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あれ、なんか弱くない?

「フンフフンフフ~ン♪」


 サクヤは馬車の荷台に座ってご機嫌だった。商隊の主のフロストさんにお礼としてきれいな櫛をもらったからだ。いままでこんな贈り物をされた事のなかったサクヤは大変これを気に入っていた。


「…あの、アキラさん。サクヤ隊長ってそんなにモテなかったんですか?」


 荷台の隅でサツキが小声でアキラに問いかける。

 士官学校で同期だったアキラは、同じく小声で答える。


「いや、最初はそんなことはなかったんだ。あいつは見た目もいいし頭も悪くない。入学式前に営倉入りしたってのも堅さを感じさせなくてむしろいいくらいだったんだ」

「ならなんで?」


 不思議そうなサツキ。それなら、櫛の一つや二つもらってそうなのに。


「実は入学直後にあいつのところに、恋人志望の奴らが大挙して押し寄せたんだがな。そこを航空隊の練習生が誤爆したんだ」


 雷撃魔法で死屍累々だったというアキラの言葉にうわっという反応をするサツキ。


「それからも悲劇が続いてな。告白しようと校舎裏に呼び出されたらワームの巣を掘りあてるし、屋上で告白しようとした奴はロック鳥に連れ去られて危うく食われそうになった。こんな感じで、告白しようとした奴らに宝くじで二連続五億当てるよりあり得ない頻度でトラブルを起こしまくってな」


 最悪だったのは遊園地の…というアキラの答えを聞いて、今回の転移ミスって隊長のせいなんじゃ…、と思うサツキだった。


「それって、私達も危険って事じゃ…」

「あいつの率いた部隊の三か月離職率は九割を超えている」


 貧乏くじ引いたー、と頭を抱えるサツキに、お前も問題抱えてここに飛ばされたんだろうと呆れた目を向けるアキラ。


「あれ?そういえばアケミさんはどうしたんですか?」


 サツキがふと周りを見ると、横で昼寝をしていたアケミがいない。壁際では、サキがまた結界を張って引きこもっているし、アキラは拡張鞄マジック・バックから道具を出して刀を手入れしている。サクヤは相変わらず下手くそな鼻歌を歌ってお花畑だ。


「ああ。あいつの事だから、さっきのおっさんとなんか交渉でもしてるんだろ」


 刀に息を吹きかけながらアキラが答える。


「情報収集とかはあいつの十八番おはこだからな」






「いや~、危ないところを助けていただき本当に助かりました」


 フロストは御者台の隣に座る美少女に心から感謝をささげていた。

 見たところ、少女の年齢は十代の後半だろうか。きれいな茶髪を腰まで伸ばしている。表情は見るからに活発そうに見える。

 見た目から考えて、奥の荷台にいる短髪の女性剣士(もちろんこれは誤解。実際は男)か彼女がこの集団のリーダーだろう。

 すぐ後ろで鼻歌を歌っている少女が隊長なのだが、そんなことは露とも知らないフロスト。


「いいえ。ただ通りかかったから助けただけよ」


 少女の話す帝国語は若干古風ななまりがあったが、特に聞き取りづら事はなかった。


「そういえばお名前をうかがっておりませんでした。よろしければお教え願えませんか?」

「私?私の名前はアケミよ。名字ファミリー・ネームは秘密で」

「私は行商をしております、フロスト・ランスといいます。フロストとお呼び下さい」

「わかったわ。フロストさん、街までよろしくね」

「お任せ下さい。それより、先ほどの謝礼は…」

「ああ、構わないわ。あのくらいどうってことないから」


 その言葉に、驚愕するフロスト。


「なんと!あれほどの魔物を退治して大した事ないとは。さぞかし名の通った傭兵でしょうに、不勉強で申し訳ありません」

「えっ…、い、いえ。そんな事ないわ。私達、辺境の村から出て来たばかりなの。だからその傭兵の仕組みって教えてくれない?」

「ほほう、そうでしたか。では私から簡単に説明しましょう」


 傭兵とは、そのままフリーの武装集団の事です。

 盗賊と違うのは、国際的なギルドに所属しており、その犯罪行為等はギルド直轄の制裁部隊が取り締まっております。

 戦争などが起きれば、それぞれ国に雇われて戦うのですが、最近は大きな争いも減りましたし基本的に商隊の護衛や町の周囲に出没する魔物の討伐。他には大規模な遺跡の調査や探検でしょうか。傭兵と言っても何でも屋的な仕事が最近はメインの様ですな。


「詳しい事はそこにいる傭兵の方にうかがってみましょう。ガルシア殿!こちらのお嬢様に傭兵について教えていただけませんか?」

「構いませんが?」


 フロストの呼び声に応えたのは、馬車の周囲に展開している騎馬の一騎だ。器用に手綱を操り馬車に馬を寄せる。


「こちらが傭兵団『フツの神剣』団長を務められておりますガルシア・カミシロ殿です。このあたりでは珍しく、東方の剣神を崇める部隊です」

「始めまして。紹介されましたガルシアと言います」

「私はアケミ。理由わけあって名字は秘密よ」


 握手するアケミとガルシア。

 紹介されたガルシアは、傭兵団の長というにはいささか若くやわらかい空気を纏っている。だが、その手の剣ダコは彼がどれだけ長く剣を握ってきたかを物語っている。


「ガルシア殿、すみませんがこのお嬢様に傭兵ギルドの事を教えてくれませぬか?」

「構いませんよ」


 そう言って微笑むと、ガルシアは懐から一枚の灰色の金属製カードを取り出した。


「これがギルドの所属者全員に配られる証です。ここには本人の名前とギルドでのランク、それに数人の集団を作っている場合はその集団名が刻まれます」


 ガルシアの指が、カードの上を滑る。


「ギルドでのランクは、こなせる仕事のレベルに関わってきます。他にも、ランクが上がるとギルド直轄の宿や料亭の利用が安くなったりタダになったりします」


 まあ、そこまで高位の集団や個人はそう多くはありませんが、と笑う。ついでに『フツの神剣』のレベルはA+。かなり上位の部隊だ。これなら宿屋はタダ。料亭も半額で利用できる。


「そういえば、あなた達は魔導師がいるんですよね?」

「ええ、そうね」

「でしたら、魔導師ギルドも訪れると良いでしょう」

「魔導師ギルド?」

「ええ、魔導師の方だと、傭兵ギルドと魔導師ギルドの両方に所属する場合が多いですね」


 魔導師ギルドは支部の数が傭兵ギルドに比べて少なくて利用できる設備も少ないのですが、代わりに国が所蔵している貴重な魔導書や魔道具を見せてもらえるようになります。


「他にも、魔法学園の研究室へも立ち入ることが出来るはずです」


 とりあえず色々便利だという事はアケミにも分かった。適当な情報収集である。


「いやはや、私としてもあれほど凄まじい攻撃魔法や治癒魔法は見た事がありませんぞ!」


 フロストが興奮した様子で話す。


「サツキ殿やアケミ殿ほどの腕の魔導師であれば、ギルドの審査など一発で通ってBランク以上がもらえるでしょう」

「へ~」


 実は戦いの後、 サツキが治癒魔法で足を折った馬を治療していたのだ。

 見る見るうちに傷がふさがって、折れていた骨も固定した上で回復魔法をかけれて数分で元通りだった。あまりの効果に傭兵団の人間は息を呑んでいた。

 ついでにサクヤはただの従者みたいに見られている。最初に声をかけたはいいが、緊張して声が出なくなってそのまま交渉をアケミとアキラが代わったからだ。頼りない隊長である。サキは明らかに変な人オーラを放っていたのでなんとなく距離を置かれている。正解の反応だ。

 その時、隊列の少し先を進んでいた斥候役の傭兵が、大声で警告を発した。


「モンスターが出たぞ!」


 いままでのダレた空気が一瞬で引き締まり、鼻歌を歌っていたサクヤも真剣な表情で四人に指示を出している。


「サツキは馬車で待機。必要だと思ったらここにいる全員に防御上昇と攻撃上昇の補助魔法をお願い。サキも同じ。守りは任せたわよ。アキラ、アケミは前衛で傭兵の人たちと一緒に突っ込んで。私は中衛でサポートするわ」


 テキパキと指示を出すサクヤを、ボケっとした表情で見つめる傭兵達。この娘は飾りの杖をもった、ただの従者ではなかったのか?


「ボサボサするな!俺達の仕事なんだ、お嬢さんたちの手をわずらわすんじゃないぞ!」

「「「応!」」」


 ガルシアの掛け声に、一斉に応える傭兵達。

 そして、彼らが向かった先にいたのは…


「スライム!?」


 アケミの素っ頓狂な声が響いた。


「こいつ位なら俺達で余裕ですから、お嬢さんは下がって下さい」


 そのまま傭兵団の者達は剣を抜いてゆっくりと近づいていく。アケミは驚きのあまり声も出ない。

 皇国では、スライムは絶滅種だったのだ!あまりの弱さからその繁殖力でも補い切れず、皇国領内ではまったく姿を見かけなくなり絶滅認定され、いまでは図書館の生き物である。

 まさかそんなのが生きてるとは…

 隣にいるアキラも、表情には出していないが驚いている。

 ついでにサクヤは…


「キャーーーー!」


 踏みつけた地面に食人植物のトラップがあり、その触手に森に引きずり込まれようとしていた。めくれるスカートを必死に抑えながら引きずられる姿はとても隊長には見えない。


「あはははは!」

「ちょっと、サツキ!笑ってないで助けてよ!」


 馬車の上ではその姿がツボに入ったサツキが爆笑し、その隣でサキが記録魔法を起動してその光景を録画していた。

 周囲の傭兵は、まずスライムを片付けるべきか、サクヤを助けるべきか、サツキ達の反応を見て悩んでいる。

 結局、スライムは傭兵団が切り刻んだ後アケミが火焔魔法で焼却処分し、その後全員で食人植物に襲われているサクヤの元に向かう事になった。


「グスッ…死にたい…」

「まあまあサクヤ。たまにはこういう事もあるって」


 そこには、自力で脱出して全身粘液まみれのサクヤが、精神に多大なショックを受け木に向かって座り込んでいた。泣きべそのサクヤを、アキラが慰めている。他の連中は意外と美味な食人植物の実を食べるのに夢中だった。


「これ意外といけるわね」

「おいしいですね!」

「…ムシャムシャムシャムシャ…」


 ちなみに、上から順にアケミ、サツキ、サキである。


「…お前ら本当に死んでやる!」

「待て!落ちつけサクヤ!」


 懐の短刀を喉につきたてようとするサクヤと、後ろかはがい締めにするアキラ。

 あまりに混沌とした状況に、ガルシア達傭兵は目を丸くするばかりだった。

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