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目指せ借金完済!~ウェイトレスサクヤ~3

 この世界において、奴隷と言うのはそれほど虐げられる存在ではない。

 なぜなら、それが雇用形態の一部として存在するからだ。

 奴隷となる人間は、多額の借金を抱え、なおかつその返済の見込みがない者。それを債権者が専門の役場に連れて行き奴隷登録する。これによって、奴隷登録された人物は借金を返済し終えるまで一切の収入を債権者に差し押さえられ、代わりに役場の定めた最低限の生活費を債権者から支給されるという状態になる。

 この間、奴隷は登録された町から出る事は許されず、特殊な魔道具で常に債権者に監視される状態になる。

 具体的には…


「マスター!この首輪だけは勘弁して下さい!」

「ふざけるな!お前が撒いた種だろうが!」


 …無骨な鉄製の首輪をはめられるのである。






「うう…、どうしてこんな事に…」

「そ、それはやっぱりどうしようもないですね…」


 三日ほどで再建なったギルド直轄のサクヤが働く酒場。

 そこではサクヤが、昼のピークも過ぎて(この酒場は昼間も軽食を提供している。マスターはいつ寝ているの?)閑散とした酒場の中で、なじみの客である青年に、愚痴を言っていた。

 ロイドと言うこの青年は、サクヤが勤め出した頃から、毎日今のように暇な時間帯を見計らって酒場を訪れていた。

 この時間帯はサクヤ以外のウェイトレスは夜のピークに備えて休んでいる事が多く、基本的にサクヤ一人で接客をまわしているので、自然この青年とも会話する機会が増えた。

 いつも決まった軽食を注文する青年に、サクヤの方も心得ていて、店に姿を見せると注文をする前に調理を始めてもらっていた。今はその完成を待っているところである。


「いままで一緒に戦ってきた仲間には裏切られるし、借金はどんどん増え続けるし、おまけに今じゃ奴隷だし…」


 首輪を見て、悲しげなため息を漏らすサクヤ。この首輪には不可視の紐がつながっていて、主である酒場のマスターが念じるだけで、そっちに向かって容赦なく引き寄せられる。

 例えば…


「おいサクヤ!なに無駄口叩いてやがる!」

「ニャッ!」


 無駄口を叩いていて、料理の完成に気がつかなかったサクヤを、容赦なく引き寄せるマスター。まるで猫のような悲鳴を上げて、そのまま数脚の机や椅子に頭を激突させながら床を滑って行くサクヤ。

 最後にカウンターに頭を激突させて止まったサクヤに、その内側からカウンターの上に用意された料理を指さすマスター。


「ほれ、さっさと料理を持っていけ」

「いくらなんでも酷すぎませんか!?」


 頭に巨大なたんこぶを鏡餅の様にいくつもつくったサクヤが、涙目でマスターに訴える。


「せめて声ぐらいかけてくれたって!」

「なんどもかけたわ、このド阿呆!」


 そのまま激論に突入する二人。


「…ははは。僕の料理は無視なんですね…」


 二人の間で冷めていく料理を、悲しそうな目で見つめるロイド青年―――アケミ達の派遣したサクヤの監視役―――だった。






 ロイドはリーボンに到着した時に覚えた感動は、今でも覚えている。

 ロイドの実家はリーボンよりさらに西の、大陸の果ての地にある。

 そこは岩石質の貧弱な土壌ゆえに、まともな作物が育たない僻地。最果ての巡礼地を目指すミナス教徒の巡礼者の落とす金と、荒れた海から命がけで掴み取る僅かばかりの産物。そして断崖に生える薬草で日々を過ごしていた。

 ロイドはそんな僻地のさらに僻地に類する村の、村に一軒だけの小さな宿の三男として誕生した。

 三男と言うのは、あまり歓迎される存在ではない。

 長男は家を継ぐ役目を持ち、次男もそのスペアとしての役割を持たされる。だが、三男はいらないのだ。

 成長するに従ってその事を肌で感じ始めたロイドは、家を出る事が多くなった。

 外でやったのは、村の猟師についての森での狩りだった。徘徊する魔物を避け、時には倒し、そして目当ての獲物を捕える。


「お前、筋がいいな」


 寡黙な猟師のその一言が、ロイドがリーボンへ出る決断を下す一つの要因になった。

 決定的にしたのは、ある時村を訪れたキャラバンの言葉だった。


「一人ぐらいだたら、雑用としてリーボンまで乗せてやってもいい」


 ロイドはすぐに飛びついた。折しも諸国間の情勢は緊迫し、それが原因で巡礼客の客足も遠のいている状況で、無駄飯食らいが一人でもいるのは家にとって大きな負担だった。

 家族はあまりいい顔をしなかったが、内心ほっとしているのははっきり分かった。このままでは本当に、ロイドの事を人買いに売り渡すことすら真面目にありえたからだ。

 そこから雑用をしながらたどり着いたリーボンは、まさに圧巻だった。

 街にそびえる巨大な塔。メインストリートに軒を連ねる数多の商店。市街地を埋め尽くす無数の低層住宅。そのいずれも村で生活していては一生見られない代物だった。


「傭兵…か」


 すでに町での身の処し方は決めていた。ここまで連れてきてくれたキャラバンにも随伴していた傭兵だ。依頼を受けて凶暴な魔物を始末したり、危険な場所にある様々な物資を収集してきたり、そして時には国同士の戦争に駆り出される、究極の実力主義の職業。

 名も無き村から出て来たばかりで、身元も確かでないロイドでは、これ以外に働く場所が無かったというのもある。

 受付はあっさりと終わり、代わりに金属のプレートを渡された。

 その冷たい感触が、傭兵になったのだという事を実感させてくれた。

 そして、親からもらった僅かばかりの資金と簡単な依頼の報酬で、リーボンに最低限の生活の拠点を築き武器防具も一通りそろえ、いざ本格的に本格的に活動しようと思った矢先。


「うちの仲間にやってくれるじゃないの?」


 原因は、つい投げ捨てたバナナの皮。

 人生の落とし穴は、いつどこに口をあけているか分からないものである。






 怒鳴りあいから殴り合いにエスカレートしたサクヤとマスターの様子を見ながらため息をつくロイド。すでに料理は完全に忘れ去られている。


(本当に、どうしてこうなっちゃったかな…)


 バナナの皮を落とす事故から始まり、わけのわからない借金押し付け計画に参加させられ、今では間諜のような事をやらされている。


「食らえクソマスター!」

「甘いんだよ!足元が御留守だぞ!」


 店内に響く破壊音。

 それを意識の外に置いて、再びため息をつくロイド。


「これからどうしようかな…」

「ロイドさん避けて!」

「!?」


 いきなり、投げ飛ばされたサクヤがロイドの背中に突っ込んだ!

 派手な破壊音とともに、椅子の残骸ごと床に叩きつけられるロイドとサクヤ。


「いつっ…!」


 苦痛の呻きを漏らしながら立ち上がろうと手を床につくロイド。

 むに…

 だが、そこには床の堅い感触ではなく…


「あ………!」


 サクヤの形のよい双子山があった。

 身動きが取れなくなり硬直するロイド。

 そして、いきなりの事に混乱したサクヤだが、状況に気がつくと、その顔を急激に赤くしていく。


「あ…あ…あ…!」

「いやこれは決してわざとでは…」


 言い切る事は出来なかった。


「ロイドさんのエッチ―――!」


 次の瞬間、目の前に浮かんだ無数の魔方陣を前に、絶望のため息を漏らすロイド。


(本当に、どうしてこうなるかな…)


「吹き飛べ―――!」


 その瞬間、めくるめく閃光が酒場の中を埋め尽くした。

 それを見て、きれいだな、と思った瞬間、ロイドの意識は途絶えた。






「………はっ!」


 直後、正気に返ったサクヤは、恐る恐る周りを見回した。

 その眼に映るのは破壊された椅子や机、大穴の開いた天井、散乱する内装のランプ、めくれ上がった床板。

 どれも簡単には修理できそうにない損傷である。

 そして、


「………(怒)………」


 背後から猛烈な殺気を放ってくる、マスター。

 最早冷や汗を通り越して、涙目になりながら恐る恐る背後を振り返るサクヤ。


「マ、マスター。これはあくまでも事故で、私には過失は…」

「………(怒怒怒)………」


 さらに高まる殺気。


「ですから、ロイドさんにも責任の一端は…」

「………(殺殺殺殺殺)………」


 もはや物理的圧力を伴ってサクヤを襲う殺気。


「………(涙涙涙)………」

「………(殺殺殺殺殺殺殺)………」


 言葉を無くし涙目でマスターを見つめるサクヤ。

 直後、街中にサクヤの悲鳴が木霊した。






 その頃アケミ達は、


「落ち付け!もう奴らは…おわっ!」←アキラ

「いやいやいやや―――!」←アケミ

「………(気絶)………」←サツキ

「………(睡眠)………」←サキ


 パニックに陥って魔法を乱射するアケミを、アキラが必死になって追っていた。

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