第五十三話「あなたに出会えて」
窓の外は茜色に染まり、ガラス越しに差し込む光が、遥の頬を淡く照らしていた。
さっきまで笑顔を見せていた悠真の言葉が、今も胸の奥で静かに波紋を広げている。
「……遥ちゃんのことが、好きです」
その言葉を、彼がどれほどの想いを込めて告げたのか。
それは遥にも痛いほど伝わっていた。
けれど、遥はすぐに答えることができなかった。
(本当に……こんな私で、いいのかな)
年齢のこと。兄のこと。
そしてなにより――自分が、悠真の隣に並ぶ資格があるのかという迷い。
遥は、小さく息を吐いた。
「……驚きました。まさか、そんなふうに思ってくれていたなんて」
「ごめん、突然で。びっくりさせたよね」
悠真が、ほんの少しだけ眉を下げて言った。
その姿は、遥が知っている優しい悠真そのもので、胸がじんと熱くなる。
「でも……すごく、嬉しかったんです」
遥はそっと顔を上げ、彼の瞳を見た。
「初めて会ったとき、正直、ただの“常連さん”って思ってた。
でも何度も顔を合わせて、話して……気がついたら、私の方が、悠真さんに元気をもらってて。
……あの頃、家のことも、学校のことも、全部が重たくて、どうして笑わなきゃいけないのかもわからなかったのに……」
彼の前だと、自然に笑える自分がいた。
それがどれほど特別なことだったのか、今ならよくわかる。
「このカフェで、悠真さんと過ごす時間が、少しずつ私の世界を明るくしてくれたんです」
言いながら、遥は目を伏せた。
「でも……私、まだ十七歳なんです。まだまだ子供で。未熟で。
それでも、悠真さんみたいな人と、対等に向き合いたいって思ってしまう自分がいて……」
言葉が詰まり、静かにテーブルの上に視線を落とす。
その沈黙を破ったのは、柔らかい声だった。
「それなら……一緒に並んでいけばいい。
僕も、遥ちゃんに助けられてばかりだったから。だからきっと、お互いさまなんだと思うよ」
悠真の言葉は、静かで、真っ直ぐだった。
遥はそれを聞いて、ふっと笑った。
「そんなふうに言ってくれるの、ずるいです」
「ずるいかもしれない。でも、それが僕の本音なんだ」
カップに残ったぬるい紅茶を、遥はそっと口に運んだ。
喉を通るその温かさが、なぜか涙腺を刺激した。
「……私で、いいんですか?」
「うん。君じゃなきゃ、意味がないんだ」
今度は、遥が頷いた。
「じゃあ……少しずつで、いいですか?
私、まだ恋愛とか、ちゃんとしたことなくて……わからないこと、いっぱいで……」
「もちろん。ゆっくりでいい。僕も、遥ちゃんのことをもっと知りたいし、もっと一緒に笑っていきたい」
窓の外、暮れかけた空に、一番星がきらりと光っていた。
遥はその光に目を向けながら、そっと心の中で呟いた。
――あなたに、出会えてよかった。




