第三十三話「街を歩くリズムで」
カーテンの隙間から差し込む朝の光が、まぶたをくすぐった。
そっと目を開けて、天井を見つめる。
今日が、特別な一日になることを、体の奥がちゃんと覚えている。
昨夜は遅くまで眠れなかった。眠っても、何度も目が覚めてしまって、夢の中でさえ落ち着かなかった。
――東雲さんと出かける。
いや、もう「悠真さん」って呼んでいいんだ。
先日、そう決めたのに、まだ少し照れくさい。
ベッドから抜け出し、鏡の前に立つ。
昨日の夜、何度も服を着替えて悩んだ。カジュアルなワンピースにしようか、それとも落ち着いた色のブラウスにするか。
結局、選んだのは、薄いベージュのワンピース。上品すぎず、でもどこか背筋が伸びる一着。
「……これなら、変じゃないよね」
小さく呟いてから、顔を洗い、髪を整えた。
いつもより少しだけ丁寧に、まつ毛を整えて、リップを塗る。
そうしている自分が、どこか少し可笑しくて――でも、ちょっとだけ嬉しい。
準備ができても、時間はまだ約束の一時間前だった。
居ても立ってもいられず、リビングに戻ってソファに座る。
膝の上に置いたスマホを何度も確認して、でも何も通知は来ていない。
彼は、どう思ってるんだろう。
十七歳の私と出かけることに、やっぱり気を使っているのかな。
それとも、ちゃんと楽しみにしてくれてる?
昨日、あんなふうに言ってくれた。
「雪村さんの年齢がいくつでも、僕はこのカフェに通い続けますよ」って。
名前で呼び合うようになっても、まだまだ距離はある。
でも、その一歩が、こんなに大きいなんて知らなかった。
もうすぐ、出かける時間。
胸がどきどきして、落ち着かない。
このまま何かを期待してしまいそうな自分が、ちょっと怖くもある。
でも、それでも。
今日、彼と一緒に歩けることが――心から、嬉しかった。
スマホを手に取って、バッグにそっとしまう。
玄関で靴を履きながら、深呼吸をひとつ。
扉を開けて、光の中に足を踏み出した。




