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第三十二話「明日、きみと歩く世界のこと」

 ベッドに横になったまま、天井を見つめる。

 部屋は静まり返っていて、ただ壁掛け時計の秒針だけが時間を刻んでいた。


 明日、遥ちゃんと出かける。


 たったそれだけの予定が、こんなにも自分の心を騒がせるなんて。

 いつぶりだろう――こんなふうに誰かとの約束に胸が高鳴るのは。


 ……とはいえ、正直なところ、少しだけ戸惑いもある。


 遥ちゃんは、十七歳だ。

 大人びた雰囲気や、しっかりした言動からは想像もつかない年齢。

 彼女が自分の年齢を口にしたあの時、ほんの一瞬、頭の中が真っ白になったのを覚えている。


 大学生の自分が、未成年の女の子と二人で出かける――

 周囲がどう思うかとか、そういう現実的なこともふと頭をよぎる。

 けれど何より、自分自身がこの気持ちにどう向き合うべきか、それを考えずにはいられなかった。


 ……それでも。


 遥ちゃんと過ごす時間が心地いいのは事実だし、彼女と話すことで救われるような気持ちになるのもまた、嘘じゃない。


 「なあに考えてんだ、俺は……」


 思わず苦笑して、枕元に置いてあるシャツの山に目を向ける。

 昼に選びかけて、結局決めきれなかったものたち。

 シンプルな白。落ち着いたネイビー。爽やかなブルー。

 どれが正解なのか分からないまま、ただ並べて、見比べて、また悩む。


 どうでもいいと思っていた服選びが、こんなにも難しいなんて。

 遥ちゃんに「いい」と思ってもらいたい――そう思ってる自分に、ようやく気づいた。


 彼女といるとき、自分はどこか素直になれていた。

 過去のことも、未来のことも、まだよく分からないままだけど。

 それでも、彼女と過ごす時間が続けばいいと思ってしまう。


 「……明日、ちゃんと話せるかな」


 自問するように呟いて、そっと目を閉じた。

 あの穏やかな声。

 コーヒーを差し出す時の、丁寧な所作。

 時折見せる、どこか陰を帯びた視線――

 そんなひとつひとつを、思い出しながら眠りに落ちる。


 遥ちゃんと、同じ景色を見られる明日が、どうか優しい一日になりますように。



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