魔力の具現化
「先生、ご飯できましたよ」
村の宿の一室で、アメルの声が私を叩き起こした。
眠い視界の中、私の前に出されたのは、出来たての肉炒め。湯気が立ち上り、香ばしい匂いが鼻をくすぐる。野菜の彩りも鮮やかで、まるで一流の料理人が作ったかのような出来栄えだ。凄い……さすが私の養子だ。
眠い目をこすりながら、私はアメルの料理を口に運んだ。肉の旨味と野菜の甘みが口の中で広がる。完璧な塩加減。絶妙な火の通し方。
「さすがの腕前だ。美味しいよアメル」
私は率直な言葉を口にした。美味い。この料理スキルは魔法などでは決して会得できないものだ。これはアメル自身の天性の才能かもしれないな。初めて食べたアメルの手料理だったのもあったが、私は満足に完食した。
それを見ていたアメルは嬉しそうな顔をしている。大きな瞳がきらきらと輝いて、少し頬を染めている。その表情が愛らしくて、思わず見とれてしまう。決してショタコンではないが。
そういえば、アメルはちょっと変わった魔族の性質をしている。どこか人間味が強いのだ。人間味があるのは魔族も大して変わらない。だがアメルが格段に違うのは、それを武器として使わないこと。
大抵の人間寄りの魔族は人を欺き殺す――それが魔族の習性だ。でもアメルにはそれ相応の殺意が感じられないのだ。むしろ、純粋で素直。まるで普通の人間の子供のように。
「アメルは、なんであの日、裏路地になんていたの?」
率直な質問。これはこれからの彼と私の関係を崩すかもしれない――だが、魔族である前に私は彼がどのように生きてきたのか興味が湧いたのだ。
私があの日あの時、アメルを助けたのは"勇者パーティ"の一人としての意識と、ちょっとした"善意"が働いたからだ。ユリウスが魔族に対して"否定的"なのは勇者パーティの中では常識の範疇だった。でも、どうもあの時の私は魔王を討伐したあとの余韻からか、今のユリウスなら許してもらえるかもしれないと思ってしまった。
甘かった。ユリウスの魔族への憎しみは、私が思っていたよりもずっと深く、重かった。
「え、えっと。その……僕は魔族の父と人間の母の混血種で」
アメルの声が小さくなる。俯いて、小さな手を握りしめている。
「混血種……」
なるほど、混血種ときたか。それを鑑みれば売り物として、見世物として出されるのは合点がいく。人間からも魔族からも疎まれる存在。どちらにも属せない、哀れな存在として扱われたのだろう。
私のアメルに対する興味が湧いてしまう。でも、今の彼の顔を見れば分かる。曇った顔をしている。大きな瞳が伏せられ、唇を噛みしめている。これ以上の質問はやめた方がいいかな。
「なんか、悪いことを聞いてしまったね」
私はアメルの頭を優しく撫でた。柔らかい銀髪が指の間をすり抜ける。
「いえ! 先生には命を助けてもらったので! 特に何も思ってませんよ!」
アメルが慌てて顔を上げる。その健気な姿が、また愛おしい。
「そうか、なら良かった」
アメルの遠慮するような顔がどうも可愛く見えた。小さく頷いて、また少し頬を染めている。まぁそんなことは置いといて、私はそのままアメルの頭を撫で続けて、今日は何をしようかと考えた。
この村に来てから約半年が経とうとしている。アメルも徐々に成長してきている。身長も少し伸びたし、顔つきも少しずつ大人びてきた。クエストでも後ろからだが支援をしてくれる。治癒魔法の精度も上がってきた。
でも、いずれこの村からは去る。エルフの里へ向かう旅を再開しなければならない。それを考えるなら、アメルの基礎能力を上げるべきだな。このままでは、本当に危険な敵が現れた時、アメルを守りきれないかもしれない。
そう思った私はそのままアメルに視線を向けた。アメルの目線が私と合う。大きな瞳が私を見つめている。
「なぁアメル、今日これから旅の間、魔法の訓練と基礎訓練をしよう」
「訓練?」
アメルが小首を傾げる。その仕草がまた可愛い。
アメルにはおそらくもう一つの魔法と、治癒魔法がある。「魔法」は自分が知覚して初めて使えるようになるもの。でもそれは他人からの教えや自分での気付きで使えるようになるものだ。つまり、現状治癒魔法しか使えないアメルはおそらくもう一つの魔法を知覚していない。
――ならそれが知覚できるまで訓練と、魔力の訓練をしてもらおうと私は思った。
「魔力」さえあればヒーラーでも戦える。私が証明している。でもその域に達するにはそれなりの努力と研鑽が必要だ。私でも「魔力」を自由自在に操るのに百年は費やした。それは完全なる独学と努力で培ったモノ。誰にも教わらず、試行錯誤の連続だった。
それと比べてアメルはその知識を教えられる先生がいる――私だ。私の持つ知恵と技量でアメルの魔力を上げて、数年程度で私の百年に到達してもらおうかな。
「アメル、君には私と同じように「魔力」を自由自在に扱えるようになってもらいたいんだ。これから先手強い相手や厄介な敵が来るかもしれない。その為にもね」
「はい! 先生……でも先生って確か教えるの下手じゃ?」
「グッ」
痛いところをつかれた。私は天性の才能で究極に物事を人に教えるのが下手だ。それは自分でも理解できるほどにだ。だって、勇者パーティー時代のときも"あぁこれ伝わってないな"みたいなことが何度かあったし。ユリウスに呆れられたこともある。
「アメル、君は物分かりがいい。私のド下手くそな教えでも君ならできる!」
「先生?!」
「――君ならできる!」
「先生ッ?!」
ほぼ半ば無理やりだったが、アメルとの訓練の約束は取り付けることができた。アメルは困惑した顔をしているが、諦めたように小さく頷いた。その姿がまた健気で可愛い。
ならばここからは、訓練の日々と実戦を交えつつやっていく――いわゆる"試行錯誤"していくことだ。
そして、私とアメルは早速その日に魔力の訓練に入った。冒険者登録試験の時に使った森の中へアメルを連れていく。
少し開けた平坦な場所を見つけたので、そこを訓練所とした。木漏れ日が差し込み、鳥のさえずりが聞こえる。穏やかで静かな場所だ。
アメルの視線が私を熱望するように熱い。これは英雄を見る視線というより、渇望の眼差しに近いな。強くなりたい、という純粋な想いが伝わってくる。――でも悪い気はしない。むしろ、教え甲斐がある。
「いいか、まず魔力というのは生物や"命"を持つものに与えられるモノ。いわゆる概念的な話だ。じゃあ魔法とは何かな? アメル」
「えーっと……魔力を消費して実用的なものにすること?」
「満点だ」
私はアメルの頭を撫でた。アメルが嬉しそうに微笑む。
「そう魔法とはいわば物で例えるなら完成品を意味する。魔力はその完成品の素材だよ」
「でも僕には一個魔法があるけど、戦闘向きじゃない……」
アメルが少し悲しそうな顔をする。治癒魔法は確かに戦闘向きではない。でも――
「――そこでだよ。じゃあ逆にだ、素材である"魔力"を完成品とは別の方向で扱うのさ。なんて言うんだ。えーっと、粘土で例えようか、粘土は工夫や試行錯誤をすれば好きな形にできる。それを"魔力"でやるの」
私は実演するように自分が抑えていた魔力を少しだけ具現化させた。私の掌には今白い丸いモヤのようなものが乗っかっている。重さはない、でも実体のあるものだ。ふわふわと揺らめき、淡い光を放っている。
私はその魔力を手に取り、色々とこねくり回して、星型の魔力を作った。
「す、凄い……」
アメルが目を輝かせている。その純粋な驚きの表情が愛らしい。
白いモヤはかかっていて透明ではあるけれど、視覚や脳はそれを星型の形として知覚する。
「魔力ってのは、知覚して具現化させる所まで行けば簡単だけど。その具現化までの"知覚"が難しいんだよ」
「それって、先生はどれくらい掛かったんですか?」
「――百年だよ」
「百年!? 先生がそれなら僕には無理ですよ!」
アメルが慌てて首を振る。その動きで銀髪が揺れる。
「――いや、君には私のように魔力を自由自在に扱える程に行かなくても、知覚して具現化をさせる所までは私の教えがあれば約三年――いや早ければ二年で行けるよ。だって、私は"魔力"の具現化のやり方なんて教えてもらったりなんてしてないからね。完全な独学と研鑽で得た力だよ」
そう私の場合は教える"先生"がいないが故に百年掛かっただけで、アメルには"私"という"先生"がいる。下手くそな先生だけど。
「それにアメルには多分だけど! もう一つ魔法が眠ってるっぽいんだよね」
「――えっ!?」
アメルが驚いて目を見開く。その表情が可愛くて、つい笑ってしまう。
「今はまだ自覚はしてないだけで。使えないだけ――まぁ可能性の話だけどね」
アメルの驚く顔を見て、私は思わずその動揺の仕方に可愛さを覚えてしまった。小さく口を開けて、目をぱちくりさせている。
そこからは私たちはアメルが"魔力"を知覚できるまでの日々を送った。
座学、魔法の使い方、魔力の回し方、私が体験してきたことを下手くそなりに教えた。でも、そんな教えをアメルはうんうんと頷きながら理解してくれていた。真剣な眼差しで私を見つめ、一言も聞き逃すまいと集中している。やはり、物分かりがいいなこの子は。
訓練は地道なものだった。まずは瞑想。自分の内側にある魔力を感じ取る練習。アメルは目を閉じて、小さな体で懸命に集中している。その姿が健気で、思わず見守ってしまう。
次に、魔力の流れを感じる練習。体内を巡る魔力の流れを意識する。アメルは時々顔をしかめながらも、諦めずに続けている。
そして、魔力を外に出す練習。これが一番難しい。アメルは何度も失敗を繰り返したが、それでも諦めなかった。小さな手を握りしめて、何度も何度も挑戦する。
それからも、私の教えを続けて早一ヶ月が経ち、アメルの身長が若干伸びた。私の半分の少し上くらいある。でも、身長と年齢からしてみればアメルはまだまだ幼い。私がちゃんと守っていかなければな。
あれ? なんか私の中に母性が芽生えたような……気のせいか!
訓練の合間、私はアメルの頭を撫でることが増えた。頑張った時、成功した時、失敗して落ち込んでいる時。アメルはその度に嬉しそうに、時には照れくさそうに微笑む。その表情が愛おしくて、つい撫でてしまう。決してショタコンではないが。
※ ※ ※
鍛錬を続けていたある日のことだった。その日の村はいつも通り、風は穏やかに靡き、朝日の下で血気盛んな冒険者や村人たちがいた。日常の光景。平和な朝。
――やはり気づいてないか。
私には分かっていた。徐々にこの村にとって脅威と言えるほどのモノが近づいてきていることを。空気が重くなっている。魔力の流れが乱れている。嫌な予感がする。
私はその魔力の異変に気づき早めに起きて、鍛錬で疲れているアメルに気づかれぬように、その魔力が放つ場所へ杖に乗って向かった。アメルの寝顔を見て、少し心が痛む。でも、これ以上危険を近づけるわけにはいかない。
日の入り直後に感じ取った微細な"強い"魔力。私からしてみれば、決して脅威ではない――だが、人間やその他の生物にとっては危険なモノ。直ちに処理しなければならない事案だ。
私はその魔力の発信源へと降り立った。森の奥深く、木々が鬱蒼と茂る場所。そこには、数多の名のある魔獣を率いている一人の魔族がいた。
黒い鎧に身を包み、禍々しい気配を放っている。――アメル同様、人間に近い魔族と言ったところだ。だが、その目には明確な殺意が宿っている。
「止まれ」
私はその一人の魔族を静止させた。杖を構え、魔力を集中させる。
「貴方……もしかして、リアっていうエルフか?」
魔族の男が私を見て、冷たく笑う。
「その様子じゃ、どこかに襲撃でもかけるつもりか?」
「そうだな。でも、まずは君を"殺す"ことにしたよ。魔王の仇って言えばいいかな?」
魔族の男は無表情で無機質にそう告げた。
魔王の仇――か。やはり、私が魔王討伐に関わったことを知っている者がいるのか。面倒だな。
「悪いけど、私を殺すのは無理だよ。それに――」
私は杖を向けた。
「この村には、私が守るべき者がいる。君たちには指一本触れさせない」
アメルの寝顔が脳裏に浮かぶ。あの子を、守らなければ。
魔族の男が笑った。
「守るべき者? あの魔族の混血児か? 笑わせるな、エルフが魔族を守るとは」
「笑いたければ笑えばいい。でも――」
私の魔力が膨れ上がる。
「私の邪魔をするなら、容赦はしない」
戦いが、始まろうとしていた。
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