第四十三話「揺れる車窓、近づく心音」
帰りの電車は、行きの喧騒が嘘のように静かだった。
観光を終え、夕暮れに染まった町をあとにしたふたりは、駅のホームで並んで電車を待った。
遥は少しだけ疲れた表情をしていたが、それ以上に、充実した満足感が頬に滲んでいた。
車内は空いていて、悠真は窓際の席を選び、隣に遥が腰を下ろす。
発車の合図と共に、車体が静かに揺れ始めた。
「……あっという間でしたね」
ふいに漏れた遥の言葉は、どこか夢を見終えた子どものように淡かった。
「うん。でも、詰め込みすぎなくて良かった。雪村さんとゆっくり歩けて……それだけで、十分だったかも」
遥は少し驚いたように視線を向けたが、すぐに目を細める。
「私も……楽しかったです。悠真さんと一緒だったから、どこを歩いても安心できました」
本当はせっかくの遠出だったので泊まりたかったが──さすがに高校生を連れてそれはできないな、と思い直して日帰りにした悠真だったが、それはあえて口にはしなかった。
電車は街の灯を抜け、郊外の暗がりへと差し掛かる。
窓の外にはぽつぽつと明かりが流れ、ふたりの顔を柔らかく照らしていた。
「……遥ちゃん、寒くない?」
悠真がそっと問いかけると、遥は首を振った。
「大丈夫です。でも……ありがとうございます。そういうの、嬉しいです」
沈黙が落ちた。
けれど、どちらも気まずさは感じていない。ただ、その静けさすら心地よかった。
「……あの」
遥が口を開いた。声は少しだけ小さく、慎重だった。
「この前、年齢のことを話してから……距離が縮まった気がして、うれしかったんです」
悠真は視線を前に向けたまま、かすかに笑った。
「そうですね。僕もそう思ってました。……なんだか、時間の流れが、少し変わったような」
「はい。私、もう少しちゃんと、大人になりたいなって思ったんです。悠真さんの隣にいて、恥ずかしくないように」
「……遥ちゃんは、もう十分だと思いますよ。見た目は元々大人っぽいし…変に背伸びしないところも、きっと魅力なんです」
遥は少しだけ顔を赤らめて、窓の外に視線をそらした。
そして、電車があと数駅で最寄りに着こうかという頃。
静かな車内に、ほんの少しだけ、胸の鼓動が重なっていた。
ふたりの間にはまだ、言葉にできない何かが確かにあった。
それでも、少しずつ確かに近づいていると、互いに気づき始めていた。
──もうすぐ、日常に戻る。
けれどこの帰り道もまた、ふたりにとって忘れがたい旅路の一部だった。




