過去の記憶
「あの子を知っている口ぶりだね。混血の魔族のことを」
私は、漆黒の鎧に身を包んだ男へ問いかけた。
魔族の男は無機質な眼差しでこちらを見る。冷たく、感情の読めない瞳。その奥に潜む殺意だけが、はっきりと伝わってくる。見るからに、魔王軍幹部級に匹敵する魔力。周囲の空気が重く、圧迫されるような感覚がある。
相手が私でよかった。私は最強。あいつはそこに届かない。
――つまり、勝負するまでもなく、私の勝ちだ。
「あの混血の魔族は我々にとっても異質だった。ゆえに高く売れた――と、その魔族の父親は言っていた」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥で何かが沸騰した。
「そうか。もう話してるだけで気分が悪い」
私は吐き捨て、杖を構える。手に力が入る。魔力が自然と膨れ上がる。久しぶりに胸に灯った、嫌悪感を、そのまま刃にして。
アメルを売った父親。そしてそれを知っていながら、今また村を襲おうとしているこの男。許せない。
「さっさと終わらせようか」
杖先から解き放つのは、終焉ノ天矢《ヴァルク》。
四方八方に展開される魔法陣。空間が歪み、光が収束する。降り注ぐ終焉の矢。無数の光の矢が、まるで流星のように空から降り注ぐ。
呼応するように、男が魔獣たちへ命令を飛ばす。甲高い咆哮が響き渡り、魔獣たちが一斉に動き出す。――が、襲いかかる前に矢が降る。
魔獣たちは次々と貫かれ、悲鳴を上げる間もなく、黒い灰になって消えた。魔石だけを残して。地面が魔石で埋め尽くされていく。
"終焉の属性"は、この世界の火、水、風、土、光、闇――そのどれにも属さない。私が組み上げた、私だけの"オリジナル"。長年の研鑽の末に辿り着いた、究極の魔法。
特質は単純だ。相手に合わせて、最適な殺し方へ変換される。
たとえば魔法耐性を持つ魔獣に、一般的な魔法使いが挑めば負ける。だが終焉は違う。耐性そのものを前提に、"通る形"へ自動で変わる。炎に耐性があれば氷に、物理に強ければ精神に。相手の弱点を自動で探し出し、最適な形で貫く。
あの魔王でさえ、これに苦しめられた。初見で見切るのは、ほぼ不可能だ。
だから私は、最強を名乗る。
男が率いていた魔獣の大半が死滅した。あっという間に、数十匹いた魔獣が半分以下になる。兜の奥の視線がわずかに揺らぐ。何が起きたか理解できていないのだろう。初めて見る魔法に、困惑しているのだろう。
それでいい。理解できないまま、消えればいい。
残った魔獣と、鎧の魔族が刃を抜き、距離を詰めてくる。黒い剣身が鈍く光る。近接戦へ引きずり込むつもりか。魔法使いは近接に弱い――そう思っているのだろう。
……無駄だ。
「だけどね。それは無駄だよ。私の魔法は"まだ"終わってない」
「――ッ!?」
再び魔法陣が咲く。空間に新たな光の紋様が浮かび上がる。終焉の矢が、また降る。容赦なく、絶え間なく。
終焉ノ天矢は、私が解除しない限り断続的に続く。つまり――フルオートの迎撃魔法だ。一度発動すれば、私が意識せずとも敵を自動で攻撃し続ける。
耐える術を持たない魔獣は全滅。次々と光の矢に貫かれ、灰となって消えていく。鎧の魔族も、鎧の大半が砕け、矢が貫いた箇所に大きな風穴が空いた。胸部、腹部、腕――体のあちこちに穴が開き、黒い血が流れ出す。
……もう長くない。
立ったまま動かない男へ、私は最後に聞いた。
「最期に聞きたいんだけどさ。君もノクティスとかいう残党の幹部に仕えてるの?」
「ノクティス? ああ、あの魔法使いのプリーストか……。いや、俺は俺なりに、この世界で"殺し"がしてみたかった。ただそれだけだ」
男の体が、徐々に塵へ崩れていく。足元から、砂のように崩れていく。――聞きたいのは、そっちじゃない。
「それと。アメルの家族はどこにいる?」
「それを聞いてどうする」
「ただ会ってみたいんだよ。どうして、その決断に至ったのか。……興味が湧いた」
魔族は千差万別だ。でも人間と子を成す魔族なんて、私は見たことがない。まして、その子を売るなんて。
だからこそ、アメルの父に"興味"が湧いた。どんな顔をして、我が子を売ったのか。どんな理由があったのか。
「……俺からも、最期に聞いていいか」
魔族の男が口を開く。兜の奥の瞳は、どこか安らかな色をしていた。死を受け入れたような、穏やかな表情。
「なに?」
「どうして魔族なんかを……守っている。仮にもお前は、勇者パーティ……だろ」
「あのね。言っとくけど、私はもう勇者パーティじゃない。それに私は、魔族を守ってるわけじゃない」
私は淡々と言う。言葉の温度を、意識して落とす。感情を込めないように、事実だけを告げる。
「ただ、偶然が働いて、あの子を守ってるだけ。魔獣や魔族の肩を持つ気はないよ」
それは本当だ。私は魔族の味方ではない。ただ――アメルだけは別だ。あの子は、私が守ると決めた。
「そう……か……」
男の体が崩れ落ち、鎧が地面に転がった。金属音が響き渡る。周囲には魔石だけが残る。無数の魔石が、朝日を反射してきらきらと輝いている。
私はそれらを回収し、アメルの待つ村へ戻った。空にはもう太陽が昇っている。青空が広がり、鳥のさえずりが聞こえる。きっと、アメルは起きている頃だ。心配しているだろう。
杖に乗って村へ戻り、宿の部屋を開けると――アメルがいた。
「先生! どこに行かれてたんですか! 探してもどこにもいないので、心配しましたよ!?」
アメルが駆け寄ってくる。大きな瞳が涙で潤んでいる。本当に心配していたのだろう。その健気な姿が愛おしい。
「散歩してたんだ〜。ちょっと遠くまでね〜」
あの魔族のことは言わない。言えば、アメルは傷つく。
そして何より。"父親がお金のために売った"と知ったら、心底病むに決まってる。あの子の笑顔を、曇らせたくない。
アメルは半信半疑の顔をしたが、深くは聞かなかった。小さく首を傾げて、私を見上げている。聞かれても答えるつもりはない。
……疲れたし。
「アメル。今日は私、疲れたから訓練はお昼からね――私は少し……寝る」
そう言って、私は崩れ落ちるようにベッドへ倒れた。体が重い。魔力も消耗している。瞼が重い。意識が沈む。
普段、遅く起きる私が珍しく朝から動いたんだ。起きていた時間を取り戻すみたいに――私は眠った。
アメルの心配そうな声が遠くに聞こえたが、もう意識は闇に沈んでいった。
※ ※ ※
「おい、おーい。ダメだ、また寝てるぞ」
「う、うん……?」
懐かしい声。私は目を開けた。
晴れ渡る空の下、体がガタガタ揺れている。木々の間から差し込む光。風が心地よく頬を撫でる。起き上がると、どうやら馬車の上だった。
目の前には――ユリウス、ダルフ、セシルス。
懐かしい顔。懐かしい光景。勇者パーティとして旅をしていた頃の、あの日々。
……あれ? アメルは。
夢か。そうか、夢なのか。
「どうしたんだ? 夢でも見てるみたいな顔をして」
ユリウスが心配そうに私を覗き込む。優しい眼差し。あの日、剣を向けられる前の、優しいユリウス。
「いや……少し長い夢を見た気がして」
ユリウスの優しい問いにそう返し、私は"目的"のために体を動かす。勇者パーティの一人としての責務――そのはずのもの。
「ユリウス。今日はどこまで行くの?」
「ああ。今日は魔王城付近まで行くつもりだ。付近の村は特に被害が大きいからな」
「そっか。じゃあ今日は忙しくなりそうだね」
曖昧な感覚。ぼんやりした思考。さっきの戦いの疲れが、こんな夢を見せているんだろう。夢の中でも、私は勇者パーティの一員として動いている。
夢が覚めることなく、私は夢の中に沈むように動いていた。
場面が唐突に切り替わる。気づけば――目の前に魔王軍幹部の魔族。
名前は確か、悪魔の服従者――ザゲル。この戦いは、面倒だった。覚えている。何度も苦戦した、あの戦い。
ザゲルの魔法は厄介で。何より、使役する悪魔の数が多すぎた。数百、いや数千を超える悪魔たち。
「来るぞ」
ザゲルが指を鳴らす。複数の強大な悪魔が、こちらへ迫る。地響きを立てて、咆哮を上げながら。
どれも名だたる悪魔。だが――ユリウスは怯まない。
対悪魔、対アンデッドに特化した聖剣アングリル。その剣閃が悪魔を薙ぎ、圧倒する。光の軌跡が空間を切り裂き、悪魔たちを次々と斬り伏せていく。
私は支援を迷った。私の魔法は、どれも国家転覆級だ。下手に使えば、味方まで巻き込んでしまう。
けれど何もしないのも気が引ける。
私は"魔力"を具現化し、悪魔たちを拘束する。白い光の鎖が悪魔たちを縛り上げる。その隙に、ユリウスの剣が悪魔を粉微塵に切り裂いた。
ユリウスが神速で距離を詰める。一瞬で、ザゲルの目の前まで。ザゲルの無機質な表情に、わずかな焦りが走った。
ザゲルは幹部の中でも危険人物だ。悪魔の数は数千を超えるだろう。単独で国を落とせる。
ユリウスの剣筋が、ザゲルの首を捉える。ザゲルは悪魔を盾にした。大型の悪魔を瞬時に召喚し、身を守る。
――だが、ユリウスの斬撃は止まらない。盾ごと、ザゲルを斬り裂いた。
「――ッ!?」
「お前はやりすぎた。数多くの国が、お前のせいで破滅した。十を超える。国益にも影響が出た。だからここで死ね」
ユリウスの声は冷たい。普段の優しさは微塵もない。勇者としての、冷徹な声。
「そう……か……」
ザゲルが塵となって消滅する。同調するように悪魔たちも消えていく。まるで幻だったかのように。
魔王軍幹部を、魔法なしで倒したか。さすが、"恒星の勇者"。強い。本当に強い。
――その瞬間。
私の意識が、真っ暗になった。
※ ※ ※
「先生! もう夕方ですよ! 早く起きてください!」
アメルの声で、意識が浮上する。
目を開けると、宿の天井。そして、心配そうに覗き込むアメルの顔。大きな瞳が私を見つめている。
「ごめん、アメル。ちょっと長い夢を見てた……」
「夢? 悪い夢でも見てたんですか?」
アメルが心配そうに尋ねる。その優しさが温かい。
「――いや。いい夢だよ」
私は小さく笑って、そう答えた。アメルの頭を撫でる。柔らかい銀髪が手に触れる。
「私にとっての、かけがえのないものだからね」
勇者パーティでの日々。あれは確かに、かけがえのない時間だった。
でも――今は、アメルとの時間がある。
これもまた、かけがえのない時間。
私は立ち上がり、アメルに微笑みかけた。
「さ、訓練しようか。約束だからね」
「はい! 先生!」
アメルが嬉しそうに笑う。その笑顔が眩しい。
過去も大切。でも、今はもっと大切。
私は前を向いて、アメルと共に歩き出した。
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