さらば4274小隊!~脱走のサクヤ~完結!
完結とは言っても、物語は続くのです!
サクヤとレックスがイースにたどり着いたのは、予定通り三日後の夕方の事だった。
「着きましたね、イース!」
サクヤは大変嬉しそうに夕焼けに照らされる周囲の街並みを眺めている。
イースは交易都市だ。大陸西方でも屈指の規模の都市であり、同時に古代に作られた複数の街道が交差する事で膨大な量の商取引が行われる商業都市となった。
都市の構造は少し変わっている。
通常の都市は、中心の城を中心に発展していくものである。だが、この都市は王城の西側にだけ市街地が広がっているのである。
これはその地形に原因がある。
王城の東側は古代の大戦で作られた巨大な湖があるのだ。直径五十キロを超える円形の湖は、かつてこの地で戦死した数十万の兵士の死体の上に水を湛えている。
王城はこれを背にするように作られており、また、街道自体もその交差点は王城より若干西側なので王城の周りより少し西側に離れた方がにぎやかな都市になっている。
都市の発展性を重視しているため、城壁は王城とその周囲の貴族の住むエリアにしかなく、西側の商業区は無節操に拡大を続け、迷路のような複雑な街並みを有している。
「このイースは道が複雑だからね。迷わないようにしっかり着いてきてくれ」
「はい!」
サクヤを気づかうレックスの言葉に、素直にうなずくサクヤ。
その時、ふと思いついた言葉。
「あの、手をつないでもいいですか?」
唐突なサクヤの言葉に驚くレックス。サクヤは自分で自分のセリフを恥ずかしがっている。
「い、いえ!やっぱりなんでも…」
「いいよ」
訂正しようとするサクヤの言葉を遮って、レックスはサクヤの手を取る。その手つきは、まるで宝石を扱うように丁寧なもの。
「あ、ありがとうございます…!」
「いいよ。気にしないで」
夕焼けの街を手をつないで歩くというシチュエーションに、ゆでダコになるサクヤ。それにやさしく微笑むレックス。
(ヤバイ…、私本気でこの人の事が好き!)
自分の気持ちに興奮しているサクヤは気がつかなかった。自らを見張る複数の視線に。
「とうとう来たわね!私の肌を犠牲にして、二日間徹夜した成果、今こそ見せつけてやるわ!」
場所は商業区の中心にあるギルド直轄の宿。
そこには、目の下にくっきりとしたクマを作ったアケミ達とロイドの合わせて五人の姿があった。
五人が泊まっている部屋は、元々寝室と水場だけのシンプルな設備だった。だが、それはもはや原型をとどめていない。
広い部屋の中心には、本来あったベッドの代わりに巨大な儀式魔法用魔方陣が書き込まれ、中心ではサキが二日間休むことなく魔力を注ぎ続け魔法の組み立てを続けている。
それを囲むように、拡張鞄から取り出した各種観測装置がずらっと並んでいる。それらは三次元投影装置で空中に像を結び『電電』から送られる各種情報を表示し、用意しているトラップの状態やサクヤの位置、そして宿に泊まりトラップを準備する事で増え続ける借金の額を表示していた。
「西正面からサクヤさんの侵入を確認!最外殻トラップ群を休眠から待機まで引き上げます!」
「東側のトラップだが、どうやら一部が警備兵に見つかったようだ。偽装魔法を重ね掛けしておく」
「…広域結界、構築率九十八パーセント。作動レベルを戦略級から戦術級に落とせばイース全域での作動が可能。ここの偽装を解除すれば全域に戦略級が可能…」
「食料の買い出し戻りました!えっと…、全部で七シルビー(皇国円換算七万円)です!」
「「「高すぎる!」」」
「ひぃいい!」
五人がサクヤを待つ間に、借金の総額は共通貨で金貨三十枚。皇国円換算で三百万円まで上昇していた。全員が目を血走らせて、サクヤを捕えるべく動いていた。室内には、締め切り寸前の漫画家の部屋のような空気が漂っている。
「いい?サクヤは間違いなく、あの連れと一緒にこの宿に来るわ!それまではここの偽装に全力をあげなさい!もし途中で気がつかれたら、その時は広域結界で封鎖している間にトラップ群に追い込んで捕えるわよ!」
「「了解!」」
「…(無言で力強くうなずく)…」
「…本当に鬼畜ですね…」
「「「だったらお前が借金払え!」」」
「ひぃいい!」
包囲の輪は、着実にその口を絞りつつあった。
その時、アケミが奇妙な事を発見する。
「あれ、これってどういう事?」
事態は、予想外の方向に進もうとしていた。
ギルドの宿に入った瞬間、サクヤは背筋にピリッと来る何かを感じた。
(嘘!なんでアケミ達がここに…!まさか、先回りされた!?)
そのままサクヤは偽装魔法を全力展開すると同時に、各種攻撃魔法を即応状態まで稼働する。これだけで二秒以内にギルドの建物は全壊させることが出来る。もっとも、アケミ達は無傷だろうが。
隣では、レックスが突然戦闘態勢に入ったサクヤに驚いている。
「サクヤ、急にどうしたんだい?何かあったのか?」
「…はい。なんだか危険な気配がするので…」
少し言い淀むサクヤ。しまった、まだ仲間達がいた事をレックスに伝えていない!
若干動揺しながらも、アケミ達が捕獲しに現れるのを警戒し続けるサクヤ。
だが、一向にアケミ達が現れる様子はない。
(どういう事?もしかして、私を捕まえに来たとかじゃなく、ただ飛行魔法で移動したから先に着いただけ?)
そういえば、特に魔力を隠している気配もない。自分を探しに来たのでないなら一安心と思うサクヤだったが、探してくれない事に若干のさみしさも感じていた。
(私って、みんなにとっていらなかったのかな…)
確かに、小うるさい指揮官だったかもしれないけど、こんな時に探してすらもらえないのは少し悲しかった。
杖を構えたまま、さみしげな表情を浮かべるサクヤに、レックスが声をかける。
「サクヤ、どうしたんだ?敵はいないのかい?」
「!すみません。私の勘違いだったみたいで…」
すぐにレックスにも気がつかれないような魔力欺瞞の魔法だけをかけて、他の魔法は全て解除する。
今の今まで隠蔽魔法で姿を隠していた二人が急にギルドの前に現れたので、周囲の人間は驚いている。
「そうかい。それじゃ、今日はギルドの宿で休もうか」
「はい」
そのまま並んでギルドの受付に向かう二人。その途中、レックスがサクヤに小さく囁く。
「この前の回答を待ってるよ」
「!」
一瞬で真っ赤になるサクヤ。
「それは…」
「続きは部屋に入ってからにしよう」
その答えを、レックスは遮ってそのまま受付で宿の部屋をとる。
サクヤは赤くなりながら、黙ってレックスについていった。
サクヤは、宿の部屋の水場で湯浴みをしていた。レックスは部屋で待っている。
二人が取った部屋は、ワンルームにシャワーだけついたシンプルな部屋。ベッドは二つあるが、その間隔は極端に狭く、寄せればすぐにダブルベッドに早変わりする代物だ。
(でもなんだろう?レックスさん、ここの宿使い慣れてるみたいだったけど…)
レックスがギルドの受付で宿を頼むと、受付の女性は何も言わずに迷うことなく一つのカギを取り出していた。その時サクヤに向けられた目が、何かを語っていたような気が…。
「そ、そんなことより、この後どうしよう…」
レックスは回答を聞かせてくれと言っていた。ならやっぱり、ここはナニをするのだろうか。
頭の中には、拡張鞄に入っている勝負下着がちらついている。アケミが勝手に入れた時は怒ったが、今は感謝である。
「私、始めてだけど、ちゃんと出来るかな…」
なんとなく湯の流れ落ちる自分の胸を見る。うん。アケミには負けるけど、たぶん標準サイズはあるはず。贅肉なんて演習で容赦なく削ぎ落されてるから欠片もない。全体的に小さめだけどバランスで勝負できる!
…なんだか急にそんな事考えている自分が恥ずかしくなってきた。
真っ赤になりながら体を拭き、きちんと勝負下着をつけてからバスローブ(なんでこの程度の宿にこんなものが?)をはおり、すでに日も暮れて薄暗い部屋に入る。
「あ、あの、レックスさん…」
「サクヤか。上がったのかい?」
レックスは鎧を脱いでベッドに腰掛け、何か難しそうな本を読んでいた。その姿が、今までの剣士としての姿とギャップがあり新鮮だった。
サクヤは真っ赤になりながら言った。
「あの、私、やっぱりレックスさんの事が好きで…。この前は…キャッ!」
「ありがとう、サクヤ。受け入れてくれてうれしいよ」
レックスはサクヤのセリフを遮ると、そのままベッドに押し倒した!
「ちょっ、レックスさん、そんな急に…!!」
サクヤがレックスを押しとどめようとその胸を押し返すと、そこにはやわらかい感触が…。
えっ…!
「もうこの街には私と関系を結んでくれる新しい女の子がいなくなってしまって、リーボンまで行ったのは大成功だった。こんな愛らしいサクヤに出会えたんだから…」
「も、もしかして、レックスさんて…」
女の人?
「レ、レックスさん!私は普通にノーマルな恋愛がしたいと…」
「安心して。二度と逃れようと思わないような快感を与えてあげるから」
そ、そんな!
「い、嫌ああぁーーー!」
次の瞬間、サクヤは巴投げの要領でレックスをベッドから叩き落とす!
家具か何かが壊れる轟音を背景に、そのままバスローブをまとって廊下へと飛び出した。
そこには、
「ア、アケミ!」
「あら、サクヤ。どうしてこんなところにー」
偶然にも、アケミが廊下にいた。
大げさに驚いた顔をしているアケミ
「みんな捜してたのよー」
「そ、そうなの!?」
アケミの言葉を聞いて、ありがとうと言いながら泣きつくサクヤ。背の高いアケミに抱きついているせいで、アケミの浮かべている黒い笑みに気がつく事はなかった。
「その少女を渡してもらおうか」
そこに、部屋から服が乱れて色っぽくなったレックスが現れる。
その姿は、今となっては完全に男装の麗人にしか見えない。それほど男としての演技がうまかったのだ。
しかし、
「ダメよ!サクヤは私達のリーダーなんだから」
アケミのその言葉に、まだ自分をリーダーと認めてくれるのかと再び涙があふれ出すサクヤ。
アケミは手元の杖を構えながら、レックスに宣言する。
「どうしてもというなら、力づくで突破しなさい!」
それを聞いて、すこし考えるレックス。そして、
「仕方あるまい。本人の意思を無視するのは私の本望ではないからな。また改めて出直すさ」
そういうと、颯爽と部屋に戻って行った。その背中は、またいつか来ると語っていた。
レックスがいなくなり少し落ち着いたサクヤは、そこではっきりアケミの顔を見た。
「アケミ、そのクマはどうしたの?凄い顔になってるよ」
「サクヤの事、必死に探してたからよ」
でも、見つかったんだから構わないわ。
嘘は言っていないが、真実とも少し違う。この女に良心の呵責という言葉は存在しない。
そのアケミの言葉に再び涙腺が緩むサクヤ。
そのサクヤに、アケミはギルドの仮証を差し出した。
「ほら、これがサクヤのギルド証。まだ仮証だから今すぐギルドに行って正式なのを受け取りましょう。もちろん、チームリーダーはサクヤで登録したからね」
「うぅ…、ありあとうアケミ!」
泣きながら感謝するサクヤの背中を押して歩くアケミ。
気がつくと、部隊の面々は全員がそこに揃っていた。全員が、目の下に濃いクマを作っている。
「探したぞ、サクヤ」
「サクヤ隊長、これからも隊長お願いします!」
「…待ちわびた…」
「み、みんな…!」
その言葉に、感激するサクヤ。ああ、どうして私はみんなを捨てようなんて思ったのだろう。こんなに素晴らしい仲間なのに!
えぐえぐ泣きながらみんなに背中を押されて歩くサクヤ。
残念な事に、ギルドの受付に向かうアケミ達に向けられる妙な視線に、サクヤは気がつけなかった。
受付には、すでに日も沈んでいたが人が残っていた。
「すいませーん!ギルドの仮証を正式なものに代えてもらえますか」
「はい、かしこまりました」
受付の女性は快くそれに応じてくれた。
そして、
「では、『戦場の絆』のリーダー、サクヤ様、こちらが正式なものになります」
受付がそう言った瞬間、ギルドの酒場の空気が変わった。
「は、はい!ありがとうございます!」
そして、サクヤがそのカードを受け取った瞬間、周囲を筋骨隆々の男達に囲まれた。
「???」
突然の事態に、反応できないサクヤ。そこに、質問が浴びせられる。
「お嬢ちゃんがあのアケミ達のリーダーでいいんだな?」
「???そうですけど、何か?」
「連中のツケ、18シルビー払ってもらうぜ」
「え?」
次の瞬間、周囲の人垣から俺も俺もという声が響き渡る。
「この前の昼飯代3シルビーね!」
「こっちは服代27シルビー!」
「俺は…」
「当店の…」
「え、え、えーーー!」
突然の借金回収に大混乱のサクヤ。
慌てて周囲を見渡すが、さっきまですぐ後ろにいたアケミ達の姿は煙のように消え去り、影も形もなかった。
「ま、まさか!」
最後の頼みでギルドの受付の女性をすがる様なまなざしで見る。
受付のお姉さんは、にっこり笑って言った。
「チーム『戦場の絆』はギルドに、総額352シルビーの借金がございます。返済期限が迫っておりますので、お早めにお願いします」
ようやく、サクヤは自分が嵌められた事に気がついた。
「ひ、卑怯者~!」
借金総額478シルビー。皇国円換算、四百七十八万円。
逃走の代償は、大変高くつく事になった。