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第四十八話「この景色の向こう側」

木製のベンチに腰を下ろしたふたりは、しばらく無言のまま風を感じていた。


木々のざわめき、遠くで遊ぶ子供の声。どれも日常の音なのに、不思議と穏やかで心に優しかった。


遥が、ぽつりとつぶやいた。


「私……ずっと何かを取り戻すように生きてきた気がするんです」


悠真は、そっと顔を向ける。


「でも最近、少しずつ思えるようになったんです。――もう、取り戻すばかりじゃなくて、これから何を築けるかを考えてもいいのかもしれないって」


「……それは、大きな変化ですね」


遥は頷く。視線は前方の空へと向けられていた。


「だから、もっと知りたいんです。自分のことも、外の世界も……それに、悠真さんのことも」


悠真は思わず息を呑んだ。その声音には、まっすぐな意志が宿っていた。


「俺のこと、ですか?」


「はい。たとえば、どうして心理学を学ぼうと思ったのかとか、普段どんな授業を受けているのかとか……。あ、変ですか?」


「いえ……嬉しいです。話したいこと、たくさんあります」


「ふふ、じゃあ今度、教えてくださいね」


「今でも少しなら」


そう言って、悠真はゆっくりと話し始めた。大学での講義のこと、研究室の話、教授とのやりとり。遥はそれを一つひとつ、目を輝かせながら聞いていた。


そして――


「遥ちゃんは、進学とか、将来のこと……考えていますか?」


不意に投げかけられた問いに、遥はしばらく言葉を探した。


「……うーん、実はまだ、はっきりとは。でも、最近はちょっとだけ思うんです。自分みたいに、過去のことを抱えている人に寄り添えるような仕事ができたらって」


「カウンセラーとか、福祉関係とかですか?」


「うん。まだ曖昧なんですけど……誰かの“今”を支えられるような存在になれたらなって。そう思わせてくれたのは、悠真さんですよ」


頬にふっと風が吹いた。


悠真は、遥の横顔を見つめる。


その目に宿る光は、かつての彼女からは想像できないほど、前を向いていた。


「……僕も、支えられてます。遥ちゃんの存在に」


思わず、本音がこぼれた。


「え?」


「毎日がちょっとずつ、色づいていく感覚。遥ちゃんと話すようになって、そんな日々が増えました」


遥の頬が、ゆっくりと赤らんでいく。


照れたように、うつむいたまま――


「……それって、ずるいです」


「え?」


「そう言われたら、また会いたくなっちゃうじゃないですか」


悠真は、思わず笑った。


「じゃあ、また会いましょう。ここでも、どこでも」


「……はい、約束です」


ふたりの手が、少しだけ近づいたまま、それ以上触れはしなかった。


けれど、確かに繋がっていた。言葉よりも強く、柔らかく――。


そして帰り道。並んで歩く二人の足音が、やさしい夕暮れの街に溶けていく。



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