表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/25

目指せ元帥下剋上!~二等兵サクヤ~4

 騎士団とは、軍最強の精鋭である。

 いかなる戦況も彼らがいれば何とかなると思われ、全ての兵士がその頂を目指す。それが騎士なのだ。

 その彼らが、今行われている訓練には、息も絶え絶えになっていた。


「ほら、ぼさっとしない!第五波来るわよ!」

「そ、総員、防御態勢!」


 次の瞬間、盾を構えた傭兵と、それを指揮する騎士に向かって、突如出現した多数の魔方陣から無数の光弾が放たれる。


「耐えろ!」

「「「応!」」」


 盾を構えた前衛は、歯を食いしばりその攻撃に耐える。鉄製の盾があっという間にぼこぼこに凹んでいくが、タワーシールドの底部を地面に突きさしてその反動を受け止める。

 その間に、盾に守られた魔導士とクロスボウに魔矢マジックアローをつかえた兵士が必死の射撃を魔方陣に打ち込む。攻撃を受けた魔方陣はそのまま消滅するが、残った魔方陣は攻撃の放たれたあたりを重点的に掃射し、前衛の負担が激増する。


「ッ…!グハッ!」


 次の瞬間、一人の盾が粉砕され、その後ろの魔導士と射手が数人なぎ倒される。


「予備隊前へ!後衛は射撃続行!」


 騎士が必死に統制を保つべく叫ぶ。それに応え、この訓練を始めるまでは有象無象の集まりでしかなかった傭兵たちが、一糸乱れぬ動きで、空いた穴を塞ぐ。

 さらに、魔方陣の真横から、これまで隠蔽術式で隠れていた別働隊が現れる。


「総員、突撃!」

「「「うぉおおお!」」」


 そして、先頭に立って指揮を執るロイドに続き、剣を手にした傭兵たちが一斉に突撃する。魔方陣は方向を変え射撃を行うが、数人を打倒したところで、これまで集中打を受けていた部隊が反撃の射撃を雨あられと撃ちまくり、目標を定められず射撃が停止する。

 その隙を突き、宙に浮かんだ魔方陣を傭兵たちが切り捨てていく。

 そして、最後の一つが消滅したところで。


「はい、午前の拠点防衛訓練は終了!三十分の休憩を許すわ!」


 その教官―――アケミに声に、全員がその場に座り込む。打倒された連中は、その場で衛生兵が起こしている。倒れた時に頭などを打っていなければ、僅かな気付け薬で問題なく起き上れる。もっとも、懲罰として体に猛烈な痛みが走るが。

 その時、傭兵の一団に混じりながら訓練を受けていた騎士の一人が、兜を地面に叩きつける。


「こ、このような訓練、もうやってられん!我々は騎士なのだ!より高貴な使命が我らにあるのだ!」


 そう叫び、演習場から離れていく。


「俺もだ!」

「俺も行く!」


 それに数人が続こうとする。だが、大半はその数人を馬鹿だな、と言う目で見つめている。

 そして、次の瞬間。


「ガッ…!」

「ゴッ…!」


 離脱を試みた傭兵に、アケミが放った物理打撃型誘導魔法が炸裂する。


「いい?私は『騎士』には自由な離脱を許可したけど、『傭兵』にそんな自由を与えた覚えはないわ。命令に逆らえば死。履行できなければ死。生き残るには、命令を順守し、訓練に耐え抜く以外ないと最初に言ったわよね?」


 虫けらを見る目で、逃走を図った傭兵を見下ろすアケミ。スカートの奥が見えそうな角度だが、誰もそのことを気にしない。正確には指摘した瞬間どんな惨劇があの傭兵仲間を襲うのかと思うと、あまりも心が痛むからだった。

 もっとも、逃走を試みた時点で、悲惨な事態は確定しているのだが。


「さて、と。サキ、転送魔法の準備はいい?」

「…ばっちり…」


 アケミが立ち木に声をかけると、これまで立ち木にしか見えなかったものが、一瞬で人に変わる。高度なステルス魔法だった。同時に、倒れた逃走未遂の傭兵たちの足元に転移術式が起動する。術者の心を反映してか、なんとも禍々しい黒い光を放っている。


「じゃ、よろしく」

「…まかせて…」

「な、待ってくれ!これからは…!」

「ダ・メ❤」


 次の瞬間、魔方陣が黒くて眩い不思議な光を放つ。

 そして、傭兵の姿は消えた。

 沈黙する、休憩中の傭兵一同。


「ねえ、今回はどこに飛ばしたの?」

「…ロック鳥の営巣地。たぶんど真ん中…」


 そんな会話を交わすアケミ達を、逃げようとした騎士は凍り付いたように見つめている。


「あ、あんたは指揮系統が違うから、離脱したいなら離脱して頂戴。ただ、公爵様には熱心な訓練をしてるって伝えてね」


 そういうと、興味を失ったかのように、アケミは休憩中の傭兵一同に爆裂魔法をぶっ放す。


「さあ、訓練再開!状況想定『大休止中に斥候の不備で敵の奇襲攻撃』!きっちり逃げ切って、全員第二集合地点に集まりなさい!」


 同時に、休憩していた彼らの周囲に、サキが制御する自律動作の魔方陣が多数起き上る。まるで射撃場の的の様な姿だが、こいつらは撃たれるだけでなく、容赦なく撃ち返してくるのだ。

 まさかの奇襲に、大混乱になる傭兵一同。だが、ロイドが直率する一団が、山の小さな稜線の陰から射撃を開始し、敵を務める自動魔法とアケミの注意をひきつける。その隙に、ほかの者達も四分五裂の状態ながら、必死の逃走を図る。目指すは事前に設定して、夜なべで野戦陣地を作り上げた、第二集合地点。

 生殺与奪権をアケミ達に握られた傭兵一同は、その能力の全てを使っての逃避行を開始した。




「どうやら始まったみたいだな」

「そうですね。山火事とか起きなければいいんですけど…」


 傭兵たちが目指す、山頂近くの予備陣地。そこには構築時に作った小規模な物資集積所デポがあり、ここまでえっちらおっちら傭兵たちが運んできた魔矢や特殊な魔法触媒が小分けにして集積されている。陣地の構造は、主に山の下から迫ってくる敵に対する防備を固めている。

 その陣地の背後。山の尾根にいるのは、先回りしているアキラとサツキである。サツキは普段通りの魔法防御服だが、なぜかアキラはノルシア風の鎧を着こんでいる。武器マニアのアキラにとっては至福の体験である。それが細めの女性用なのはご愛嬌だった。

 二人の眼下の山腹では、派手な火炎魔法が炸裂し、無数の射撃魔法が飛び交い、その合間を傭兵たちの喚声と絶叫が木霊している。

 アキラはサツキが放った電電からの情報を表示する空中投影画像を見て、ふむ、と唸る。


「連中、思ったよりいい動きをするな」


 それは戦場上空から撮影した彼我の戦力の個人単位での布陣図だった。赤点で表示されるのがアケミとサキ、それに二人が制御する自動攻撃術式群。青い点が傭兵たちだ。

 猛烈な射撃を放つ赤軍に対し、青の傭兵たちはこれまでの数日で嫌と言うほど駆け回らされたおかげで、山の地形を把握し切り、細かな尾根や障害物で追撃を防ぎつつ、比較的能力の高い魔導士を狙撃部隊として木の上などに配し、赤軍に出血を強いながら後退を行っている。


「これなら、乙種の最上級設定で問題ないな」

「そうですね」


 そして、奮闘が悲劇的決定を招いた。

 乙種の最上級設定。つまり、下手なケルベロスより強力な自立攻撃術式である。しかも、設置場所は陣地の備えの薄い背後。起動タイミングはアケミに一任されているが、きっと最高のタイミング―――皆が疲れて一息ついた瞬間に起動させるだろう。


「じゃあ、私は設営作業に入るんで、アキラさんは普通の自立攻撃術式をお願いしますね」

「ああ、よろしく頼むぞ」


 そして、サツキが懐から取り出したのは、長さ三十センチほどの、魔石の杭だった。


「えいっ!」


 そして、それを地面に打つ。

 それは、埋まると同時に光を放つ。小さいが先の皇国の施設にあった魔力を吸い上げる機構と同じものである。

 そして、それから吸い上げる魔力を使って、器用に術式を組み立てるサツキ。細かい調整を求められるこういった仕事が、支援魔導士の本領を発揮する場面である。ついでに、別の術式も組み込んでおく。正確には、こちらの方がアケミ達の主目的だった。

 その時、サツキの背後の茂みがガサガサと音を立てた。


「!」


 咄嗟に護身用の小刀を不器用に構えながら振り返るサツキ。

 だが、出てきたのはここ数日ですでになじみになっている一人の女騎士だった。


「ぜぇ…ぜぇ…ぜぇ…。…どうしてお前たちは、こんなに早く動ける…!」


 軽めの革鎧に身を固めた、まだ少女と言った方が近い騎士。名前はアリシア・フォン・メルシュタイン。きれいな金髪と碧眼の美しい少女だが、今は顔に泥をへばりつかせ、そこらで切り取った木の杖を突き、息も絶え絶えの状況である。

 シャルンホルスト公爵領内の山を一つ借り切ったこの訓練(まあ、裏の目的もあるのだが)だが、アケミ達の強い要望で許可されたはいいが、代わりにお目付け役の騎士を同行させられることになったのだ。

 そのお目付け役の一人、正確には最後の一人がアリシアだった。元々ほかの騎士もいたのだが、この急峻な山岳地帯でわざわざ板金鎧フルプレート・メイルを着込んでくるのだ。いくら魔法で重量を軽減しても、とてもついてこれるはずがなかった。

 結果として彼らの大半は脱落し、今や傭兵隊に加わっている者を加えてもわずか数人しか残っていない。

 アリシアが残っているのは、山岳地帯での訓練と聞いて革鎧を着てきたことと、あとは根性であった。


「それは…やっぱり身体強化の魔法も使ってますし…。アリシアさんもかけましょうか?」


 本当なら、皇国軍の人間以外にこの種の術式をかけることは褒められたことではない(情報漏えいの危険から)が、そのあまりにもぼろぼろの様子に、つい勧めるサツキ。

 だが、


「いらん!…はぁ…はぁ…。得体のしれない魔法など、私には必要ない!」


 字面だけは勇ましく拒否するアリシア。だが、杖にすがって息を切らし、膝がカクカク震える姿で言っても全く説得力はない。


「あっ!」


 その時、ついに膝が限界を超え、アリシアは急な斜面に転がり落ちかける。

 その時、音もなく背後から近づいていたアキラガ、素早くその身を腕の中に受け止めた。


「大丈夫か、アリシア?」

「なっ!ア、アキラ!いつの間に…!」


 片膝をついたアキラに膝枕をされるような姿勢になったアリシアは、真っ赤になって叫ぶ。アキラの背徳的な空気に対してだ。


「だ、大丈夫だ!自分で立て…あっ…!」


 慌てて立ち上がろうとするが、疲れ切った足は一度倒れたせいで完全に神経の糸が切れてしまった。


「無理するな。…正直、ここまでついてくるとは思わなかった…」


 まったく、ほかの連中みたいにさっさと帰ればよかったのに。一人だけ革鎧を着て、必死になってついてくるとは…。

 しょうがないので、アキラは着ていた鎧を名残惜しそうに脱ぎ、丁寧にサツキに手渡す。

 いきなり鎧を脱ぎ始めたアキラに、アリシアは涙目で唇をきつく結んでいる。ああまさか、こんな場所で同性相手に初めてを奪われるなんて…!

 そして、鎧の下に身に着けていたごてごてした装備をすべて外すと、アリシアに手を伸ばす。アリシアは目を瞑り、そして。


「…すまないが、首に手をまわしてくれないか?さすがに抱えずらいのだが…」

「え…?」


 アキラに抱き上げられた。

 お姫様抱っこである。

 しかも、


「あ、あなたは女ではなかったのか!?」


 その体に当たるのは、きれいに引き締まった固い胸板である。アリシアは女物の鎧を身に着けたアキラを、ずっと女だと思っていたのだ!


「何を言っている?入国時にもきちんと申告したはずだぞ?」


 確かに、書類には『男』と書かれていた。だが、人間は自分で見た物を信じるのである。見た目が女性的で、服飾まで女性的では間違えるのも当然である。


「サツキ、すまないが訓練術式の敷設を頼む。私はアリシアをベースに運んでくる。場合によってはしばらく様子を見るかもしれないから、後をよろしく頼む」

「わかりました。任せてください!」


 アキラとサツキはそんな会話を交わすと、サツキは敷設に、アキラは山の中にひそかに作られたベースポイントに向かって歩き出した。


「ま、待ってくれ!私にはあなたたちの行動を見張る任務が…」


 アリシアが抗議の声を上げるが、その声にも力がない。これまで張りつめてきた気持ちが切れてしまったのだ。腕の中で、その目が疲労で重くなっていく。

 そこに、アキラガとどめを刺す。


「君はこれまでよく頑張った。今は少し休め。公爵閣下もそれに文句はつけないだろう」

「…そうか?…なら、少しだけお言葉に甘えさせて…」


 そして、アリシアはアキラの腕に抱えられながら、落ちるように瞼を閉じた。

 その頬は、ほんの少し赤らんでいた。




 その頃、傭兵隊を追撃中のアケミ。


「………なんか嫌なことがあった気がする」


 なんだかわからないが急速に不機嫌になりつつあった。

 そして、そのいら立ちを即座に近場に向けることを決める。


「サキ、自立攻撃魔方陣の攻撃強度マックスにして」

「…いいの…?」


 サキが確認する。マックス強度は、魔物で言えば乙種の三級、つまりノルシアなどの大陸西方諸国基準で言えば村落が全滅するレベルの魔物に匹敵する。

 さすがにサキが維持できる数は二けたに届くか届かないかだが、それでも、これまでの訓練がピクニックに思えるレベルなのは間違いない。


「かまわないわ。演習前半の総括として、派手にいきましょう!」

「…了解…」


 次の瞬間、これまで魔法攻撃を撃ちまくっていた魔方陣が溶けるように消え、その後に巨大な数体の光る『それ』が現れた。

 これまで必死に応戦と逃走を続けていた傭兵たちは、ロイドも含め呆然としている。

 目の前にいるのが魔法で構築された模造品だと分かっていても、その迫力は凄まじかった。

 正面には、八本の足で地面をけり、鋭い牙をむき出しにした巨大な馬『スレイプニル』

 右手には、妖艶な笑みを浮かべる、体長十メートルを余裕で超える美しい『ラミア』

 左手には、強弓を手にした逞しい半人半馬『ケンタウルス』

 さらに上空には、不快な叫喚と共に飛ぶ『ハーピー』

 そして、それらを従えるように立つ鬼女『アケミ』

 その心の声が聞こえたのかどうかは定かでない。

 だがこの瞬間、アケミの苛立ちがさらに増幅されたのは間違いなかった。


「作戦目標変更。ここにいる疑似魔物の討伐。もしくは十二時間の戦線維持」


 そのあまりの過酷さに、顔を引きつらせる一同。

 それを見て、最高の笑みを浮かべるアケミ。ただし、苛立ちは不思議と増している。


「さあ、豚の様な悲鳴を上げなさい!」


 蹂躙が、始まった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ