第三十九話「ふたりの地図」
「このページ、気になりますね」
悠真から本を貰った日から二日後、休みの日の遥と悠真は、いつものカフェで向かい合っていた。
遥は楽しそうにノートのような旅日記のページを指差した。
そこには、郊外にある古書店と小さな洋館カフェが紹介されている。
静かで、人通りの少ない道。春になれば、桜並木が道の両側に咲くと書かれていた。
「ちょっと遠いけど、電車で行ける距離だね。……春に、行ってみようか?」
「……はい。行きたいです」
そう頷いた遥の声は、ほんの少し震えていた。
悠真はふと気づく。
こうして次の約束を自然に交わせるようになったのは、つい最近のことだと。
彼女が少しずつ心を開いてくれるようになって、やっと距離が近づいたと、改めて思う。
「遥ちゃんはさ、昔から旅とか好きだった?」
「……いえ。遠くへ行ったことは、あまりないです」
その答えに、悠真は少し驚いた。
「じゃあ、こういう計画を立てるのも……」
「少し、緊張します。でも……楽しみでもあります」
遥の指先が、旅日記の端をそっとなぞる。
どこかに向かうこと。誰かと一緒に歩くこと。
それはきっと、彼女にとって新しい一歩だった。
「悠真さんは、どうして旅が好きなんですか?」
不意の問いかけに、悠真は少し考える。
答えを探すように、窓の外へ視線を向けた。
「……うーん。俺も、ずっと旅してきたわけじゃないけど。何ていうか、“ここじゃないどこか”を見たくなる時って、あるんだよね。今いる場所が嫌だとかじゃなくて、自分がどんな景色を見たら、何を思うのか……確かめてみたい、って感じ」
遥は、静かに頷いた。
「……それ、わかります。自分の知らない場所に、まだ見ぬ自分がいるような気がして」
二人の間に、また静かな時間が流れる。
旅の計画は、ページの中に無数の候補を広げていた。
でも、本当に大事なのは――誰と歩くか。
「……じゃあ、次の休みにでも、行ってみる?」
「……行きましょう。悠真さんとなら、安心ですから」
その笑顔に、悠真も微笑みを返す。
遠くに見えていたはずの春が、少しずつ近づいてきていた。




