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至高の6機

作者: スミスミス
掲載日:2026/05/22

1

 他人が恋に落ちる瞬間というのを初めて目撃した。


「あ、あ、ああああ、あの!!!」


 恋に落ちた少年は言葉に詰まりながらなんとか必死に話しかける。

 滑稽に映るかもだけど、本人はいたって真剣でそれを笑うなんて不謹慎な真似はわしにはとてもできない。


「はイ? わタしにどのヨウなご用デしょうか?」


 声をかけられたほうには声をかけられる理由がわかるはずもなくあまり上手くないカタカタ音で妙なアクセントの言葉遣いと、みぃーんという駆動音が出るカクカク仕草で彼にアクションを返す。

 人間にしてはいやに下手くそて大業な動作、それでほとんどのヒトは悟る。


「あ……あなた、もしかして人形なのですか?」


 正解じゃ。

 悲しいかな、少年の願いは叶うことはない。


「はイ、わタしはマスターによって鋳造さレタ人形でス」


 彼女は生き物ですらない。

 自動人形技師であるわしが造った人形、ただヒトを模して動くヒトっぽい形をしているだけの無機物。

 そもそも生き物でないから彼女というラベリングすら正しくはない。

 そんな無機物は好意を寄せるような対象ではない。

 なかにはそういった特殊な性癖なやつもいるし特にそれを否定することはないが、それはあくまでも少数派じゃ。


「それデは、失礼いたシマす。

マスター、おまたセいたしまシタ」


 ギチギチと体内の歯車がかろうじてかみ合う変な音をたてながら彼女は一礼し、ガタガタと異音を出しながらこちらに帰ってくる。

 すまないな少年よ。せっかくの初恋だというのに散華させてしまい大変申し訳ない。


「待ってください!!!」


 これでこの恋は終わり。

 初恋によくある甘酸っぱい刺として少年の心に残るだけ。

 そう思っておったのに……。


「お願いします。ぼくをあなたの弟子にしてくれませんか?」


 この場から去ろうとするわしらの後を全力疾走で追い抜きこんなことを叫んだのじゃった。

 初恋を大切にするタイプの少年じゃった。

 ただ人形技師というのはそんなに容易い職業ではない。

 精巧なカラクリと精緻な魔法の合わせ技。

 科学と魔法という相対するものを絶妙な案配で混ぜ合わせる奇跡の具現。

 それこそ人生を棒に振るくらいの覚悟がないと務まるはずもない。

 わしの体感じゃが、この職業で大成するくらいなら魔法職か科学職、いずれかの分野一本で成り上がるほうがよっぽど楽じゃ。

 少年の淡い恋心だけで続くほど簡単なものではない。

 じゃから申し訳ないが無視を決め込み進む。切り替えて次の恋に進んでくれ少年よ。


「お願いします、お願いします!!!」


 何度無視しても追いすがる。

 そのうちにわしの衣服にしがみついて止めようとしてきたけれどそれも無視を決め込んで振り払った。 

 振り払われ泥にまみれても立ち上がりわしにまとわりつく。

 とにかく必死で、鬼気迫るといった様子じゃった。命を賭けているといった様子じゃった。

 しばらくそんなことを繰り返し、少年の衣服はボロボロで、体のあちこちは擦り傷だらけで……。

 別に好きでこんな意地悪をしているわけではないわしの良心もチクチク傷むもんだから。


「わかったよ少年。わしの負けじゃ」


 とうとうわしは折れた。

 その時のとても嬉しそうな少年の顔はちょっとこれからの生涯でも忘れられなそうなほどの笑顔じゃった。



2

 少年を弟子にしてかれこれ10年くらい経った。

 淡い恋心から始まった人形技師という茨の道は当然容易くなどなくてまだ成長過程で他の娯楽を知らない無知なこの少年は途中で折れる、そう思っておった。

 結論からいうと少年は折れなかった。

 成長を経て青年になり、色々な酸いも甘いも知り他の楽しいことをいくつも知ったというのにまだ人形技師なんて自己満足でしか止まれない異端者をやっている。


「くそぅ。なんでぼくには師匠みたいな柔らかい線が引けないんだ……」


 今日も今日とて技術の研鑽に努め神経を研ぎ澄まして人形に向き合っている。

 弟子は自分の作品に厳しく決して納得しないのじゃが。


「いやいや、もうとっくにお前さんのほうが精密で叡智で完璧に近い人形技師じゃよぉ」


 正直言ってもうわしなんかとっくに凌駕する人形技師になっておった。

 わしが一つ教えれば十の答えを導き出し、一度見せた技術はあっさりとコピーされて挙げ句にもっとすごい技術に昇華させて、なによりすごいのはその造形の美しさで弟子の手がけた人形はニッチな趣味なものたちどころか万人が目を見開くような美貌で。

 はっきりいって100年にひとりの逸材なのじゃった。

 狭量なわしなんかはじめはその素晴らしい才能にただただ嫉妬して追い越されることを恐れてなにかと適当な理由をこじつけて教えることを拒否しておったがそんなわけのわからないわしの狭量からもなんらかの意味を見出して学びとした。

 途中からもう嫉妬するのもばかばかしくなってもう完全に白旗をあげておる。

 わしみたいな凡人が嫉妬するのも馬鹿馬鹿しくなるくらいに才能に差があったのじゃ。

 なんなら逆にわしが弟子の技術から学びを得ているくらいじゃ。

 もう完全に立場は逆転していると言ってもいい。


「なにを仰っているのですか師匠? ぼくなんかまだまだです。

 ぼくはまだ師匠が創り出す柔らかそうなほっぺたが再現できません。

 無機質と有機質が同一のボディに同居しているあの歪ともいえる奇跡のバランスに達しておりません。

 師匠が創り出したアルミスさんのような素敵な人形を創り出せていません!!!」


 すごい暑い熱量で熱弁されてしまった。こんなにすごい熱量で……。

 わしが造りだした人形のことなのにわしよりも雄弁に魅力を語っておる。

 申し訳ないがその目、濁ってない?

 アルミス。わしが製造し弟子の性癖を歪めた元凶の人形。

 正直、アルミスのなにが、或いはどこが天才である弟子の琴線に触れたのかはわからんし、未だに弟子を狂わせ続けておるかはさっぱりわからん。

 今のお前さんの超技術ならわしなんかの再現なんか容易じゃろうし、アルミスと同一の個体なんぞいくらでも造れると思うのじゃけど。


「マすター、お弟子サん。お茶ヲどうゾ」


 相変わらずメカメカしさが消せない下手な話し方。

 お茶を渡すときのぎこちない動き。

 弟子の素晴らしい作品を見た後だと恥ずかしくなるくらいには拙い人形じゃ。

 じゃというのに……。


「あ、あ、あ、ありがとうございますアルミスさん、本日も大変お美しい!!!」


 熱病にうなされるようにアルミスからお茶を受け取る弟子。

 あの頃のまま、初恋を継続し続けたままこの天才はとうに抜き去った技術の骨董品にうつつを抜かしておるのじゃった。


「どあっちゃ!!」


 今日のアルミスが煎れたお茶はアホみたいに熱かった。

 この前は逆に冷たくてお茶が煮出せておらんかった。

 お茶の煎れ方なんぞ何度も調整して条件を細かく設定しておるのにこのていたらく。なんならわざわざ指先に温度センサーを付けたのになんでこういうミスが起こるのか?

 お茶ひとつ上手く煎れさせられない、これがわしの人形技師としての限界。


「すごい、なんでああも細かく条件を設定しているのにこんなに結果に差が出る?

 どうやってそのランダム性を創り出している?

 ドジっ娘の再現……本当に師匠はすごい……!」


 いや、なんか感激してくれているけど、そこはそんなに感銘を受ける場面じゃない。

 いっそ馬鹿にされているかのようじゃが、困ったことにこの大天才は本気でこう言っておるのじゃった。




3

 弟子は千年にひとりの大大大天才である。

 その技術は凄まじく、今まで骨董品でしかなかった人形という時代遅れの化石技術を現代環境においても最先端と言わしめるほどまで押し上げた。

 その造形はあまりにも美しく。今までごくごく一部のニッチなヤベぇ人たちにしか刺さらなかった容姿をほぼほぼのヒトが異性を感じざるを得ないレベルまで持ってきた。控えめにいって神ワザである。

 性能にしてもこれまた凄まじく、わし程度の人形技師の創作物はお茶くみも満足に出来ないお粗末なレベルじゃが、弟子が創り出した人形たちはヒトには出来ないような圧倒性な性能を保持しておる。クネクネヒュンヒュンものっそい滑らかに動きまくる。なにこれホントにすごぉい……。

 弟子がこの国に国家人形技師として召し抱えられてから年イチで鋳造されている人形は6機しかおらんがそれでもたった6機で戦況すらひっくり返してしまうような圧倒的な武力を有しておった。

 6機の活躍ありきでこの国は列強国となったといってもまったく過言ではない。

 ヒトの模倣品どころか唯一無二の兵器として確固たる地位を築いておる。

 味方からすれば美の女神の救援。敵からすれば死の女神の断罪。

 弟子が創り出した人形たちは至高の6機と呼ばれこの国の守護神としてなくてはならない存在にまでなってしまったのじゃった。


「ダメだ、ホントにダメだ。

 ぼくには本当に才能が無い!!!」


 血涙でも流しそうな勢いで机を叩く弟子を見て思うのじゃ。

 なに血迷ったことをほざいておる、おまえに才能が無かったら他のすべてはどうなる?

 わしとかミジンコ以下じゃぞ、自分で思って悲しくなった。

 才能がその人そのものの価値などと宣うつもりはさらさらないが、それでもお前以上の才能なんてどこにも存在しないと断言できる。

 弟子のこの葛藤はもう何回目かもわからないくらいでもうツッコむのも面倒くさい。


「師匠みたいな線が引けない! 師匠みたいな真性のドジっ娘も造れない! 完全を越えた不完全が再現出来ない!!!」


 うん、わけわからん。

 完全を越えた不完全ってなんじゃそりゃ? 聞いたことないわそんなん。

 弟子の回りでこの国の至宝、至高の6機があわあわと甲斐甲斐しく弟子のフォローをしている。

 傾国の武力と美貌を有している世界最強の兵器どもが制作者のわけわからん性癖に振り回されておる。

 不憫じゃあ。本当に不憫じゃあ。

 弟子の求める完全を越えた不完全というのものが、それをほざく本人にもわかっていないからそれ以上明文化することもできず、だから誰にもそれを理解することが出来ない。

 制作者の癖を存分に突っ込まれて、制作者を愛するように造られたというのに、彼女等はその愛を享受することが出来ない。

 人形とは無機物である。

 ヒトの形を模してはいるが模しているだけ。哀れなんて感情を向けるような対象ではない。

 じゃけど、大天才たる弟子の創り出した人形はもうヒトと比べても遜色がない。

 騙されて絆されてしまうのも無理もないはなしじゃ。

 彼女等は愛するマスターを理解する為にヒトというものを常日頃から学んでいる。

 あらゆるシチュエーションで、あらゆるやり取りも、一言一句聞き逃さないように、ヒトがどんな行動を取るのか、ヒトとはどういった生き物なのか、それにご執心じゃ。

 数え切れないくらいのヒトがいて、ひとりひとり思考パターンは違う。統計ならとれるかも知れないけれどそれらのデータを個性にまで昇華させるのは無理かもしれない。

 それでも彼女等は諦めない。

 彼女等は理解していないし、それはヒトが抱くものでまだ不完全な我々がそれには至れないと否定するかもしれないけれど、それは愛に相違ないはずじゃ。

 わしの造ったアルミスには到底たどり着けない領域じゃ。

 まさに至高。弟子はいずれヒトを創り出すかもしれない。もうそれは神の領域ではなかろうか?


「のぅ弟子よ。もうちょっとお前さんの創り出した至高の6機に報いてやってもいいのではないか?」


 ああでもないこうでもないと試行錯誤を繰り返す弟子にふと問いかける。

 遙か遠くを見ているがまずは足下を見てみろと、誇れるものが歳くらいしかない不甲斐ない師匠からの意味があるんだかないんだかのアドバイスじゃ。


「まだまだです。ぼくの理想のシコリティにたどり着くまで止まることはできせん」


 シコリティ。聞き慣れない言葉が出てきた。

 ふむ、なんか嫌な予感がしてきおった。


「このシコの6機は不完全なのは誰の目からも見ても明らかです。

 ぼくはこれらを見てもシコれない。

 アルミスさんを想ったときのシコには全然至らない。

 全然濃いやつが出ない!!!」


 シコれ……なに?

 弟子は熱病にうなされたようにアルミスを見つめる。


「師匠の創り出したアルミスさん。

 最高のシコリティではないですか。ぼくはいつもアルミスさんを想ってシコに勤しんでいます。

 いまだにそれを越える最高のシコには出会えません。

 ぼくは最高のシコ出会うまで止まれません!!!」


 シコ、至高。

 うん? もしかしてわしを含めこの国の者はみんな勘違いをしておるかもしれない。


「この上なく高く、非常に優れている比類するもののない6機。

 これらを総称して至高の6機と呼称している。そういう認識であってる弟子よ?」


 答えはなんとなくわかっておったけれど、わしは弟子に問う。


「なに言ってんですか師匠。

 ぼくが抱く劣情を具現化するべく産み出しされたシコに特化した6機。

 これらを総称してシコの6機です」


 やっぱり、わしらは致命的に間違っておった。

 その、シコ……。劣情のことをそう称しておるのか。

 シコを追求した結果、なぜ過剰な武力が伴うのか?


「可憐な乙女が無骨な武器を振り回すのってなんかよくないですか?」


 ……こんなことを言っておる。

 悔しいけれどちょっとわかる。

 細腕に余る重量物を軽々扱うのにはロマンがある。あんな細腕のどこにもあれほどの技巧が使われているのか突き詰めた技師には感嘆すら覚える。

 あれこれどーなってんの? わっかんねぇけどなんかスゲぇってなる。


「ちっちゃいお手々で頑張って重いものを扱う姿にはこう、なんか股間にくるものがありますよね」


 ごめん、やっぱわからんかった。

 股間には来んだろう。


「ありますよね!?」


 お、おう。

 わしはもう適当に肯くことしか出来んかった。

 弟子とはもう十年以上の付き合いになるがわかり合えているかと思っておったけれど気のせいじゃった。

 100年にひとりの大天才なのに……。

 いや天才というのは得てしてこういうものなのか?

 この天才は今日も今日とて自分の欲望をなんとかすべく前人未踏の領域に

土足で足を突っ込んでいく。

 圧倒的すぎてその才能に羨むことももうない。


「うおぉぉぉ!!! 待っててねぇアルミスたんーーー!!!」


 重ねてになるが、もう羨ましさはまったくない。

 

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