魔力のコントロールの果てに
それから、さらに一ヶ月が経過した。
アメルの魔力制御は、もはや私が想定していたレベルを遥かに超えていた。掌に浮かべた光の球を、鳥の形に変え、蝶の形に変え、さらには複数の形を同時に作り出せるようになっていた。
驚異的だ。この短期間で、ここまで到達するとは。
私は森の中で、アメルの訓練を見守っていた。朝日が木々の隙間から差し込み、アメルの銀髪を照らしている。その横顔は真剣そのもので、額に汗を浮かべながらも、集中を切らさない。
「先生、見てください!」
アメルが嬉しそうに声をかける。その掌には、緑色の光で作られた小鳥が三羽、ふわふわと浮いている。まるで本物のように羽ばたき、円を描くように飛び回る。
「すごいじゃないか。複数同時制御までできるようになったのか」
私は素直に褒めた。これは本当に驚くべきことだ。私がこのレベルに到達したのは、具現化を会得してから何十年以上経ってからだった。
「先生のおかげです! 先生が丁寧に教えてくれたから……」
アメルが照れくさそうに頬を染める。その仕草が可愛くて、つい頭を撫でてしまう。決してショタコンではないが、この子の成長を見守るのは、教師としての至福の時間だ。
「次は、その魔力に”効果”を持たせる練習だ」
「効果……ですか?」
「そう。今の君の魔力は、ただの”光”だ。形は作れても、それだけじゃ戦闘には使えない」
私は実演する。掌に白い光の球を作り、それを木に向けて放つ。光の球は木の幹に当たり――木が砕け散った。破片が飛び散り、幹には大きな穴が開いている。
「す、すごい……」
アメルが目を丸くする。
「これが”攻撃の意志”を込めた魔力だ。形だけじゃなく、破壊の力を持たせている」
「僕にも……できますか?」
「できる。君なら必ずできる」
私は断言した。アメルの才能なら、これも時間の問題だ。
※ ※ ※
その日の午後、私たちは村のギルドへ向かった。
訓練だけでは実戦感覚が身につかない。クエストを受けて、実際に魔物と戦う経験が必要だ。
「リアビスさん! アメルさん! 今日もクエストですか?」
受付嬢が明るく声をかけてくる。この村に来てから数ヶ月、私たちはすっかり顔馴染みになっていた。
「ああ。何かちょうどいいクエストはある?」
「そうですね……あ、これなんかどうでしょう? 村の北の森に、凶暴化した魔獣が出るようになって。討伐依頼が出ています」
受付嬢が差し出した依頼書を見る。報酬は金貨五枚。ランクはC。アメルの訓練にはちょうどいい。
「これを受けよう」
「ありがとうございます! 気をつけて行ってらっしゃい!」
私たちはギルドを出て、北の森へ向かった。アメルは緊張した面持ちで、杖を握りしめている。
「大丈夫か?」
「はい……少し緊張してます」
「無理はするな。危なくなったら、すぐに私の後ろに下がれ」
「はい!」
森に入ると、すぐに異様な気配を感じた。魔力が乱れている。何かが、この森の魔獣を凶暴化させているのか。
奥へ進むと、うなり声が聞こえた。木々の影から、巨大な狼のような魔獣が姿を現す。目が赤く光り、牙からは涎が垂れている。明らかに正常ではない。
「アメル、後ろに」
私は杖を構える。だが――
「先生、僕にやらせてください」
アメルが前に出た。小さな体で、魔獣と向き合っている。
「……分かった。でも無茶はするな」
私は一歩下がる。アメルの成長を見届けるために。でも、いつでも助けられる位置に。
魔獣が咆哮を上げ、アメルに襲いかかる。
その瞬間――アメルの掌に緑の光が集まった。
「えいっ!」
アメルが光の球を放つ。光の球は魔獣に直撃し――魔獣の動きが止まった。
いや、止まったのではない。傷が癒えているのだ。凶暴化の原因だった体内の毒素が、アメルの治癒魔法で浄化されている。
魔獣の目から赤い光が消え、正気を取り戻したように首を振る。そして――私たちを一瞥すると、森の奥へ走り去っていった。
「……やったの、かな?」
アメルが不安そうに私を見上げる。
「やった。完璧だ」
私は抱きしめた。アメルの小さな体が、私の腕の中で震えている。
「すごいじゃないか。攻撃じゃなく、治癒で解決するなんて。君らしいよ」
「先生……」
アメルが嬉しそうに涙を浮かべる。その表情が愛おしくて、頭をくしゃくしゃと撫でた。
「これが君の戦い方だ。殺さなくても、戦える。それを証明したんだ」
「はい……!」
アメルが力強く頷く。その目には、確かな自信が宿っていた。
※ ※ ※
村に戻ると、ギルドは大騒ぎになっていた。
「魔獣を倒したんじゃなくて、治したって本当ですか!?」
受付嬢が目を輝かせている。
「ああ。凶暴化の原因を取り除いただけだ」
「すごい……アメルさん、本当にすごいです!」
周囲の冒険者たちも、驚きの目でアメルを見ている。アメルは照れくさそうに俯いている。その姿がまた可愛い。
報酬を受け取り、私たちは宿へ戻った。
部屋に入ると、アメルが深くため息をついた。
「疲れた?」
「いえ……なんだか、不思議な気分で」
「不思議?」
「僕、魔族なのに……人を助けてるんだなって」
アメルが小さく呟く。その声には、複雑な感情が滲んでいた。
私はアメルの隣に座り、頭を撫でた。
「アメル。君が魔族だろうと人間だろうと、関係ない。大切なのは、君が何をするかだ」
「……」
「君は人を助けた。魔獣も助けた。それが全てだよ」
アメルがゆっくりと顔を上げる。大きな瞳が、私を見つめている。
「先生……ありがとうございます。先生がいてくれて、僕は……本当に幸せです」
その言葉に、胸が温かくなった。
「私もだよ、アメル。君がいてくれて、私も……」
言葉が続かない。私は何を言おうとしているのか。
ただ――心から思う。
アメルと出会えて、良かった。この子を助けて、良かった。
※ ※ ※
その夜、私は一人で外に出た。
星空が美しい。月が明るく輝いている。
ふと、脳裏にユリウスたちの顔が浮かんだ。あの日、別れてから二年半。彼らは今、どうしているのだろう。
魔王を倒した後の世界で、勇者として戦い続けているのだろうか。それとも――
「先生?」
背後から声がした。振り返ると、アメルが立っている。
「どうした? 眠れないのか?」
「先生が部屋にいなかったので……心配で」
アメルが近づいてくる。私の隣に立ち、同じように星空を見上げた。
「綺麗ですね、星」
「ああ」
「先生は……昔のこと、思い出してたんですか?」
アメルの問いに、私は少し驚いた。この子は、いつの間にこんなに私のことを理解するようになったのか。
「少しね。勇者パーティにいた頃のことを」
「……先生は、あの時のことを後悔してますか?」
「後悔?」
「僕を……助けたこと」
アメルの声が震える。不安そうな表情。
私は即座に否定した。
「してない。一度もない」
アメルの頭を撫でる。
「君を助けたのは、私の選択だ。そしてその選択は、正しかった。君がいてくれて、私は……」
また言葉が詰まる。
「私は、幸せだよ」
アメルが目を見開く。そして――涙を流した。
「先生……僕も、です。先生と一緒にいられて、僕は……本当に幸せです」
小さな体が私に抱きつく。温かい。
私はアメルを抱きしめ返した。この小さな命を、守り続けよう。どんなことがあっても。
「さ、戻ろう。明日も訓練だからね」
「はい!」
アメルが元気よく頷く。
私たちは宿へ戻った。星空の下、二つの影が並んで歩いていく。
※ ※ ※
翌朝。
私が目を覚ますと、アメルがすでに朝食を作っていた。
「先生、おはようございます!」
「おはよう、アメル」
食卓には、焼きたてのパンとスープ。いい匂いがする。
「今日はどんな訓練をするんですか?」
アメルが期待に満ちた目で尋ねる。
「そうだな……今日は、魔力を”武器”にする訓練をしようか」
「武器?」
「ああ。魔力で剣や盾を作る。形状変化の応用だ」
「わぁ……!」
アメルが目を輝かせる。その表情を見て、私は微笑んだ。
この子の成長を見守ること。それが今の私の、一番の喜びだ。
そして――いつか、エルフの里に辿り着いた時。
私は胸を張って言えるだろう。
「この子は、私の自慢の弟子だ」と。
決してショタコンではないが――アメルは、私にとってかけがえのない存在だ。
私たちの旅は、まだ続く。
エルフの里へ。そして――その先へ。
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