるとは思えなかったの。それで、サキと一緒に履歴を解析してたら、気がつかないくらい僅かだけど外部から術式に介入されてたの」

「それはつまり?」

「ええ、私達は誰かに意図的にここまで飛ばされた可能性があるわ。しかも、今も皇国の基準石は認識できない。これはいくらなんでもおかしすぎるわ」


 全員が、普段のおちゃらけた姿からは想像できない真剣な表情でアケミの話を聞いている。


「だが、それではサクヤをここに縛り付ける理由が借金以外に見当たらないぞ」


 アキラの疑問は全員の疑問だった。


「あの子の杖は特殊回線オーバー・ラインで本国とつながっている可能性があるわ。今回の動きが政治的なものだったらこっちの動きが筒抜けになるのは危険だわ」


 たとえサクヤがどう思っていてもね、とアケミは付け足した。

 サクヤが持っている恩賜の法杖は常時保持を義務付けられると共にいくつか他の杖にはない特殊機構を持ち、中には詳しい機能が公表されていない物もある。この中には特殊回線オーバー・ラインも含まれる。これは特殊な変調魔力波を用いて結界などを透過して情報を送信する機能だと言われている。


「なるほど。だからロイドをイースに残したのか」


 アケミ達の奴隷と化していたロイドは、アケミの命令でサクヤの様子を見守る事になっていた。


「そういう事。万に一つも私達の居場所を探られてついてこられたら、どんな情報が漏れるか予想もつかないわ」


 話を聞いたサツキが感心した表情を浮かべている。いままでのふざけた様子からは想像もつかなかった。

 納得した様子のアキラが、尋ねる。


「それで、今後の予定は?」


 アケミは懐から一枚の羊皮紙を取りだした。


「ギルドの依頼で面白いのを見つけたわ」


 書かれた内容は遺跡の調査と同行する研究者の護衛。


「これがどうしたんだ?」

「ここを見て」


 アケミが指さしたところ。そこには先遣調査隊が撮影した遺跡の転写画の一枚―――入口付近を拡大した物―――がのっていた。


「これは…『籠目』?」

「そう。サキとも話し合ってまず間違いないと思うわ」


『籠目』とは五芒星と並んで魔法の象徴的記号。正三角形を二つ逆さに重ねた六芒星であり、守りの記号として用いられる。


「この周りの文字は古式の術式なのは分かったけど、内容までは分からないわ。でも、サキが以前国立図書館で見た事があるそうだからうちの国の術式なのは間違いないわ。しかも…」

「…おそらくまだ術式は生きている…」


 そこでサキが口を挟む。自分も一緒に考えたのに、アケミだけがしゃべるのが不満なようである。


「あの、すみません。私には話がよくわからないんですが…」


 サツキがおずおずと手を上げる。その疑問に、アキラが答える。


「つまり、この施設は皇国の技術が使われていて、もし設備の一部でも生きていれば―――トラップが生きてるんだから平気だと思うが―――こちらの情報を漏らす事なく本国の状況を知る事が出来るかもしれないってことだ」


 そうだろ?とアケミに確認するアキラ。


「ええ、そうよ。少なくとも、イースにいる間は『電電』を含め一切のこちらへの探知サーチは観測されていないわ。つまり、こちらの状況が本国に知られていないという事よ。これは私達にとって最大のアドヴァンテージよ。これを最大限に活用する必要があるわ」

「なるほどな」


 うんうんとうなずくアキラ。

 そして付け足す。


「そのほとんどはイースに着いてトラップの設置を終えてから気がついただろ?」


 ギクリ、という表情を浮かべるアケミ。

 そして、少しばつの悪そうな顔でそっぽを向いて言った。


「私だって、少しやり過ぎたと思ってるわよ!」

「それならいい」

「大体アキラだって嬉々としてトラップ作ってたじゃないの!?」

「そもそも俺は借金なんてしてないんだがな」


 上手く話をトラップ設置から話すアキラ。ついでにアケミに協力した理由は最後の一線を超えないようにするため。基本的に自分から積極的に動く事はないのだ(ついでにノリはいい性格)。


「とにかく!」


 この会話をなかった事にすべく、大声を張り上げながらアケミが言う。


「これからしばらく、小隊の指揮は私が執るわ。今回の遺跡の調査を含む本国の状況が把握でき次第サクヤを迎えに行くわよ!」

「「了解!」」

「…(こくり)…」


 そして、依頼書を見たサキが付け足す。


「…この依頼、Aランク以上の指定がある…」

「「「えっ…」」」


 その後、喧々囂々たる議論(ギルドカードの偽造から、ギルドへの直接要請(脅迫ともいう)まで含む)の末、ガルシア達の名前を借りる事に決めたのだ。

 もちろん、ガルシア達本人の意思はあっさり無視された(いつもの事)。






 深夜。

 サキとサツキのお子様組が寝付いた後、アケミとアキラは二人で場末の酒場を訪れていた。

 アキラは女二人組だと面倒が起きると判断して珍しく男装している(改めて、アキラは男である)。

 薄暗い酒場のカウンター席に座った二人は、濁った葡萄酒を口にしながら部隊の他の三人には聞かせられない会話をしていた。


「今回の事、やはり『拡張派』の仕業だと思うか?」

「たぶんね」


 アキラの質問にアケミが答えた。


「だけど、目的が分からないわ」

「『橘』の家が関係している可能性は?」

「もしかしたらそうかもしれないけど、私は別に後継者の筆頭ってわけでもないし軍での地位も底辺に近いわ。近衛の親衛隊にいた頃ならまた違ったかもしれないけど」


 酒のまずさに顔をしかめながら、アキラを疑わしそうな目で見ながらアケミが返す。


「むしろあんたの方がやばいんじゃない?第一師団にいた頃、なんかやらかしたんじゃないの?あそこは『拡張派』と『守旧派』の入り混じった状況よ。それこそ政治不介入が徹底されてる近衛よりまずいかもしれないわ。たぶんあんたの師範就任も裏で色々あったはずよ」

「まあな」


 嫌そうな顔をしながら、アキラは認めた。


「本当は後二人、両派から候補が出てたんだが、両方とも闇討ちを食らって『選定の儀』に出損ねてな。結局残った俺は両派とのつながりが無くて、折衷案として就任させられた節がある」

「なるほどね…」


 皇国の国内事情は複雑な状況を呈している。

 まず、軍部は陸海空の三軍に近衛を加えた四者で、予算の取り合いなどで仲が悪い。ここまではよくある事だし、議会と皇族の仲介でそれほど深刻な状況ではない。

 問題は、それぞれの軍内部での対立だ。海軍では『艦隊派』と『航空派』。空軍は『決戦派』と『温存派』と呼ばれる戦略上の意見の対立が存在し、艦隊や戦隊の司令といったポストを奪い合っている。

 そして、議会や世論にまで影響力を広げ、深刻な対立に発展しているのは陸軍だ。

 陸軍内部では、魔物が多数生息する本土周辺を捨て、より安全な大陸への進出を目指す『拡張派』とあくまでも現状を維持し、これまでどおりの島嶼への緊急展開能力と本土の水際防衛をその主戦略とする『守旧派』が激烈な対立を続けている。

 そして、サクヤ達独立魔装小隊の立ち位置は独特だ。

 所属は陸軍だが、実際は空戦魔導師を多数有し、空軍との人材交換も盛んに行われている。

 さらに、遠隔地への派遣も多いため、移動手段として海空軍の艦隊との関係も深い。合同作戦も頻繁に行われている。

 ゆえに、両派閥もここには手出しできずにいた。下手に手を出して海空軍のどちらかが敵に回ったらその派閥は明らかに劣勢になる。最悪、陸軍と海空軍の間の対立が深刻になり本土防衛に支障をきたす。それを回避するだけの理性は両派にもあった。

 つまり、昇進は難しいが、派閥争いに巻き込まれる恐れは少ないのが彼ら独立魔装小隊なのだ。


「…もしかしたら、中島隊長が何かやったのかもしれん…」

「あの狸じじいね」


 二人の脳裏に浮かぶのは、小隊の直接の上司である中島勘助なかじまかんすけ中佐。サクヤは面倒なボケじじいとして相手をしているが、かつての戦いぶりを知っている二人は警戒を怠らなかった。実際、こちらに回される任務は、いかにも拡張派と守旧派が縄張り争いをしそうな任務ばかりだった。サクヤが無造作にヤバイ行為をしようとするのを、気がつかれないように阻止するのは大変だった。


「しかし、この部隊には政治に強い人間がいないから面倒だな」

「そうね~」


 なにしろ、アケミがここに来るまえに所属していたのは政治介入が厳に戒められている近衛、その中でも特に政治色の強い皇女殿下親衛隊である。へたに知識を仕入れただけで危険分子として処分されかねない危険地帯だった。

 アキラのいた第一師団は逆に派閥争いが激しすぎ、一度知ったらどこまで巻き込まれるか見当がつかないという意味で危険であり、そのためにアキラも一切の関わりを拒否する姿勢を貫いていた。

 サツキはまだ十歳、サキも十二歳と幼く、政治闘争には関わっていない。

 そしてサクヤは…


「…あれは危険すぎるわね…」

「ああ…」


 怒りと憐れみの混じった目で、壁を見つめるアキラ。


「サクヤの奴は雲母きららの出身だ。一度関わったら、二度と引き返させる事が出来なくなる」


 雲母きらら孤児院。

 皇室が直接運営する孤児院。

 世間では、皇室の慈悲の象徴として高く評価されているが、その実態は黒い噂の絶えない組織だった。

 各界に著名人を多数輩出する裏では、非道な人体実験や暗殺訓練、運営費確保のための臓器売買まで行われていた。

 サクヤはその最後の卒業生。

 状況を把握したまだ当時六歳の皇女殿下率いる特殊部隊が、第三皇子が運営していたその施設を強襲した時に救出された唯一の少女。

 同い年の少年少女の死体の中で、血まみれで立っているところを救出部隊が発見した。

 皇女殿下の取り計らいで、記憶を失ったサクヤは雲母きららにいた形跡を抹消し、普通の少女として事情を知っている近衛を退役した軍人に預けて育てられた。

 当初は記憶が無い事を不安がり色々大変だったが、しばらくすると、普通の少女としてすくすく育っていった。

 しかし、消せなかった物もある。

『坂下』の名字は宮城の大手門の外にある長い下り坂の果て、そこに存在する秘匿施設にちなんで雲母きらら出身者でも暗殺者につけられた名字だ。サクヤの名も、ただ398番という番号だけで呼ばれていたからそうなったものだ。

 サクヤはどれほど言っても、この名字と名前以外には反応しなかった。大きくなって親と名字が違っても一向に不審に思う様子すらなかった。

 それほどに、呪縛は強かった。


「あんたは確か救出戦の時、サクヤに斬り殺されそうになったんだっけ?」

「正確には、突入部隊の先陣もろとも風魔法で角切り肉にされかかっただけだ」


 サクヤと同い年のアキラは、当時まだ勢力の弱かった皇女殿下が頼みの綱として頼った皇室剣術顧問の加藤家の一員として強襲部隊に加わった。

 ついでにアケミも、近衛の重鎮である『橘家』の一員としてこの事件のもみ消し工作の一部始終を見ていた。突入ではアキラの後から救護部隊として入り、気絶しているサクヤを運び出している。

 もちろん、その時の事をサクヤは覚えていない。士官学校で再会した時、アキラは一発で分かったがサクヤの方は全く気がつかなかった。


「上の連中には、サクヤの事を知ってるやつがいないとも限らないし、下手にこの事を政治で利用されたらやばいわ。ある意味で魔力反応弾マジック・リアクター・ボムに匹敵する政治的武器になりかねないわ」


 事態のもみ消しは近衛が行い、そしてそれに関与した全員が『沈黙しじまの誓い』を立てている以上、そこから外部に漏れる事はあり得ない。

 だが、あの後の第三皇子の失脚を考えれば、そこからたどり着く人間がいないとも限らない。


「まったく。厄介な事になってくれたな」

「ま、いつもの事だけどね」


 そして、少し嫌そうな顔をしながら、不味い葡萄酒を飲みほしてアケミが言った。


「どっちにしろ、本国の状況も分かんないのに議論しても駄目ね。さっさとあの依頼を受けて、本国の状況をどうにか探りましょ」

「そうだな」


 同じく飲み終えたアキラがうなずく。

 そして付け足す。


「ついでに、なんでわざわざギルドの依頼を通すんだ?依頼と関係なしに行けばいいだろうに」

「…お金がほしいからに決まってるでしょ!?」


 結局最後はこれだった。

また次回からどたばたなのです!

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