勇者パーティの現状
リアを勇者パーティから追放して、二年と半年が経った。
ここ最近、俺はろくに眠れていない。
理由は明白だ。
魔族と魔獣が引き起こす問題が、加速している。
リアがいれば簡単に済む案件も山ほどあった。
だが、その肝心の彼女は不在だ。
勇者パーティとしての士気も下がっている。
ダルフは、持ち味だった機敏さを失い始めた。
神童と呼ばれたセシルスに至っては、ここぞという時に寝不足と過労で倒れる始末。
新しく迎えた魔法使い候補――金髪のメリア。
実力はある。そこらの魔法使いよりは上だ。普通以上と言っていい。
……ただし、リアと比べなければ、の話だ。
メリアが魔法使いになってから、まだ半年。
“若くしての天才”という評判を理由に、パーティへ引き入れた。
大人しく、リアほど余計なことを喋らない。
それはそれで助かるはずなのに――連携が取りづらい。
困ったな。
リアとは、あの決別以来、顔も合わせていない。連絡も取っていない。
当たり前だ。
公然の場で追放した。俺の信念が招いた結果が、これなのだから。
「ユリウス様! また魔族共が!」
王国兵が俺を呼び起こす。
俺は重い体を起こし、剣を掴んだ。
どうにかして、このパーティを――かつての「リアがいた時」の形に戻さなければならない。
※ ※ ※
魔族の群れが襲撃してきたのは、王都から北に位置する小さな村だった。
到着した時には、すでに村の半分が炎に包まれていた。
村人の悲鳴。魔族の嘲笑。燃える木と土の匂い。
「メリア、支援を! ダルフ、左翼の魔族を抑えろ! セシルス、治療と避難誘導だ!」
俺は指示を飛ばしながら、剣を構えて群れへ斬り込んだ。
剣閃が魔族を両断する。
だが――遅い。
かつてリアがいた頃なら、この程度の襲撃は一瞬で終わっていた。
彼女の「燐光葬送」があれば、この規模の魔族など、息をする間もなく灰にできた。
「ユリウス様、お気をつけて!」
メリアの声。
放たれた火の魔法が、俺の背後へ迫っていた魔族を焼き払った。
「助かる」
短く礼を言い、俺は再び剣を振るう。
メリアは真面目で、努力家だ。
魔法の精度も悪くない。
だが――それだけだ。
戦場を塗り替えるような圧倒的な魔力はない。
彼女に罪はない。
比べる方が間違っている。
それでも、脳裏に浮かぶのは――青い髪を翻し、余裕で戦場を支配していたリアの姿だった。
※ ※ ※
討伐を終えた頃には、日が暮れていた。
村は半壊。死傷者も出た。
セシルスが必死に治療にあたっているが、疲労の色が濃い。
ダルフは黙々と瓦礫を動かし、村人の手を借りながら撤去を進めていた。
俺は広場に腰を下ろし、剣を磨いていた。
「ユリウス様……」
メリアが遠慮がちに声をかけてくる。
「どうした」
「私……やはり、足を引っ張っているのでしょうか」
暗い表情。
自信を失っているのが分かる。
「そんなことはない。お前は十分にやっている」
「でも……リア様なら、もっと――」
「リアの話はするな」
少し強い口調になった。
メリアがびくりと肩を震わせる。
「すまない。お前に当たるつもりはなかった」
「いえ……私が、出過ぎたことを」
メリアは頭を下げ、その場を去った。
俺は深く息を吐く。
リアがいない。
ただそれだけの事実が、パーティ全体を蝕んでいる。
あの日、俺は彼女を追放した。
魔族の少年を連れてきたリアを――。
俺の信念を貫いた結果だ。
魔族は許せない。家族を、村を奪った存在だけは。
……だが。
本当に、あれでよかったのだろうか。
※ ※ ※
夜。
宿屋の一室で、俺は一人考え込んでいた。
脳裏に浮かぶのは、あの日のリアの顔。
剣先を突きつけられても、顔色ひとつ変えなかった彼女。
そして――震えていた魔族の少年。
あの少年は、今どうしている。
リアは、守り通せたのか。
「……くそ」
俺は頭を抱えた。
考えても仕方がない。
追放したのは俺だ。俺の決断だ。
それでも――現実は残酷だ。
リアがいない今、勇者パーティは明らかに機能不全に陥っている。
ダルフは切れ味を失い、セシルスは倒れ、メリアは潰れかけている。
そして俺は――
「俺は、何をしているんだ……」
勇者として魔族を討伐する。
それは変わらない。
だが、あの日の追放を境に、何かが狂い始めた。
歯車が噛み合わなくなった。
コンコン、とドアがノックされた。
「ユリウス。入るぞ」
ダルフの声だ。
「ああ」
短く返す。
ダルフが部屋へ入ってくる。
いつもの豪快な笑顔はない。疲れた表情だ。
「お前も眠れないのか」
「……ああ」
ダルフは俺の隣に腰を下ろした。
しばらく沈黙が続く。
「なぁ、ユリウス」
「なんだ」
「リアは……今、どうしてるんだろうな」
その言葉に、俺は答えられなかった。
「俺も考えてたんだ。あの日のこと」
ダルフが続ける。
「お前の気持ちは分かる。魔族に家族を奪われた憎しみは消えない」
「でも……リアも、俺たちの仲間だった」
「……」
「八年間、一緒に戦ってきた。笑い合った。支え合った。それは事実だ」
胸が痛む。
反論の言葉が出てこない。
「あの日、もっと別の方法はなかったのか……そう思うことがある」
「ダルフ……」
「責めてるわけじゃない。お前の信念も理解してる」
「でも――リアがいない今、俺たちは弱くなった」
その通りだ。
リアがいた頃の勇者パーティは、無敵だった。
どんな強敵が現れても、彼女の魔法があれば越えられた。
そして、彼女のあの余裕が――不思議と戦場の空気を軽くしていた。
「俺は……間違えたのかもしれない」
初めて、口に出した。
「お前がそう言うとは思わなかった」
ダルフが苦笑する。
「でも、もう遅い」
「リアはどこかへ行ってしまった。俺たちは――彼女を失った」
「……探すか?」
ダルフの提案に、俺は首を振った。
「探したところで、何を言えばいい」
「『戻ってきてくれ』か? 俺が追放したんだ。今さら言えるわけがない」
「そうか……」
ダルフはため息をついた。
「でも、いつかは会えるかもな。世界は広いようで狭い」
「……そうだな」
もしリアに会えたら、何を言えばいい。
謝罪か。後悔か。感謝か。
――いや。
彼女はきっと、あの時と同じ顔で笑うだろう。
『ユリウス、君は正しいことをしたよ』
責めることなく、そしてまた去っていく。
そんな気がしてならない。
「……眠るか」
「ああ、そうだな」
ダルフが立ち上がる。
「おやすみ、ユリウス」
「ああ」
ダルフが部屋を出ていく。
俺は再び一人になった。
リア。お前は今、どこで何をしている。
あの少年は無事なのか。
お前は――幸せか。
答えのない問いを胸に、俺は目を閉じた。
※ ※ ※
翌朝。
俺たちは王都へ戻る準備を始めた。
村の復興は支援部隊に任せ、俺たちは次の任務へ向かう。
「ユリウス様、次の任務の詳細が届いています」
メリアが報告書を持ってくる。
「魔王軍残党の討伐……か」
報告書には、ひとつの名が記されていた。
冥導の賢者ノクティス。
新たな魔王候補として、各地で暗躍しているらしい。
「厄介だな……」
「ユリウス様、大丈夫でしょうか」
「ああ。問題ない」
俺は剣を鞘に収めた。
リアがいなくても、俺は勇者だ。
勇者として魔族を討伐する。それが俺の使命。
……だが心のどこかで、いつかリアに会えることを願っている。
ちゃんと話をしたい。
謝罪なのか、感謝なのか――それはまだ分からない。
ただ、もう一度。
あの青い髪の魔法使いと、言葉を交わしたい。
それだけだ。
「行くぞ、みんな」
俺は仲間に声をかけた。
ダルフ、セシルス、メリア――そして、心の中にいるリア。
勇者パーティは、まだ終わっていない。
いや――終わらせるわけにはいかない。
リアがいつか戻ってきた時、誇れる勇者でいるために。
俺は前を向き、歩き出した。
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