第三十七話「夕暮れに交わす約束」
雑貨屋を出ると、外の景色はすっかり夕方に染まっていた。
橙と紫が入り混じった空が、街の輪郭を柔らかく縁取っている。
「すっかり、時間が経ってしまいましたね」
遥が空を見上げて呟く。
その横顔は、どこか名残惜しそうだった。
「そうだね。……でも、まだちょっとだけ歩こうか」
悠真のその提案に、遥は小さく頷いた。
二人は並んで歩き出す。
どちらからともなく、自然に歩調が合っていた。
「今日は……楽しかったです。美術館も、雑貨屋も。悠真さんと一緒だったから、余計に」
「俺も。遥ちゃんが笑ってくれてたから、こっちまで楽しくなった」
「……ふふ、ありがとうございます」
静かな通りを抜けて、川沿いの小道に出た。
川面に映る夕焼けが、まるで揺れる炎のように輝いている。
「悠真さん」
「ん?」
「……春が来たら、どこか、遠出してみたいです」
遥が、そっと言った。
目を伏せながら、それでも期待を込めた声だった。
「いいね。それ、約束しようか。次は、電車に乗って――ちょっと遠くへ」
「はい」
二人は立ち止まり、夕陽に照らされながら並んで立つ。
遥がポツリと呟いた。
「……去年の今ごろは、こんな未来が来るなんて、思ってもみませんでした」
「俺も。まさか、こんなふうに誰かと約束をするなんて」
風がまた、ゆっくりと通り抜ける。
遥は、その風に吹かれながら、少しだけ悠真の方へと身を寄せた。
「私、ちゃんと強くなりたいです」
「……うん」
「自分の過去に縛られずに、ちゃんと前を向いて……もっと、笑えるように」
「大丈夫。遥ちゃんなら、きっとできる」
「……ありがとうございます」
言葉よりも、その声の柔らかさが遥の胸に染み込んだ。
陽は、そろそろ沈もうとしていた。
だが二人の影は、どこか明るく伸びていた。
まるで、これから先に続いていく未来をなぞるように。




