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目指せ元帥下剋上!~二等兵サクヤ~2

誤字指摘ありがとうなのです!さっそく修正したのです!

 ノルシア南部の街、ミルヘン。

 この街は南部の交通の要衝に位置し、同時に周辺はノルシアでは数少ない小麦の穀倉地帯であり、周辺エリアの物資集散拠点として重要な位置を占める城塞都市だ。

 また、ノルシアの常で、街中はどこでもいたるところで天然の温泉が湧き出し、中には慣れていない人間が飲むと腹を壊すほど強い物もある。この状況では貴族の利用する銀の食器など、一回利用しただけで真っ黒に黒ずんでしまう。そのためこの街では、貴族でも質素な土器か木製の器を使用し、極まれに美しい白い陶器を利用している。

 そんな都市の中でも、特に高級な宿の露天風呂に、その姿はあった。

 肌は大陸西部の人間からは信じられないほど肌理きめ細かく、その色は血管が透けそうなノルシアの人々よりわずかに色づき、しかしそれが逆に健康的な美を引き立てている。この国の人間には珍しい黒い髪は、短めに肩にかかるかどうかといったところで切りそろえられ、怜悧な顔立ちと合わせ、見るからに鋭い印象を受ける。

 実際、湯にその大半が隠されているその長身は、今は温泉の濁り湯の下で弛緩しているが、いざ戦闘になれば誰よりも早く反応し、最前線で敵と切り結ぶのだ。

 その時、視線に気が付いたのか、湯から立ち上がろうとして…。


「なんでこっちにはいってるんですかアキラさん!?」


 腰を慌ててタオルで隠したロイドが、半ば錯乱状態で肩を掴んで湯に押し込むのだった。

 ロイドは完全にパニック状態である。なんで男湯のこっちにアキラさんがいるんだ!まさかこっちが間違えた?いや、そんなわけはない。きちんと男湯だと確認した。まさか混浴?そうなのか?そうなのか!

 そんなロイドに肩を抑えられたまま、困惑気味にアキラが言う。


「…すまない、何を混乱しているか知らないが、肩から手をどけてくれないか?」

「…!す、すみません!」


 その言葉に、自分がその細い肩を掴みっぱなしだったのを思い出し、慌てて離すロイド。ついでに自分も湯の中に飛び込む。自分の息子がどうかなりそうだったからである。

 そして、アキラと背中合わせになる形でひとまず落ち着いたロイドに、アキラガ改めて問いかける。


「それで、なにを混乱してるんだ?」


 そのあまりといえばあまりの質問に、また顔が温泉とは違う理由で熱くなるのを感じるロイド。


「なにもかにも、なんで男湯に入ってるんですか!女湯は隣のはずです!」


 思い切って言い切ったロイド。それに対し、アキラは一瞬ぽかんとした珍しい表情をした後、納得の表情でうなずいた。


「そういう事なら問題ない」


 そして、背中合わせになっていたロイドの方に向き直り、ロイドの首を強引に自分の方に向ける。


「ひっ…!な、なにをして…!」

「私は男だ」


 引きつった顔のロイドの目に映るのは…、自分と同姓であることを示す象徴だった。

 あまりに予想外の事態に、完全に固まるロイド。そして、


「………フッ」

「おいどうした、しっかりしろ!おい!」


 そのまま気絶した。ロイドの心にいろいろな傷を与える真実だった。




 その頃、仕切りで区切られた女湯。

 こちらにも向こうの騒ぎが聞こえてきていた。


「なんか向こうで騒いでるけど、何やってんのかしらね~」

「きっと大したことじゃないよ~」

「………」

「…っ!アブッ……!」


 男湯への疑問を呟くアケミに、普段は真っ先に反応しそうなサクヤが、完全に脳みそまで溶けきった表情で適当に返す。

 夜の露天風呂には、サクヤ以下小隊の女性全員が集合していた。

 サクヤはのんびりと湯につかりながら、湯船の中にある浅瀬の岩に両肘をついてゆっくりバタ足のようなことをしている。アケミは大きな岩に背中を預け、こちらも気持ちよさそうにしている。サキは結界を張って湯の上に浮かんでいる。どうやら熱は通す凝った仕様になっているらしく、結界の中に浅く入っているお湯のおかげで、中はスチームサウナもどきになっている。そしてその結界に片足を取られたサツキは、風に流されぷかぷかしている結界に引きずられて半ばおぼれている。


「ほらサキ、サツキが引っかかってるから少し結界緩めて。…はいっと。いいよサキ。サツキは大丈夫?」

「はい、大丈夫です…」


 普段はアキラがやる役回りだが、今はいないので代わりにアケミがやっている。サクヤはとろけて役に立たない。

 そのサツキは、サキの事を恨めし気に見ていたが、打たせ湯を見つけて喜び勇んでそっちに泳いで行った。まだお子様なのだ。


「やっぱり温泉はいいわね…」


 下半身を浸す湯の熱さと、背中に触れる石のぬくもりを感じながら、一人ごちるアケミ。思えば実家では毎日がこんな感じだったが、いつの間にかすっかり野営生活にも慣れてしまっていた。

 広大な屋敷。無数の使用人。だがそこに温もりはなかった。いつからだろう、それが当たり前と思えなくなって、温かい何かという贅沢を求め始めたのは。

 と、その時、サクヤが警戒の眼差しでこっちを見ていることに気が付いた。


「何よ?私が何かした?」

「いや…、その…、アケミってそういう趣味だって聞いてたから…。意外と静かでちょっと意外かなって」


 睨まれる理由がわからないアケミ、真顔で返すと、サクヤはなにやら恥ずかしがって顔を背けてしまった。

 それを聞いて、アケミもようやく思い出す。そういえば『そういう設定』だった。

 自分のうっかりを呪いながら、そういえばサクヤの発育はどうかな?という好奇心が湧きあがってきた。


「ヒッ…!」


 ちらっとサクヤの胸元を見ると、その視線がこれまでと違う意味を持っていることに気が付いたのか、小さな悲鳴を上げて湯船の隅に逃げるサクヤ。

 だが、逃がす気は毛頭ない。もともとただの設定だが、火のないところに煙は立たない。そういう嗜好がないかと問われれば…ある。


「ほら、ちょうど小っちゃいのも離れたし、たまには私の欲求不満を解消してくれてもね…」

「い、嫌だ!私の初めてはかっこいい王子様に捧げ…ヒャッ!」


 サキとサツキのいない間に事に及ぼうとするアケミに、必死で抵抗するサクヤ。意外と可愛らしい乙女な夢を持っているのである。それを蜘蛛のように捉えるアケミ。軍人の格闘技術を舐めてはいけない。身長差を利用して浅瀬の平らな岩の上に押し倒されたサクヤは、体格差を前にあっという間に封じ込まれ、いいようにもてあそばれる。


「嫌!けだもの!そこは…アッ!」

「そんなに嫌がらなくてもいいじゃない?同性同士の方が、お互いの体の事がわかって気持ちいいはずよ?」

「その通りだ。一度やってみると、みな気持ちいいと口をそろえて言うぞ」

「そうそう。一度やれば…て、え?」


 突然の乱入者に、アケミとサクヤがそろって顔を横に向ける。

 そこには、


「レ、レックスさん!なんでこんなところに…!」


 サクヤが狼狽して叫ぶ。

 そこに見事なプロポーションをさらしながら立っていたのは、先日サクヤと一緒にリーボン・イーシア間を行った、勇気ある同性愛者、レックスだった。

 そして、サクヤの質問に笑顔で堂々と答える。


「もちろん、君を追って来たのさ、マイハニー?」


 その言葉に、怯えるようにアケミの背後に隠れるサクヤ。どうやら本能でアケミの方が危険度が低いと判断したらしい。追い詰められた人間は、かくも見事な判断を下すのである。


「ちょっと!うちの隊長に手を出さないでよね!」


 そのレックスに抗議するアケミ。


「なら、この借金を…」

「個人の恋愛にかかわる気はないわ」

「アケミ!」


 しかし、借金を持ち出された瞬間、手のひらを返すアケミ。あまりと言えばあまりの事に、泣きそうな顔で抗議するサクヤ。皇国の時代劇で見た、借金のかたで売られる子供の気分を思いっきり味わっている。


「部下を守るために、自ら犠牲になった指揮官サクヤ…。私たちは、一生それを忘れないわ」

「自ら犠牲になってないし!これって後ろ玉でしょ!?」


 ついでに後ろ玉とは、味方の事を戦場で後ろから撃つという凶悪な行為である。

 しかし、そんなことを言っている間に、レックスが素早くアケミを回り込み、サクヤに手をかける。


「ヒッ…!」


 本日二度目の貞操の危機に、小さく悲鳴を上げるサクヤ。アケミは三猿を実演している。サクヤ、あなたの事は決して忘れないわ…!

 その時、別の方向から救世主が現れた。

 その場の全員の手首に巻かれたブレスレットが震えたのである。


「何…?」


 レックスが真剣な表情で呟く。先ほどまでワイワイやっていたサキとサツキも戻ってきて、じっとブレスレットを見つめている。

 これが震えるのは、ただ一つ。

 ノルシアは、先のローラシア・シア危機に次ぐ、大きな動乱の余波を受けようとしていた。






ノルシア首都ノルトヴェルフェン

 そこは、二重の外輪山に囲まれた、一種の要塞都市だった。

 いまも安定して低調な活動を続ける外輪山に囲まれたここは、凄まじい規模の天然の要害をなしている。外郭外輪山の規模は、直径百二十キロ。内郭は七十キロを超える巨大さであり、その七割が海上に張り出しているとはいえ、極めて広大な地域を守護している。

 その内郭外輪山の一角に、そこはあった。

 ノルシア陸軍参謀本部『ヴォアウルフ』山一つを丸ごとくり抜いて要塞化したそこの最深部に設けられた、ノルシア陸軍の中枢である。

 そこは、喧騒と緊張に包まれていた。


「第十一独立魔導斥候小隊帰還!スレストリア街道に敵影なし!」

「第二師団、即応体制完了!空挺艦隊『ドラケンスバーグ』より出撃開始!強襲艦群は即応集団集結ポイントに六時間以内に降着します!」

「臨時傭兵召集許可、陛下より下されました!すでに司令部通信部にて発信を開始しています!」


 皆があわただしく動き回り、オペレーター席に座った通信士は、自前の通信魔法を基地備え付けの魔方陣で増強して全軍への緊急指示を立て続けに放っている。すでに疲労の色の見える者もいるが、それは即座に交代要員と代っていく。戦は一日二日では終わらない。ここで倒れることは許されない。

 その時、ひな壇状になっている司令部の最上部の扉が開き、一人の男が姿を見せた。


「司令入室!」


 従兵のその言葉に、全員が一瞬作業の手を止めて敬礼する。その目には、純粋な敬意が宿っている。


「楽にしてくれ。作業の手を止めるな。相手は待ってくれんぞ」


 その言葉に、弾かれたように動きを再開する司令部。再びあたりを怒号が飛び交う。

 それを見ながら、入室してきた男―――ノルシア陸軍参謀総長グリュッセ・フォン・ルンフシュタイン元帥が傍らの作戦部長に問いかける。


「状況は?」

「すでにイーシアの各地の諸侯が動員をかけたことが確認されました」


 その声は、緊張に満ちていた。


「いまだ進撃は開始していませんが、逆にそのせいで目標がわかりません」

「諸国の反応は?」

「シアがわずかに反応して、哨戒艦を増派した以外、目立った動きはありません。おそらくまだ気が付いていないのではないかと…」

「ローラシアに限ってそれはない」


 作戦参謀の意見を、断定調で否定するルンフシュタイン。あの超大国がそれだけはあり得ない。イストリア動乱の際、真っ先にその兆候を察し、ほしい物だけぶんどっていったあの動きを忘れはしない。


「私もそう思います。おそらく、『中央都市セントラル』も勘付いているのではないかと」


 作戦参謀も、内心は同じように思っていたらしい。即座に自らの見解も述べる。


「ただ、ローラシアが動かないのは分かりますが、『中央都市』はなぜ沈黙しているのか、判然としません」

「そんなことは、あとで執政府の連中に考えさせればいい。問題は、我が国に飛び火するか、それとも、我が国が火元になるかだ」


 かつて、大陸を支配した超大国が滅びし時、ノルシアの地は凄まじい戦禍に見舞われた。大陸を南北に縦断する山脈、それを突破する最大にして最高の回廊がノルシア南部、ミルヘン回廊だったからだ。

 かの地を幾度も数十万の大軍が、相手を滅っせんと過ぎ去り、そしてその後には、収奪によりすべてを失った大地が残された。

 今、ノルシアの王都が置かれているノルトベルフェンの始まりは、そこから逃れた難民が集まったことからだ。ゆえにノルシアは、他国の侵略に神経を常に尖らせ、強大な国民皆兵制度を敷いている。


「…何事もなければいいが…」


 ルンフシュタインの直感は、この事変が、何かの始まりのように感じられていた。

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