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目指せ借金完済!~ウェイトレスサクヤ~7

 アケミ達が呆けていたのは一瞬だった。

 だが、その一瞬は大きな隙になった。これまで足元の鬼蜘蛛の残骸を見ていた龍の目が、アケミ達の方を向いた。

 そして、

 ガァァァアアアアア!

 凄まじい龍の絶叫が響き渡る。


「うわぁ!」


 その一声で傭兵団の連中は次々にクレーターの底に吹き飛ばされていく。大地と空の支配者たる龍の咆哮は、ただそれだけで脆弱な人間を吹き飛ばすだけの力を持っていた。

 だが、


「…受動防御パッシブガード…」


 サキが小さく呪文トリガーワードを呟くと、一瞬でアケミ達四人を強固な防御シールドが覆う。龍の咆哮にもびくともしない。


「フンッ!」


 さらに、レイモンドは全身に力をみなぎらせ、ハンマーの石突を地面に突き立ててその咆哮を耐えている。

 意外な事にガルシアも、手に持つ風の魔剣の加護により体勢を保っている。

 そして、咆哮が途切れた瞬間、アキラとアケミが動いた。

 アキラはその刀に凄烈な魔力を纏わせ下段に構えて突撃し、アケミはその杖に巨大な魔力を通す。

 同時に後衛のサツキもとっさに動き、身体能力全般を強化する『加護』の魔法をアキラとアケミにかける。


「―――!」


 そして、龍の左前脚に、逆袈裟の一撃を叩き込むアキラ。

 だが、


「クッ…、防御が堅すぎる!」


 その一撃は強固な鱗にあっさりと防がれる。基本的に龍は重巡空艦の主砲クラスの砲撃に耐えうる強度の鱗を身にまとっている。容易に切り裂けるような代物ではない。

 しかし、アキラが離脱した直後、アケミが準備を終え強烈な一撃を叩き込む。


「『聖光ソーラーレイ』!」


 光の速さを持つ灼熱の光線が龍に向けて放たれる!

 しかし、相手もただ黙って見ているわけではなかった。その巨大の前に全身を覆うような規模の魔方陣が浮かび上がる。それに、アケミの聖光が直撃する!

 そして…


「チッ!やっぱり龍相手じゃ通用しないか…」


 爆炎の影から無傷で襲いかかってきた龍の前足の一撃を、高速移動術式で回避するアケミ。

 さらに、後方からサキとサツキがアケミとアキラの頭を越えるように後退支援射撃。サキの認識系異常術式とサツキの凍結魔法で一時的に動きが止まる。

 そこで一度体勢を立て直す。


「まだ脱皮したばかりならいけるかと思ったけど、やっぱり駄目ね」

「おまけにここの龍脈の魔力をたっぷりと受け取ったらしいな。どう見ても三百年級の力があるぞ」


『竜』は百年以上生きると『龍』と呼ばれるようになる。この最大の違いは、竜が鱗を持たないか、あっても背面などの一部を覆うにすぎないのに対し、龍は翼を除く全身を強固な鱗で覆われていところだ。

 さらに、龍として長く生きたものはその莫大な魔力量に物を言わせた原始的ながらも強力な魔法を行使するようになる。これが皇国の基準で言えば甲種の二級に相当する。今のこの龍はこれに相当した。皇国ではこのクラスの魔物を相手する場合は飛行艦、ないし地上長距離魔導砲撃支援の元、連隊規模の部隊(魔導師のみならば三百人前後、通常の歩兵を中心に編成された連隊ならば三千を超える戦力)が総力を挙げて攻撃すべしとされている。

 そんな化け物を相手に、アケミ達は戦いを挑んでいるのであった。

 勝算は、決して高くない。






「…私は、こんな英雄になれるような舞台に立てるとはこれまで思った事もなかったよ…」


 かろうじて龍の咆哮を耐え抜き、ようやく戦闘態勢に戻ったガルシアが小さくつぶやく。アケミ達皇国の人間にとっては、せいぜい大きな台風が来た程度にしか思われない(それでも被害は甚大)龍だが、ガルシア達大陸の人間にとっては、国家とまではいかないが都市存亡の危機である。

 そして、それを退ける事が出来れば、街に銅像が立つようなレベルの偉業だった。

 つまり、それほどの難事だった。

 ガルシアの両脚は震えていた。これまで凶悪な魔物を相手にして戦った事は幾度もあるが、それらはいずれも人間が立ち向かえる相手だった。

 だが、今目の前にしているのは、そんな人間の抵抗など鼻息ひとつで吹き飛ばすような正真正銘の化け物である。これまで力強い相棒だと思ってきた魔剣がただの針のように思える。本当の事を言えば戦いたくなどなかった。尻尾を巻いて逃げだしたかった。

 だが、


「彼女達が戦っているのに、自分だけ逃げだすのはあまりにも情けないな…」


 ガルシアの目の前では、最初の一撃の効果がないのを見たアケミ達四人が、再度の攻撃に移っている。アキラは急所となる目や比較的やわらかい腹部を集中的に狙い、アケミは支援も兼ねてどこかにあるはずの弱点『逆鱗』を撃ち抜くべく近距離から龍の全身に射撃をたきこんでいる。サツキは強力な重力魔法で飛びあがろうとする龍を地面に縛り付け、そこをサキが直撃すれば龍でも危うい強力な砲撃魔法で狙い撃つ。

 だが、龍は強かった。

 アキラの攻撃は鱗の表面を傷つけて終わり、アケミの射撃は防御シールドと鱗に阻まれまともな打撃を与えられない。サツキの重力魔法は相手が飛びあがるのを阻止しているが、それでもサキの砲撃を余裕で避ける素早さを保っていた。

 すでに周囲は外れた龍のブレスやサキの砲撃魔法の流れ弾で、巨大なクレーターが量産されている。

 はっきり言ってガルシアが介入する余地のない、信じられないレベルの戦闘だった。

 その時、


「若者よ、お主に戦う意思はあるかね?」


 そう言ってガルシアの肩に手を置いたのは、レイモンドだった。

 先ほどの一撃で、レイモンドの上半身は完全に裸になり、服の下の歳から考えれば信じられないほど鍛え上げられた逆三角形の肉体をあらわにしていた。

 しかし、その眼はこれまでのふざけたような行動からは想像できないほど、真剣で力強い物だった。


「かつてのわしは逃げた。共に行こうと手を差し伸べた仲間に背を向け、父の後を継ぐという名目でより容易いと自分で思った道に進んだのじゃ」


 それでも振り切れず、今もこうして冒険のまねごとをしているのじゃが。

 そう言って自嘲気味に笑うレイモンド。ガルシアがレイモンドに見た事のない、人生の経験を積んだ者だけが出せる空気を纏っていた。


「じゃが、お主は違う。今ここで逃げるのも立派な選択肢じゃ。少なくともわしはそれを認めよう。だが、ここで戦う事で得られる未来は、それよりも厳しく、それでいて素晴らしい物に満ちているじゃろう」


 そして、どうする?と問いかけるレイモンド。

 それに対し、ガルシアは手の剣を握り直し答える。


「…レイモンドさんの言っている事は、正直十分には分かりません。ですが、一つだけはっきりしている事があります」


 そして、目の前でアケミ達と死闘を繰りひろげる龍を睨みつける。


「女性を見捨てて逃げだせば、自分は一生それを後悔し、フツの名は永遠に惰弱な臆病者の名として忌み嫌われるでしょう」


 それだけは、許しがたい。何よりも自分が許さない。

 そう呟くガルシアを見て、心の底から愉快そうにレイモンドが笑う。


「はっはっはっ!その心意気や良し!ならば若者の道を切り開くのが老兵の役割というものじゃろう。ガルシアよ、わしに続け!」


 そう叫ぶと、レイモンドは手の鎚を構えて、そのまま龍に突進していく。ガルシアも慌ててそれを追う。

 手には、父から受け継ぎこれまで自らを支えて来た魔剣が握られている。


「ちょっ!あんた達何やってるのよ、いますぐ逃げ…!」


 それを見て、慌てて押しとどめようと叫ぶアケミだが、その言葉を続けることはできない。サキの砲撃の爆炎を突き抜けて現れた蒼き龍がその前足の一撃でアケミを狙い、それを回避した直後にさらに誘導能力を付与した砲撃が放たれた。


「クッ…!」


 それを自らの射撃術式と、サツキが重力魔法と並行して行ってくれたジャミングでなんとか回避するアケミ。


「やっぱりこいつ三百年級なんてもんじゃないわよ!」

「ああ、おそらく五百年級から八百年級はあるだろう」


 叫ぶアケミに答えるアキラ。冷静さを保っているが、その顔には疲労が浮かびつつある。


「やはり前衛が二人というのは厳しいな…」


 独立魔装小隊とは、元々は大軍で相手をしても甚大な被害が生じる甲種の龍種などを相手に、単独で戦闘が可能なように編成された少数精鋭部隊だ。アケミ達も、本来ならばもう少し楽に戦えるはずだった。だが、(一応)隊長であるサクヤがいないせいでその穴がアケミ達を苦しめていた。


「せめて後一人いてくれれば…」


 そうアキラが呟く。その時、


「ヌオオオォ―――!」


 一瞬龍の咆哮と間違えるような叫びが聞こえた。


「レイモンド!?」


 それは、アケミの忠告にも関わらず、突撃を続けるレイモンドによる物だった。

 それを見た龍は、煩わしそうに誘導弾を放ち視線をアケミ達に戻す。こちらの方が強敵だと感じたのだろう。

 だが、その判断は間違いだった。


「デリャァアアア!」


 なんと、レイモンドは放たれた誘導弾を自らの鎚で迎え撃っていた。

 誘導弾との一瞬の均衡。

 そして、


「今じゃ!」


 誘導弾が破壊され、その閃光が龍の視界を妨げた瞬間、レイモンドの陰にいたもう一人が、龍の背後へと飛び出した。

 それはガルシアだった。

 顔をひきつらせ、声にならない叫びを上げながら、魔剣の加護を得て龍の背後に一気に近付く。

 そして

 ギャアアアァァァ―――!

 龍の絶叫が轟いた。


「ウオッ!」


 その絶叫の余波で、後ろに弾き飛ばされるガルシア。同時にその手に握っていた剣の姿が変わっているのを見て驚く。これまでただの直剣だったのが、今手にあるのは大きな反りのある大太刀に変わっている。体を軽くする魔剣の加護も遥かに強くなっている。

 そして、アケミ達も龍の様子を見て叫ぶ。


「ガルシアの奴、逆鱗を突いたみたいよ!」

「いけるな!」


 そして一気に攻勢に出る。

 アケミはこれまでの小刻みな射撃を止めて、強大極まりない火焔魔法を至近距離から叩きつける。アキラは刀に込める魔力をさらに上げて、一時的に攻撃力を大幅に底上げする。使える時間は決して長くないが、これまで弾かれていた斬撃が見事に鱗を切り裂いて中の肉に届いている。

 後方支援のサキはなにやら無数の魔方陣を龍の上に構築し、サツキが砲撃の役割を代わっている。複数の魔方陣から途切れなく放たれる砲撃は龍の頭を押さえつけ、地面に縫いとめている。

 だが、龍は急所を突かれてなお強かった。

 肉薄戦闘を行うアケミとアキラには尾を振り回し前足を叩きつけ、アケミ達でもまともに食らえば即死しかねない一撃を放っている。後方のサキとサツキにもアケミ達の頭越しに強力な誘導弾を叩き込み砲撃を妨害する。

 そして、自らに決定的な一撃を加えたガルシアに目を向ける。

 ―――奴こそが、奴こそが我が大敵!―――

 凄まじい怒りと共にそれを確信した龍は、これまで放っていなかった最大威力のブレスを準備する。

 その威力絶大。砦は砕かれ城壁は灰燼に帰すと言われる至高の一撃。

 森の王ゆえにこれまで封印してきた一撃を、今こそ放つべきだと。

 アケミ達はそうはさせじとさらに攻撃の威力を高め、サキは用意している魔法の準備をさらに急ぐ。額には汗が浮かび、杖を握る両手は震えている。だが、満身創痍になりながらも龍の動きは止まらない。

 そして、龍の顎が限界まで開かれた瞬間。

 ---------!

 音にならない轟音が周囲を圧した。

 アケミ達ですら攻撃を中止し、防御姿勢を取らざるおえないほどに一撃。

 それは瞬時にガルシアを呑みこもうと…


「レイモンドさん!?」


 その前に、レイモンドが立ちふさがった。驚いた事に放たれるブレスをその鎚で受け止めている。

 だが、その表情には一切の余裕がなく、むしろ悟りきったような表情でガルシアに向けられていた。


「若者よ、人生を悔いなく生きるのは簡単じゃ。じゃが、恥じることなき人生を送るのは、これが意外と難しい」


 わしはかつて、その恥じるべき事をしてしまった。

 そう言って、微かに苦笑を浮かべる。


「じゃが、お主なら出来るじゃろう」


 次の瞬間、槌に細かな亀裂が無数に走る。


「さらばしゃガルシアよ。また会おうぞ!」

「レイモンドさん!」


 次の瞬間、そのひびの入った鎚の石突でレイモンドはガルシアを脇に吹き飛ばした。同時に鎚も限界を迎えて砕け散る。

 そして、レイモンドの姿は閃光の中に消える。

 直後、凄まじい威力で大地を抉ったブレスが止む。

 後には、ちょうどガルシアが立っている場所を小島のように残し、小さな谷程の亀裂が延々二キロほども続く光景と、呆然とそれを見るめるガルシアの姿があった。

 しかし、アケミ達はそれに頓着する気配はない。


「今よ、サキ!」

「…チェーン・バインド…!」


 次の瞬間、アケミの指示でサキがこれまで準備してきた拘束魔法を発動する。時間をかけて準備した鎖は容易に切れず、ブレスを放ち疲弊している龍をがっしりと固定する。

 さらに、アケミとアキラ、サツキもとどめの一撃を放つ。


「燃え尽きなさい『火焔地獄インフェルノ』!」

「そこにいるなら神すら切り捨てよう『断罪剣神だんざいけんしん』!」

「我こそは戦場の神『剣林弾雨けんりんだんう』!」


 アケミの炎が、アキラの斬撃が、サツキの砲撃が拘束された龍を襲う!

 ギャアアア―――!

 龍の絶叫が周囲に木霊する。

 そして、


「…レイモンドさん…!」


 後には、膝をついて呆然とするガルシアと、無表情に、だが唇を切れそうなほど強い力でかみしめるアケミ達、そして倒れた蒼き龍が残されたのだった。

シリアスっぽく見えますが…次回をお楽しみになのです!

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