魔力訓練
アメルの魔法訓練を始めてから、私は彼の"魔力"の具現化に踏み込んだ。
魔力の具現化。私が何百年も生き、そのうち百年を溶かしてようやく掴んだ技だ。
長い年月。試行錯誤。挫折。停滞。何度も諦めかけた。何度も壁にぶつかった。それでも続けた。できるようになったから言えるが、あれは"才能"じゃない。"執念"だ。
過去の私なら、誰にも教えず一人でやっていた。秘伝として、自分だけの武器として握りしめていた。……でも今は違う。
アメルには、私がいる。だからこの修行は、短期間で実現できる。私が何十年かけて掘り当てた答えを、最初から手渡せる。遠回りをする必要はない。してほしくもない。
冒険者登録をした村に滞在しながら、私は師として、私の知る限りの"ノウハウ"をアメルに渡した。
※ ※ ※
訓練は毎日、森の奥で行った。
理由は単純だ。人目を避けるため。そしてアメルが集中できる静けさを確保するため。
木々が鬱蒼と茂る場所に、私たちだけの訓練場を作った。木漏れ日が差し込み、鳥のさえずりが聞こえる。風が心地よく吹き抜ける。結界は張らない。面倒だから――ではなく、村の連中に"余計な痕跡"を残したくない。
「いいか、アメル。魔力の具現化は三段階だ」
私は枝で地面に線を引きながら言った。土の上に、三本の線。
アメルは真剣な目で私を見る。小さな体をまっすぐに伸ばして、一言も聞き逃すまいと集中している。目が澄んでいる。集中力が高い。……才能は、やはりある。
「一つ目が『知覚』。自分の中の魔力を"掴む"。二つ目が『制御』。掴んだ魔力を"動かす"。三つ目が『具現化』。動かした魔力を"外へ出して形にする"」
言葉にすると簡単だ。だが、実際は骨が折れる。心も折れる。私がそうだった。
「先生は……どれが一番難しかったんですか」
アメルが小さく聞いた。不安そうな表情。できるだろうか、という心配が顔に出ている。
「全部だよ」
私は即答する。そして少しだけ、正直になる。嘘をついても仕方ない。
「でも一番時間を食ったのは『知覚』だ。四十年はかかった」
「四十年……」
アメルが目を丸くした。大きな瞳がさらに大きく見開かれる。その反応が面白くて、私は口角を上げそうになる。上げない。ここでふざけると、集中が散る。
「でも君は違う。私の四十年を、最初の一日にする。だから、焦らなくていい。だけど、逃げるのはなしだ」
「……はい!」
いい返事だ。力強く、真っ直ぐ。私はアメルの頭を撫でた。柔らかい銀髪が指に触れる。
「君なら早い。私が保証する」
アメルが嬉しそうに微笑む。その笑顔が眩しい。決してショタコンではないが、この笑顔を守りたいと思う。
※ ※ ※
最初の一週間は、ひたすら"静か"だった。
瞑想。ただ目を閉じ、体内に意識を沈める。朝から夕方まで、ほとんど動かない。幼い体でそれをやるのは、本来なら酷だ。大人でも辛い修行を、まだ子供のアメルにやらせている。
それでもアメルは耐えた。顔をしかめ、眉を寄せ、唇を噛み、じっと座る。小さな体が微動だにしない。集中している証拠。
私はその横で、アメルを見守る。時々、水を飲ませる。休憩を取らせる。無理をさせないように気を配る。
「どう? 何か感じる?」
三日目の夕方、私は尋ねた。
「……よく分からないです。でも、体の中で何かが流れてる……ような」
アメルが目を閉じたまま答える。声が小さい。自信がない。
「それだ」
私は短く言う。
「それが魔力。今は"ぼやけてる"だけ。ぼやけててもいい。まずは見ろ。追え」
「……はい」
アメルはまた目を閉じた。額に汗が浮かぶ。本気だ。必死だ。
私はその姿を見守りながら、思う。
……この子は、頑張り方を知らない。頑張りすぎる子の顔だ。限界まで追い込んでしまう。だから、私が止めなければ。
※ ※ ※
二週間目。アメルが、森の中でいきなり立ち上がった。
「先生! 分かりました! 魔力の流れが、はっきり感じられます!」
嬉しそうで、声が裏返っている。大きな瞳が輝いて、頬が紅潮している。私は内心で頷いた。到達が早い。私の予想よりも。二週間で知覚まで辿り着くとは。
「じゃあ次。動かせ」
「動かす……?」
「右手に集める。意識で引っ張れ」
アメルは目を閉じる。深呼吸。集中。小さな体に力が入る。
――数秒。
右手が、淡く光った。緑色の、儚い光。まるで蛍のように、ふわりと揺らめく。
「……できた」
アメルが息を吐く。信じられない、という顔。自分でもびっくりしている。
「すごいじゃないか」
私は即座に褒めた。こういう時は間を置くな。成功体験は"熱"のうちに固定する。褒めて、認めて、自信を持たせる。
勢いで抱きしめそうになる。……抱きしめた。小さな体が私の腕の中に収まる。
アメルが固まる。驚いているのだろう。すぐに、笑った。嬉しそうに、照れくさそうに。
「先生……ありがとうございます」
「違う。君がやった」
私は頭をくしゃくしゃと撫でた。銀髪が指に絡む。柔らかい。温かい。
この調子なら、具現化まで遠くない。遠くない、が――油断すると折れるのもこの辺りだ。だから慎重に。焦らず、でも確実に。
※ ※ ※
一ヶ月が経った。
アメルは魔力を巡らせられるようになっていた。右手から左手へ。頭から足へ。胸の奥から指先へ。自由自在に、魔力を体内で動かせる。
"制御"は形になった。あとは"外へ出す"。ここからが地獄だ。私が最も苦しんだ段階。
「次は外に出す練習」
「外……」
「そう。体の外へ。形を作る。ここが一番難しい。だから、失敗していい。壊していい」
私は実演する。掌に白い光の球。球を星に変える。星を鳥に変える。鳥が羽ばたくように動き、やがて消える。
「……わぁ」
アメルの声が漏れる。憧れの目だ。キラキラと輝いている。悪くない。憧れは推進力になる。目標になる。
「君もできる。まずは小さい球でいい」
アメルが手を差し出す。小さな手。まだ幼い手。目を閉じ、深く集中する。
額に汗。体が微かに震える。全身に力が入っている。
――そして一瞬。
掌に、光が浮かんだ。ピンと弾けるように消えたが、確かに"外"に出た。一瞬でも、成功は成功。
「……できた?」
アメルが恐る恐る目を開ける。不安そうな表情。
「できた」
私は断言する。自信を持たせるために、はっきりと。
「今のが具現化だ。短い。でも成功。君は、私が百年かけたことを一ヶ月で触った」
「先生のおかげです!」
アメルが嬉しそうに笑う。涙が浮かんでいる。
「違う。君の努力だ」
私はアメルを抱きしめた。小さな体が震えている。泣いているのだろう。嬉しくて、安堵して、感極まって。
……私も、少しだけ目頭が熱い。これは感傷じゃない。成果に対する正当な報酬だ。教師として、弟子の成長を見届ける喜び。
※ ※ ※
さらに二週間。
具現化は安定した。掌に光の球を作り、維持できる。五秒、十秒、そして一分。形状変化はまだ。でも十分。十分すぎる。
「先生、見てください!」
アメルが嬉しそうに手を差し出す。ピンポン玉ほどの緑の球が、ふわりと浮く。安定している。揺らぎがない。
「安定してる」
私は頷いた。ここまで来たら次は――"意味"。
「次は、この光に意味を持たせる」
「意味……?」
「ただの光じゃなくて、治癒の力を込める。攻撃の力を込める。魔力に属性や効果を与えるんだ」
「……難しそうです」
アメルが少し不安そうな顔をする。その表情が可愛い。
「難しい。だから面白い」
私は肩を叩く。
「君は、私の想定より才能がある。いずれ私を超える」
「先生を……?」
アメルが驚いて目を見開く。信じられない、という顔。
「ああ」
私は淡々と言う。嘘はつかない。ただ、言い方は選ぶ。
「私は独学で遠回りした。でも君は最短距離を走れる。私の失敗も迷走も、全部、君の道しるべになる」
アメルの目に涙が浮かんだ。大きな瞳が潤んで、キラキラと輝く。
「先生……ありがとうございます。僕、頑張ります。先生みたいに、強くなります」
「うん。期待してる」
私は頭をくしゃくしゃと撫でた。柔らかい髪。温かい頭。
このままいけば、数ヶ月で魔力攻撃の基礎までは行ける。治癒だけじゃなく、戦闘でも役に立つ。私が守るだけじゃない。アメル自身が、自分を守れるようになる。
それが――私の望みだ。
※ ※ ※
ある日の訓練中、アメルが突然倒れた。
「アメル!」
私は駆け寄る。小さな体が地面に崩れ落ちる。額に手を当て、苦しそうに呼吸している。顔が青白い。
「大丈夫か。どこが痛い」
「だ、大丈夫です……ちょっと、頭が……」
魔力の使いすぎ。体が慣れていないのに、限界まで踏んだ。無理をしすぎた。
「今日は終わり。宿に戻る」
「で、でも……」
アメルが抗議しようとする。まだやりたい、という目。
「いいから」
私はアメルを抱き上げた。
軽い。驚くほど軽い。こんな体で、ここまで無理をしていたのか。私の胸の奥が、嫌な音を立てた。心配と後悔が入り混じる。
「先生……重くないですか」
「全然。君は軽い」
アメルは申し訳なさそうに目を伏せる。小さく、か細い声。
「ごめんなさい……僕、もっと頑張らないと……」
「違う」
私は即座に否定する。はっきりと、強く。
「君は十分頑張ってる。むしろ頑張りすぎ。休むのも訓練だ。壊れたら終わりだからね」
「……はい」
アメルは小さく頷いた。腕の中で目を閉じる。すぐに寝息が落ちた。安心したのだろう。私を信頼してくれている。
その寝顔を見て、私は思う。
守らなきゃいけない。この子の未来を、守らなきゃいけない。それが――私の契約で。そして、私の意志だ。
※ ※ ※
数日、アメルを休ませた。
訓練はさせない。寝る。食べる。散歩する。回復する。村の中を一緒に歩き、美味しいものを食べさせ、ゆっくりと過ごさせた。
アメルは最初、口を尖らせたが、私が頭を撫でると従った。むくれた顔が可愛い。単純で助かる。……いや、信頼してくれているだけか。
一週間後。アメルは完全に回復した。顔色も良くなり、目に光が戻った。
「先生! もう大丈夫です! 訓練、再開しましょう!」
目が戻っている。意志が強い。……強すぎる。でも、その強さが彼の武器でもある。
「分かった。でも無理はするな」
「はい!」
元気な返事。私たちは再び森へ向かった。
そして、その日。
アメルの掌の光が、ゆっくり形を変え始めた。丸から星へ。星から花へ。緑色の光が、様々な形に変化していく。
「……できた。形を変えられました!」
アメルが息を呑む。自分が起こした変化に、自分が驚いている。信じられない、という顔。でも嬉しそうで、満面の笑み。
「すごいじゃないか」
私は抱きしめた。アメルも笑う。眩しいくらいに。太陽みたいな笑顔。
「これで君も一人前の"魔力使い"だ」
「先生のおかげです!」
「違う。君の努力だ」
私は頭を撫でた。何度撫でても、撫で足りない。
まだ教えることは山ほどある。でも――アメルは確実に伸びている。成長している。強くなっている。
この調子なら、エルフの里に着く頃には、立派な魔法使いになっているだろう。
私は――そう確信した。
そして、心のどこかで思う。
この子との旅が、もう少し続けばいいのに、と。
決してショタコンではないが――アメルとの時間は、かけがえのないものだ。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
このお話が少しでも面白いと感じていただけたら、ぜひ「♡いいね」や「ブックマーク」をしていただけると嬉しいです。
応援が次回更新の励みになります!




