ダンジョン攻略もありだよね
「先生! 起きてください! 朝ですよ!」
暗闇の中でアメルの声が聞こえる。私はその声を無視して、もう一度睡眠に戻ろうと試みた――が。
「起きてください!!」
怒鳴り声で完全に目が覚めた。もうこれは弟子とか養子というより、私の親だな。立場が逆転している。納得いかない。
ふと、脳裏に幼い頃の母の姿と、過去の記憶がよぎった。
※ ※ ※
母譲りの青い髪質と、サファイアみたいな青い瞳。父譲りの、優秀すぎる魔法の資質。そして――これから先、世界は驚くことになるだろう……最強となる私が爆誕したことに。
でも――周囲の同胞たちは案外普通で、この程度の魔法はできても当然、みたいな顔をしていた。私の住むエルフの里は、案外ゆるい方でもあったからだ。厳しい里では「魔法」を持って生まれたエルフに選抜があったりする。厳しいところは本当に厳しい。
まぁ、それでも私は案外"孤独"に生きてきた方だと思う。別に人付き合いが下手なわけじゃないし、コミュニケーション能力が劣っていたわけでもない。むしろ、ある方だ。友人も知り合いも多かった。
それでも孤独を感じていたのは、里の風習のせいだ。優秀なエルフは羨望の眼差しを向けられる。待遇がいい――と言えば聞こえはいいが、要は扱いが違う。
同世代と比べられ、優劣を付けられ、勝手に"枠"に押し込められる。息が詰まるほどに。
そして何より、私はエルフの中でも異質だった。普通のエルフは魔法は二つまで。なのに私は、それ以上を持つことができた。
異名も付いたし、その噂を嗅ぎつけた王国軍や騎士団から勧誘も来た。もちろん全部断った。めんどくさいから。
じゃあ、どうして魔王討伐に協力したのか。理由は単純――興味だけだ。
自分より「強い」かもしれない。自分より上を行くかもしれない存在がいるかもしれない。そんな期待が私を突き動かしていた。
結果がどうであれ、私はあの八年間を大切な時間だと感じている。里では決して味わえなかった、仲間との「優劣」のない関係。
ユリウス、ダルフ、セシルス。みんな良い仲間だったな。
……それはそれとして。今の私には守るべきものがある。それが契約という名目だとしても、守らなきゃいけない。
「先生? 大丈夫ですか?」
アメルが心配そうに私の顔を覗き込む。私はその顔を見て、改めて厄介な契約をしてしまったな、とため息をこぼした。
でも別に悪い気分じゃない。なんせ身の回りのことは何でもやってくれるし――何より、私が貴重品を託して結んだ契約だ。軽く扱うのは趣味じゃない。
「いや、少し感傷に浸っていただけさ」
「そうですか……それより、今日はどうするんですか? クエスト受けるんですか?」
そっか。そういえば私たちは冒険者登録をしたんだっけ。
二日前の記憶が脳裏をよぎる。村を襲撃してきた魔族との戦い――いや、戯れに近かったな、あの無双は。そして、今の所持金はまぁそれなりに貯まっている。今エルフの里に戻ってもいい気はする。
けど、せっかく冒険者登録をしたのだ。少しは手に汗握るクエストをするのもありだろう。だって数十年ぶりに、冒険者として活動できるんだ。少しは楽しませてもらわないとね。
「そうだね……今日はクエストを見てみたい。冒険者ギルドで、何か受けよう」
私がそう言うとアメルは頷き、そのまま準備を始める。私もゆっくりと――ゆーっくりと準備を始めた。
準備を終えた私たちは、二日前と同じように冒険者ギルドの扉を開けた。
鼻につくのは酒の臭い。耳障りなのは冒険者たちの罵声と笑い声。本当にここに慣れるのは難しい。――ただし、今日は少しだけ違った。
「お! "青い魔女"じゃねぇか!」
……"青い魔女"。あの日この村を救ってから、そんな呼ばれ方をされるようになった。
異名を付けられるのは慣れてる。でも魔女はないでしょ、魔女は。それじゃただの魔族と大して変わらないじゃないか。……まぁ、この異名のおかげで融通が効くようになったのも事実だけど。悔しいから認めたくない。
「リアビスさん! クエストを受けに来られたんですね!」
カウンターの受付嬢が、キラキラした目で声をかけてくる。その眼差しは、魔王を倒した時に向けられた視線に近い。羨望の眼差し。嫌いじゃない。むしろ好き。
私はクエストボードに貼られた紙を眺めた。採取代行。討伐依頼。ダンジョン攻略。
……うん。ここは"何故かDランク"の私が受けられる範囲で、難しいのを引くしかない。――いや、待て。アメルはBランクだ。代表者をアメルにすれば、Bランクまでは受けられる。なら――これだな。
私は貼られていたクエストの紙を剥がし、そのままカウンターへ置いた。
「これ受けるよ。Bランクの冒険者がいるから、大丈夫だよね?」
私はドヤ顔で受付嬢を見る。受付嬢はクエスト内容を見て、口を閉ざした。そして険しい顔で、私とアメルを見つめてくる。
私が置いたのは、この村のBランククエストでも最難関クラス――ダンジョン攻略だった。
「いいんですけど……大丈夫ですか? このクエスト、失敗で全滅した冒険者も多くて――」
警告しようとする口を、私は遮った。
「――それがいいんじゃないか」
私の見立てでは、このダンジョンはAランクに近い。だってほら、死者が三桁。失敗数が四桁。この数字は"おすすめ"って言ってるのと同じだよね? 言ってない? そう……。
受付嬢は私の自信満々の目を見て、ため息混じりに告げた。
「分かりました。受諾します。ただ、危なくなったらすぐに離脱してください。クエストは捨ててもいいですから」
「ムフッ。任せろ」
アメルと受付嬢の視線が心配そうに刺さる。やめて、その視線。私はその視線を掻い潜り、アメルを連れてギルドを出た。
「そうだ、アメル。ダンジョンへ行く前に装備を買わないとね」
アメルを防御力皆無の格好で行かせるわけにはいかない。しかもアメルは大事な治癒役だ。少し奮発しよう。魔法耐性と、それなりの防御力がある服を。
※ ※ ※
防具屋でいろいろ調達した私たちは、そのままダンジョンへ向かった。まだ未到達の階層があるらしい。なら、その分だけ中の宝は豪華だろう。
私はアメルへ視線を送り、ダンジョンの入口前に立つ。
遺跡の要塞みたいな見た目。見るからに危なそうな気配。そして、それを証明するように――周囲には血痕が残っている。冒険者や生物が、ここで何かにやられた跡だ。
「いこうか、アメル」
「はい! 先生!」
アメルは少し身体を震わせながらも、気合いの入った声で返した。
装備はアメル自身が選んだ。お金はほとんど無くなったけれど、少なくとも"冒険者"には見える。最低でも、魔法使いには見える。黒を基調とした動きやすそうなローブに、魔力を通しやすい軽い杖。アメルなりに考えて選んだのだろう。
私は杖を虚空から取り出し、松明を片手に足を進める。
ダンジョンの中は薄暗く――思ったより静かだ。いや、静かすぎる。だいたいダンジョンに入れば魔物が襲いかかってくるのが鉄板なのに、姿が見えない。魔力の流れも感じない。
どうやら、ここから数階層は"空"だ。宝箱が開けられた痕跡もある。つまり――ここは既に開拓された領域。その先が未開拓領域。私たちは歩みを進める。
ダンジョンは基本、十階層で区切られる。特例を除けば、だいたいそう。そして今の階層は――八階層あたりだろう。
道中に魔物の死骸も、冒険者の死体もない。魔力の流れも感じない。まるで攻略済みと思えるほどに、何もない。
――そして、九階層へ続く階段が見えた。
ここから先が未開拓。そう分かるように、針が刺さるみたいな"ちくり"とした魔力の流れを感じる。
階段を降りると、視界には一直線の道だけがあった。分かれ道もない。完全な一直線。魔物や人の気配はない。――だが、魔力の流れは確かにある。
私は歩みを進める。
すると、あちらこちらに冒険者と思える亡骸や骨が落ちていた。武器が砕かれ、鎧が引き裂かれ、壁には爪痕が刻まれている。おそらくこの階層で、多くの冒険者が命を落としたのだ。つまりこの先にいる"主"は、それ相応に強い。
「面白いじゃないか」
私の目の前には、巨大な部屋へ続く巨大な扉。扉には生々しい血痕と引っ掻き傷。きっと、ここで悶え、抵抗し、息絶えてきた者たちが残した証だ。
私は扉を開けた。
真っ暗な大広間。果てしなく広く、天井が高い。そして中央には――この暗闇よりも黒い巨大な影があった。
無数の首。ドラゴンのような顔。巨大な一つの体。
「ヒドラ、か」
本や図鑑でしか見たことないが、あれは完全にヒドラだ。放つ魔力は――二日前の将軍より、格段に上。少なくとも、魔王軍の上級幹部クラス。
私は自然とアメルを守るように前へ出た。
すると、向こうも私たちの気配に気づいたのか。赤い眼光。巨体が起き上がる。地面が揺れ、埃が舞い上がる。
敵と認識した瞬間――けたたましい咆哮が広間を揺らした。
――次の瞬間、ヒドラは無数の口から毒々しい炎を吐き出した。紫色の業火。空気が焼け、熱波が押し寄せる。
私は魔力のバリアで防いだ。……が、少しだけ被弾した。肌が紫に蠢く。厄介な毒だね。見た目も最悪。
長い年月、この地のダンジョンに君臨し、人や魔物を食らってきたのだろう。そこら中に原型のない生物の死骸と骨が転がっている。
「火力勝負と行こう」
私は杖先をヒドラへ向けた。
「燐光葬送」
火力を"ある程度"制御して放つ。呼応するようにヒドラも紫の炎を吐き返す――が。
私の光の炎が、ヒドラの炎を上書きした。そのまま、巨体ごと呑み込む。
光の炎の中で苦しむヒドラ。複数の首が悲鳴を上げ、のたうち回る。だがさすがヒドラ、再生力だけはあるらしい。焼き切れた首が――焼き切れた瞬間に再生する。うわ、面倒。
「終焉ノ天矢」
私の背後に巨大な魔法陣が無数に展開される。そこから放たれるのは、全属性――いや、終焉を招く属性を帯びた無数の巨大な矢。
もちろん出力は落としてる。そうでもしないと、このダンジョンごと崩壊するからね。宝が消えるのは困る。
光の矢が一斉に発射される。空気を切り裂く音が何重にも重なり、まるで嵐のように響き渡る。
無数の矢に体を貫かれたヒドラは――再生が追いつく間もなく、消滅した。最後に残ったのは、消し炭。静寂だけ。
「アメル、回復お願いできる?」
私はアメルに声をかけた。アメルは私の腕を見て、驚いた顔をする。
「ひ、酷い傷じゃないですか!」
「別にこの程度、かすり傷だよ。でも跡が残るのは嫌だから。お願い」
アメルは治癒魔法を施し、私の中に入り込み蠢く毒を――解毒していった。緑の光が腕を包み込み、紫に変色していた肌が徐々に元の色を取り戻していく。
……驚いた。あの治癒魔導書、解毒作用もあるのか。徐々に肌の色が元に戻る。
「よし! ここからはお宝の時間だ!」
「先生! 少しは休まないと!」
「休まずにいられるか! これからは至福のときなんだよ?」
私は駆け足で最終層へ繋がる扉を開けた。
そこには黄金に輝く金銀財宝が眠っていた。金貨の山、宝石の束、古代の武具。光を反射してきらきらと輝く財宝の数々。私はその財宝に飛び込むように体を沈ませる。
「やほー!! アメルも! 持って帰るの手伝って!」
「先生!!」
アメルの呆れた声が背後から聞こえる。でも構わない。これが冒険者の醍醐味なんだから。
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