表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/53

第三十八話「胸の奥の輪郭」

 デートの翌日――。


 穏やかな午後の陽が差し込むカフェの店内。

 そのカウンターには、もう遥の姿があった。


 彼女はカップにコーヒーを注ぎながら、昨日の出来事を何度も思い返していた。

 ふと笑みがこぼれる。自分でも驚くほど、自然に。


 (……悠真さん、あんなふうに笑うんだ)


 思い出すのは、美術館での何気ないやり取りや、雑貨屋で悩む姿。

 そして、夕暮れの川辺で交わした約束――春になったら、少し遠出をしようという言葉。


 —カラン、と扉が開く。


 その音に、遥は顔を上げた。

 白いシャツにネイビーのカーディガン姿の悠真が、昨日と変わらない笑顔で立っていた。


 「…いらっしゃいませ。まさか昨日の今日で来てもらえるなんて」


 「……今日も、会いたくなって。いや、でも、昨日は楽しかったね」


 「……はい。すごく」


 そう言って、遥はほんのりと頬を染める。


 会話はいつものように穏やかだったけれど、何かが少しだけ変わった気がする。

 呼び方も変わった。距離も、すこし近づいた。


 「……遥ちゃん」


 「はい、悠真さん」


 何気ない呼びかけだけで、胸がふわりと浮かぶ。

 きっと、悠真も同じ気持ちでいてくれている。そう思えるだけで、嬉しかった。


 ふと、悠真がテーブルの上に一冊の本を置いた。


 「昨日、雑貨屋で見かけてたやつ。買ってみたんだ。ほら、あの手製の旅日記風の」


 「あっ……」


 遥は目を見開く。確かに昨日、気になっていたものだった。

 けれど、自分で買うには少し迷っていたものでもある。


 「気になってたんじゃないかなって思って」


 「……ありがとうございます。でも、どうして?」


 「遥ちゃんと約束したから。春になったら、行きたい場所に行こうって。その下調べ、今から始めようと思って」


 遥は、しばらく何も言えなかった。

 胸の奥で、言葉にならないものが膨らんでいく。


 「……優しすぎます、悠真さんは」


 「そんなことないよ。俺も、遥ちゃんといると……いろんなこと、ちゃんと考えられる気がする」


 沈黙が、心地よかった。

 窓の外には、まだ少し冷たい風。でも、陽差しは確かに春を告げ始めていた。


 遥はそっと、差し出された本に手を伸ばした。


 その手のひらに宿る温かさを、忘れないように。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ