さらば4274小隊!~脱走のサクヤ~2
「じゃ、これから第4274独立魔装小隊緊急会議をはじめまーす」
「はーい!」
場所はギルドの宿。集まったのはサクヤを除いた四人と、
「ほら奴隷、さっさと飲み物準備しなさい」
「は、はい!ただいま!」
先ほどギルドでサクヤの足元にバナナの皮を投げた気の弱そうな青年である。名前はロイド。名字はない。ついでにサツキからは『ゴミ虫』アケミからは『奴隷』アキラからは『召使い』と呼ばれている。サキは侮蔑の瞳で一瞥するだけだ。一番ひどい。
サクヤが剣士と一緒に行った後、アケミは四人でギルドにチーム登録をして、サクヤの分は仮証という形でギルドカードをもらっていた。
ギルドランクは最低のF。基本的に全ての傭兵がこのランクから出発して上を目指して行くのだ。
それとは別にチームの規模を示すランクもあり、こちらはEランク。下から三番目のランクで、これは単純に人数に比例しているらしい。
「まずはサクヤをどうするかよね~」
どうやらサクヤは本気で怒ったらしく、助けてくれた剣士とともに臨時のパーティーを組んでどこかに行くつもりらしい。
「サキ、サクヤの位置やっぱり掴めない?」
「…識別票を切っている。無理…」
「やっぱりね~」
サクヤ達はギルドの宿で体を洗った後、サクヤの隠蔽魔法で完全に姿を隠した上で、街の中の別の宿に移動してしまった。完全にこちらを撒く気である。
それからすでに丸一日が過ぎ、今は昼である。いい加減見つけておかないと追いかけるのがめんどくさくなる。
その時アキラが、あっ、という顔をした。
「どうしたのアキラ?」
「そういえば、以前の遊園地の騒動の時、あいつの杖に例の部品を組み込んだはずだ」
「あっ!確かにあの後オーバーホールしたっていう話も聞いてないし。大体、並みの技師じゃおかしいとも思わないわよ」
よし、という表情でうなずいたアキラが、サキに問いかける。
「サキ、悪いが今から言う方法で魔力探知を行ってくれないか?」
「…構わない。けど、一体どういう方法…」
「それはな…」
同じ頃。リーボン・イース街道。
サクヤは上機嫌だった。
その姿は、リーボンでレックスに買ってもらった新品の魔法防御服上下に、今までどおりの杖、そして上等な帽子だった。懐には、フロストからもらった櫛も入っている。
もちろん、買ったのはレックスだ。
「レックスさん、本当にこんなのもらっていいんですか?」
「構わないよ。これでも僕はそこそこ強くてね。ギルドの依頼で報酬はかなりたまってるんだ」
「へ~。レックスさんて強いんですね」
素直に尊敬のまなざしを向けるサクヤ。
それを見て、レックスは君もだろ、と言いそうになった。
宿から抜け出す時の隠蔽魔法。それはこれまで見た事もないような複雑な光学魔法を幾重にも同時展開し、さらに音、空気の流れ、魔力探知の妨害まで掛けた、宮廷魔術師すら不可能だろうという素晴らしいものだった。
実際、目の前を人が通ったりしても気がつかれる気配はなかった。
(これほどの魔導師がいたとは…)
レックスがサクヤに声をかけた目的はイースに行く事だけではなかったが、まさかの逸材と出会えて、レックスも上機嫌だった。服や装飾品など安いものである。
「それより、そろそろ魔物の頻出地帯に入るから、支援魔法の準備をよろしく頼むよ」
「はい!」
杖を胸元で抱きしめて、サクヤが明るく返事をする。
(私、ここで脱走してレックスさんと一緒に幸せになろうかな~❤)
本気で仲間の元に戻る気がなくなってきたサクヤだった。
その時、杖の中の部品の一つが小さく光ったのに、サクヤは気がつかなかった。
「…見つけた…」
サキの魔法がサクヤの方向を指し示す。
「方位は?」
「…北東の方…」
「よし!奴隷、そっちには何があるの?」
「い、イースへの街道があります。はい」
「よーし!全員、先回りして待ち構えるわよ!」
「「「了解!」」」
サクヤの杖に仕込まれた魔道具の名前は『幸せカウンター(士官学校魔法技術研究会命名)』持ち主が幸せを感じたら周囲に微弱な魔力を出してそれを知らせるアイテムだ。
士官学校時代、サクヤが遊園地にデートに誘われたと聞いたアケミ達が、研究会に押し掛けて、常時保持が義務付けられるサクヤの杖を勝手に改造。そのままデートの後をつけて、どれだけ幸せ反応が出るかで賭けをしていたのだ。
しかし、結局デートは大惨事に終わり、アケミ達もそんなものを取り付けた事をすっかり忘れていたのだ。
それが今回生きた。
「サツキ、サキ。サクヤに気がつかれないように『電電』を探知されたあたりに打ちあげといて。街道沿いにもね。私達はこのままイースに先回りして、サクヤが来るのを待ち構えるわよ!」
指示を受けて、サツキとサキが宿の窓から長距離高高度偵察用術式『電電』を数発打ち上げる。大規模戦闘では必須の魔法で、大会戦時には千を超えるこれが後方支援魔導師の手によって打ち上げられ、司令部への情報伝達や前線でのデータリンクに利用される。
このような小隊規模でも哨戒用の偵察魔法としてよく利用されている。今回は追加で隠蔽術式を重ね掛けしてある。支援魔法の専門家ならではの技術である。
レックスに合わせて地上を歩いているサクヤがイースに到着するのは、おそらく三日後。それに対し、アケミ達は飛行魔法もガンガン使って、半日での到着を予定していた。
「出発は今夜。闇にまぎれて突っ込むわよ!」
「「「応!」」」
暗い笑みを浮かべたアケミが呟く。
「サクヤだけに、おいしい思いはさせないんだから」
「…っ!」
街道を歩いていたサクヤの背筋に、急に悪寒が走った。
「どうした?急に震えて?」
「い、いえ。ちょっと寒気が…」
嫌な予感がサクヤの脳裏をよぎる。こういうとき、ろくな事が起こったためしがない。
「もしかして、見つかった?」
まさか、アケミ達がもう私の事を見つけた?そんなの嫌だ!私はレックスさんと幸せになるんだ!
一応、魔力探知を上方に指向して、偵察術式が無いか確かめる。
「ないわね…」
しかし、支援魔法を専門とする二人が作った偵察術式はサクヤでは見破れなかった。器用貧乏の弊害である。
それでも、一応警戒しておくかと思うサクヤ。
その時、レックスが真剣な叫びを上げた。
「魔物が出た!サクヤ、支援魔法を!」
「は、はい!」
森の中から現れた四本腕のあるクマのような魔物に、サクヤを背中に守る形で一気に突っ込んでいくレックス。守られてる実感に顔が崩壊していくサクヤ。
サクヤは学習すべきであった。サクヤの悲劇は、いつも足元から始まる事に。
「っあ!キャアアァーーー!」
「ッ!サクヤ!?」
レックスが守ってくれると油断したサクヤ。そこに突然地中から巨大なワームが飛び出した。全長十メートルを超える巨大なミミズのような怪物である。
ワームはそのまま口から出した粘液だらけの触手でサクヤを絡め取ろうとする。
「もうこんなの嫌!」
嫌悪感に任せて、サクヤは杖に刻まれた定型呪と自らの織りなした魔法式を織り、自身の最大攻撃魔法を起動する。
「出でよ天上の剣『ダモクレス』!」
次の瞬間、天から降り注いだ巨大な光の剣がワームを直撃。そのまま二枚におろしてサクヤの至近距離で爆発した。
「サクヤ!?」
凄まじい土煙で、視界が全く効かない。
それが晴れた先には…
「サクヤ…!」
直径十メートルを超える巨大なクレーターのそばで、多少の傷はついているが、ほぼ無傷の魔法防御服をまとったサクヤが、余波で生じた火災を背景に平然と立っていた。
クレーターの底には何か生き物の残骸がこびりつき、もはや素材回収など望むべくもない状況になっている。
その魔法の威力に絶句するレックス。同時に、自らの欲望が掻き立てられるのも感じた。
本気でサクヤが欲しい…。その容姿も、その魔法の腕も。全て私のものにしたい。
(やはり彼女とは、一時の関係ではすませたくないな…)
「レックスさん、後ろ!」
その時、サクヤがレックスの背後から迫るクマもどきに悲鳴を上げる。だが、
…斬!
振り向きざまの一閃で胴を切り裂き、さらに振り切った剣を返して反撃する間も与えず首を落とした。
「このくらいの魔物なら、私の敵ではないよ」
「うわ~。レックスさんかっこいいです!」
サクヤが嬉しそうに言う。
「じゃあ、適当な素材を剥いだら、この死体を焼却してくれ」
「はい!」
その後、牙や爪といった素材を回収してサクヤの拡張鞄(レックスはこの魔道具に大変驚いた)に格納した後、サクヤが火焔魔法で死体を骨まで焼いて二人はイースに向かって再び歩き出した。
その全てをサキの『電電』が見ている事に、サクヤはとうとう気がつかなかった。
「いや~、一瞬ばれたかと思って焦ったわね」
アケミ達は宿の中でサキの『電電』から送られてくる映像を見て楽しんでいた。
「見てよこの顔。いつもの堅苦しい感じはどこにいったのやら。完全に恋する乙女ね」
「しかし、あの剣士もなかなかやるな。さっきの切り返しはかなり実戦慣れしている」
「私、サクヤ隊長が大技使うの始めてみました。凄いですね!」
「ZZZ………」
四人の前にはサキが展開する投影魔法の映像がリアルタイムで映し出されている。
「あれ?あんなちゃちな魔物の牙なんてどうやって利用するのかしら?」
「わからんが、おそらく武具や防具に加工するのではないか?」
「ウソでしょ。あんな低レベルな素材じゃ、魔力の残り香で低級魔物を呼び寄せて終わりじゃない」
「だが、ケルベロスで上級魔物の扱いだぞ。ベアでも十分な素材になるのだろう」
「…なるほど。確かにそうね」
その時、宿の部屋に買い物を命じたロイドが帰ってきた。
「買い物は終わりました!」
「あっそ。じゃあ奴隷は扉の前で待ってて」
「えっ!」
「え、じゃない。奴隷に部屋を使わせるわけないでしょ」
「そ、そんな!」
「ゴミ虫は目ざわりですから早く部屋から出て下さい」
「…(薄眼を開けて侮蔑の視線)…」
「う、うわぁぁん!」
ロイドは泣きながら部屋を出て行った。
その時、アケミがある事に気がついて扉の外のロイドに尋ねる。
「そういえば、あんた買い物の金はどうしたの?」
「グスン…。えっ?みなさんのチーム名義でギルドから貸していただきましたけど…」
「「「なんだって!」」」
三人(サキ以外)が一斉に叫んだ。
「私達金持ってないのよ!?それなのに私達の名義で借りるとかどうする気なのよ!?」
「えっ?でも、みなさん凄い魔法の腕をお持ちですし、それなりの収入があるんじゃ…」
「私達は今、立派な無職だ」
「そ、そんな!」
しかし、このままではアケミ達はいきなり借金持ちになってしまう。
支払いをどうするか、大騒ぎになる一同。
その時、サキが小さくつぶやいた。
「…チームの借金と言う事は、最終的にリーダーの責任になるはず…」
「「「それだ!」」」
血走った眼でアケミが三人に言う。
「全員、なんとしてもサクヤの奴をイースで捕えるわよ。私は借金で首が回らない生活なんてまっぴらごめんよ」
「…サクヤは、隊長としての責務を果たさないとな」
「私、サクヤ隊長の事大好きです!…お金を払ってくれるなら」
その様子を見て、引いた様子でロイドが言う。
「みなさん、鬼ですね…」
「「「『奴隷』『召使い』『ゴミ虫』は黙ってろ!」」」
「ひぃっ!」
アケミ達は、本格的にイースへの出発準備を急ぎ始めた。
夜。
結局、初日にサクヤとレックスが魔物と遭遇したのは、最初のクマもどきと巨大ワーム以外には小さなスライムが数匹と、竜の中でも最も弱く、ギリギリでその範囲に入るか入らないかというレベルの小型の地竜が一匹だけだった。
「やっぱりレックスさんは強いですね」
魔物避けの香を混ぜたたき火を挟んで、サクヤはレックスを褒めた。最後の地竜こそサクヤが攻撃魔法で補助したが、それなしでも十分に勝てるだけの余裕をもった戦いぶりだった。
(でも、アキラだったら、もっと早く始末しただろうな…)
一瞬、仲間の事が頭をよぎるが慌てて振り払う。あんな奴ら、知った事か!
「ほめても何も出ないけど、ありがとう」
レックスはサクヤに向かって微笑んだ。その表情にドキドキするサクヤ。だが、なんだろう。妙な違和感を感じるのだ。
「それよりも、サクヤ…」
レックスはたき火を回り込んで、サクヤの斜め後ろに動き、そのまま肩を抱くようにする。
「な、なんですか。レックスさん…!」
「私は君の事が本当に好きになってしまった様だ。こんなところで悪いけど、私に抱かれてくれないか?」
「だ、だだ、抱くってどういう事ですか!?」
「そこまで言わなきゃダメかい?」
レックスの吐息が、サクヤの耳元を掠める。
動揺しまくりなサクヤ。
その胸に、レックスの指が伸び―――。
「す、すみません!イースについたら必ず返事をしますから!それまで待って下さい!」
「…そうか。確かに私も話を急に進め過ぎたね。わかった、イースに着くまでは決して君に手を出さないよ。約束する」
そのレックスの答えに、ほっとするような、残念なような複雑な気持ちを抱くサクヤ。
「あ、ありがとうございます…」
「じゃあ、今日はもう遅いから寝ようか」
そういって、レックスは毛布にくるまり、そのまま眠りについた。普通なら見張りを残すが、サクヤが広域探査術式で周囲に網を張っているので今回は心配なかった。レックスがそれだけサクヤの術を信頼しているとも言える。
レックスが眠るのを見て、サクヤも顔を赤くしたまま毛布にくるまる。だが、頭はさっきの言葉で冴え切ってしまい、寝ようにも寝れなかった。
(どうしよう。告白されちゃった!でも、私なんかでいいのかな…。でもレックスさんがそういうなら…)
結局サクヤは、悶々とした思いを抱え、眠れぬ夜を過ごすことになった。
ちょうどそのころ。
「全員、急ぐわよ!サクヤより先にイースに着いて、索敵魔法を街中に掛けておくのよ!大魔法が使えない街中で捕えないと逃げられるわよ!」
「「応!」」
「うわぁぁー!空!空飛んでます!」
アケミ達は飛行魔法を全力起動し、夜の空を一路イースに向かって飛行していた。
目的地はイース。そこで事前に準備を整え、必殺の布陣を敷くつもりだった。
借金総額は、共通貨幣換算で金貨十八枚。皇国円で百八十万円相当。五人で割れば三十六万。でもサクヤ一人に押し付ければ、アケミ達はゼロ円!
「行くわよ!私達の幸せな未来のために!」
到着は、翌朝を予定していた。