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最終話「二つのカップに満ちるもの」

カフェの窓際、午後の光が斜めに差し込む席で、二人は向かい合っていた。


遥は制服ではなく、落ち着いた紺色のワンピース。

肩までの髪をふんわりと巻き、少し照れくさそうに微笑んでいた。


悠真は、彼女が来るより早く店に入り、今日だけは店長に頼んで自分でコーヒーを淹れて待っていた。

かつて彼女に「お客さんですから」と軽やかに断られたあの日を思い出しながら。


「この席、覚えてますか」


「ええ。あなたが、最初に話しかけてくれた日」


遥の声は柔らかく、時間を包み込むように響く。

カップの縁に揺れる湯気が、淡く二人をつないでいた。


悠真はそっと、遥の前にカップを差し出した。


「店長に教わりながら、自分なりに頑張って淹れたつもりです。今日は、特別な日だから」


「ありがとうございます。……いい香り」


遥はカップを両手で包み込むように持ち、静かに口元へ運ぶ。


その所作の美しさに、悠真はしばし言葉を失った。



窓の外では、日が少しずつ落ちてゆく。

季節は春の終わり――けれど、どこか冬の面影を残していた。


遥は目を閉じたまま、言った。


「不思議ですね。コーヒーって、苦いのに……あたたかくて、優しくて。

たぶん、あなたもそうなんだと思います。

時々ぶっきらぼうで、何を考えてるか分からなくて……でも、心の中はとても静かで、あたたかい」


「……それを言うなら、遥ちゃんだって。

出会った頃の君が、どれだけ繊細で、どれだけ孤独に見えたか。

でも今は、笑ってくれる。ちゃんと、目を見て話してくれる」


「あなたが、変えてくれたんです」


「俺も変わったよ。……遥ちゃんに出会ってから」


二人の視線が、自然と重なる。


カップの中のコーヒーは、もう少しで飲み干される。

けれどその味は、これから何度も、二人の記憶に甦ってくるだろう。


「ずっと、一緒にいたいです」


遥の言葉は、囁くようでいて、芯のある響きを持っていた。


悠真はゆっくりと頷いた。


「これからも、君と――同じカップを傾けながら、生きていきたい」


カフェの時計が、静かに時を告げる。


日常という名のページに、今日という章が加わる。

ささやかで、けれど確かな幸福の記録。


それはまるで、二つのカップに注がれた、あたたかな未来の味。


【完】

ご愛読ありがとうございました。

本当は人気が出れば付き合ってからの二人も描きたかったのですが…なかなか難しいですね。

他作品の連載はまだ続いているので、もしよろしければそちらも見てください。

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