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どこに飛ばされた!

「…みんな、これからどうする?」


 サクヤは集まった四人に尋ねた。

 転移先は、完全に不明だった。

 転移直後に位置測定のために基準石(常に魔力を放っている石で、索敵魔法で複数の石の方位を調べて、三点法で位置を求める)の方位を調べようとしたが、なぜか反応が無く、周りの地形も見た事が無かった。

 完全に手詰まりである。

 だが、幸いだった事もある。

 転移した森の目の前に街道があったのだ。

 だが、その街道はまともな舗装もされていない代物で、すでに放棄されている恐れもあった。少なくとも、地図に載っている皇国領内に、こんなひどい道路はない。

 しかし、皇国近くの辺境の魔物の領域テリトリーには未開の民族が住んでいるとも言われている。外の世界には皇国より遥かに巨大な大帝国があるという話も聞いている。

 場合によってはそこまで飛ばされている可能性もあった。

 そこで、これからの行動を五人で議論していた。


「やはりここは通りかかった人間に場所を聞くのがベストだろう」


 まず発言したのは刀を鞘にしまったアキラだ。女装の男と言う事で偏見を持たれているが、中身は普通に男の心を持っているし、その発言もまともだ。小隊の良心の砦その一である。


「攻撃魔法で火を起こせば適当にないか来るんじゃない?」

「却下。お前は森を灰にする気か!」


 物騒な意見を言うのはアケミ。この小隊で最も非常識な人間だ。


「なら隊長が何か案を出してよ。出せなかったら食べちゃうから❤」

「なっ!」


 いきなりめちゃくちゃな条件を出してくるアケミ。動揺するサクヤ。この態度がいじられる原因だと、サクヤ本人はまったく気が付いていない。アキラは刀の手入れに入り、このコントを完全にスルーしている。

 ついでにサキは自分の結界に引きこもっており、上半身だけ結界に巻き込まれたサツキは水色の半球状の結界から出した足をじたばたして必死に逃れようとしている。サキが左遷させられた理由はこの光景に集約される。

 すぐに意見が出ず焦るサクヤだったが、その苦悩は長くは続かなかった。


「おい!商隊キャラバンが見えたぞ!」


 アキラの声に、全員が反応する。サキも結界を解除し、不健康そうな顔を見せる。サツキだけは疲れ果ててぐったりしている。

 商隊は大型の幌馬車が三台と、周囲に護衛と思しき十人ほどの騎士がいる。装備は槍などの長物とクロスボウなどの飛び道具を両方持っている。ずいぶん古びた装備だが、よく磨かれている。

 それを見て、サクヤが決断する。


「よし。では私が彼らに接触して…」

「ちょっと待って」


 いきなりアケミが横槍を挟む。


「やっぱりこういうときは王道を行かなくちゃ」


 手には手のひらサイズのきれいな水晶のようなもの。

 嫌な予感がするサクヤ。


「それは…?」

永久封印エターナル・コフィンの練習で作った物よ。ついでに中身は三頭犬ケルベロスよ」


 ついでに、三頭犬は皇国軍の評価では乙種の下位に属する魔物である。普通科の歩兵で相手をするのは犠牲を覚悟しなければならず、魔導師でも、下位の者では単独戦闘は困難というレベルである。もっとも、彼女達にとってはただの雑魚ざこである。

 定期討伐まびきこうげきではよく出現する魔物である。


「それをどうするつもり?」

「もちろん。彼らにけしかける!」

「なっ!」


 つまりアケミは、ケルベロスを商隊に襲いかからせると言っているのだ。


「そんな暴挙、認められるわけ…!」

「まあ待って、大事なのはここから…」


 そこで声をひそめて続ける。


「ケルベロスに襲われてピンチの商隊。そこに私達が颯爽と登場!あっという間にこれを倒して謝礼をがっぽり。ついでに最寄りの都市まで送ってもらえば万事問題無し!」


 どう?と、どや顔で言ってくるアケミ。


「どうもこうもあるか!そんなこと認められるわけ…」

「あっと手が滑った」


 駄目というサクヤ。それを棒読み口調のアケミが遮る。手から落ちる結晶。

 次の瞬間、地面にある結晶をアケミが杖の尻で叩き壊す!

 ガラスが割れるような音が、あたりに響き渡る。

 現れたのは、体長二メートルを超える頭の三つある黒い犬だった。

 グルルル…。と唸るケルベロス。

 それを即座に始末しようとするサクヤ。

 だが、アケミの方が一手早かった。


「『空槌エア・ハンマー』!」


 アケミの放った空気の槌で一撃されたケルベロスは、放物線を描いて商隊の方へ飛んで行った。


「アケミ!?」

「まー大変、ケルベロスが商隊の方にとんでいってしまったわー」


 もはや完全に確信犯のアケミ。


「このままじゃ、隊商の人たちが食べられちゃう~」

「この…!全員、あのケルベロスを始末するぞ!」

「「「「了解!」」」」






 今回の商売はずいぶん上手くいった。

 隊商の主であるフロスト・ランスはほくほく顔だった。

 運よく、訪れた都市で、運んでいた工芸品の櫛が大流行していたのだ。

 即座に仕入れ値の三倍以上の価格で売り払い、その夜は、隊の者と一緒に普段は飲まない高級なワインを飲んで楽しんだものだ。

 今積んでいる荷は武具の作成に使用される魔物の鱗だ。こういった物は魔物を呼び寄せるためあまり運び手がいないのだが、今回の商売でずいぶん懐に余裕のあるフロストは、傭兵ギルドから腕の立つ部隊を紹介してもらい、その護衛で乗り切ろうとしていた。

 今回通るルートがそれほど危険の大きい場所ではないのも理由の一つだ。


(今回の商売も上手くいくといいが…)


 とりあえず、あまり信じてもいない神に祈ってみる。

 不信心への制裁は、空からやってきた。


「んっ?」


 突然、右手の森から黒い何かが飛び出してきた。


「グルルル…!」

「馬鹿な!ケルベロスだと!」


 傭兵隊の長が焦ったように叫ぶ。

 現れたのは魔物の中でもかなり上位に位置づけられる大物、ケルベロス。小さな森では支配者として君臨している事もある怪物だ。時に森を抜けたケルベロスが、小さな町一つを全滅させたという話も聞いた事があった。

 そんな怪物が、今目の前に!

 フロストの足は、まるで石になったかのように動かない。乗っていた馬車の馬も、動揺して暴れて足を折ってしまう。


「前衛は槍を並べろ!後衛はクロスボウで狙え!矢は魔矢まやを使え、出し惜しみするな!」


 護衛の傭兵は、最初こそ動揺を見せたが後の動きは迅速だった。即座に陣形を整えて、後方の馬車を守る態勢と整える。だが、やはり怯えは隠せない。

 その怯えを見透かしたかのように、ケルベロスがゆっくりと一歩を踏み出す。

 震える槍の穂先。

 そして、今にもケルベロスが襲いかかる。その時。


「『捕縛リビング・バインド』!」


 可愛らしい女性の声が森の中から響いた。

 次の瞬間、今にも飛びかかろうとしていたケルベロスの足を、地中から突如として生えた蔓が拘束する。

 突然足が動かなくなったケルベロスは、即座にそれを振り払おうとする。

 そこに二つ目の声が響く。


「『神矢アロー』!」


 そこに、森の中から飛び出した銀色の矢が、ケルベロスの頭めがけて突っ込んでいく。

 しかし、危険を感じたケルベロスは、動かない足をあきらめて、伏せる事でその攻撃をかわす。

 それた矢は反対側の森に突き進み、大きな岩を轟音と共に一撃で粉砕した。

 森の中からは「畜生、外した~!」という叫びが聞こえる。

 その威力に、ケルベロスも傭兵隊もどちらも唖然とした表情を浮かべる。あんな威力『神矢』これまで見た事も聞いた事もない。

 命の危機を感じたケルベロスは、必死になって足の蔓を引きちぎると、一目散に逃げようとする。

 だが、その逃避行は僅か数歩で終わりを告げる。

 目の前に、うっすらと水色の光を放つ透明な壁が現れたのだ。

 一気に突き破ろうとするケルベロスだが「ギャンッ!」という悲鳴とともにあっさり弾き返される。

 その後は、態勢を立て直す余裕も与えられなかった。


「うおおおおっ!」


 奇妙な片刃の湾曲した剣を持った女性剣士が森から飛び出し、一気に距離を詰める。


「てやあああっ!」


 振り下ろされた刃は、一撃で首の一つを切り飛ばす!


「「ギャーーー!」」


 絶叫をあげる、残された二つの頭。

 そこにさらなる追撃が加えられる。


「『重力異常グラビトン』!」


 突如自重を増大させられたケルベロスは、一瞬で足をへし折られ、そのまま地面に半ばめり込む。


「…………!」


 もはや悲鳴を上げる事も出来ない。

 最後のとどめは、炎の渦だった。


「『火焔地獄インフェルノ』!」


 真っ赤な何かがケルベロスに突き刺さったかと思うと、目も眩むような閃光が放たれた。

 次の瞬間、周囲は赤も青も通り越した真っ白な炎に包まれ、ケルベロスを一瞬で焼き尽くす!

 こっちも焼き尽くされるかと、一瞬死を覚悟する傭兵隊とフロストだったが、炎は途中でさっきのうっすらと光る結界に遮られ、彼らまで被害をもたらすことはなかった。

 もはや言葉もない彼らの前で、炎は徐々に小さくなり、その後には焼けるどころか半分溶けてガラス質になった大地が残されるだけだった。


「みなさん大丈夫です!?」


 呆然とする彼らに駆け寄るのは、長い美しい黒髪の少女と、それに率いられる四人の美少女達だった。

 見た事のない杖と剣を持った彼らが、フロストにはまるで伝説の戦女神のように見えた。






 もちろん、彼は後ほど嫌と言うほどこの思いを後悔する羽目になる。

 やってきたのは女神ではなく、厄病神と破壊神、その両方を併せ持つ悪魔よりも性質たちの悪い存在だった。

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