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第五十話「それは恋ってやつだよ」

夜の街は、梅雨を思わせる湿気を含んでいた。

喫茶店というよりは、どこか昔ながらの定食屋のような落ち着いた雰囲気の店内。

悠真は、対面に座る亮を見つめていた。


「……で、どうした。なんかずっと悩んでる顔してるぞ?」


水をひと口飲み、亮が先に口火を切った。

悠真は数秒の沈黙のあと、苦笑する。


「バレてたか」


「バレバレ。てか、だいたい察しはついてる」


「……雪村さんのこと?」


「うん。というか、“遥ちゃん”ってもう呼んでるんだろ?」


悠真は思わず顔をしかめた。

亮はそれを見て、にやりと笑う。


「この前、カフェに行ったとき、向こうから名前で呼ばれてたよ。“悠真さん”って。俺の前で堂々と呼び合うなよって思った」


「……意識はしてなかったけど、そうか」


「してないのが、してる証拠。わかるか?」


亮が腕を組みながら、真剣な顔になる。


「悠真、お前さ。ちょっと自覚しとけよ」


「……何を?」


「最近はいつ、どんな時でも遥ちゃんのことを考えてるだろう?会った次の日はなんだか機嫌良さそうだし、会えない日が続くと一日中ため息ついてるし」


「…そ、そうなのか?」


「それさ、恋ってやつだよ」


思わず言葉を飲んだ。

亮の表情は冗談ではない。本気だった。


「もちろん、年齢差とか気になる部分もあるだろうけど。そもそもお前、あの子のどこに惹かれてるのか、自分で言える?」


悠真は、返答に詰まる。


「……何か、放っておけない感じがする。強がってるけど、実はすごく繊細で。だけど一緒にいると、安心する。不思議なんだ。年齢とか、そういうのを超えて……居心地が良くて」


「うん。まさしく、恋だな」


亮は頷いて、そして真顔で続けた。


「けどな、その安心感に甘えてるだけなら、やめとけ」


「えっ……」


「お前が彼女にとって“特別”になりたいと思うなら、それなりの責任も伴う。見た目じゃなくて、あの子がまだ17歳だってこと、ちゃんと意識してるか?」


「……正直、戸惑ってる。でも――」


「だったらまず、自分の気持ちに正直になることだよ。迷うのはいい。でも目をそらすなよ」


亮の声には、どこか兄のような温かさがあった。


「……そうか、そうだな。決心ついたよ。ありがとな、亮」


「礼はいらん。どうせまたそのうち悩むだろ? 俺の役目は、背中を押すことだけだから」


亮は冗談めかして笑ったが、その瞳はどこまでも真剣だった。


店を出た後の空気は、すでに夏の匂いを含んでいた。

悠真は、深く息を吸って思う。


自分はもう、後戻りできないところまで来ている。


遥の笑顔。声。仕草。

それらが、確実に日常の一部になっていた。


だからこそ――自分がどうするべきか。

覚悟を持たなければいけない。


夜風が、静かにその背を押していた。

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