第二十九話「伝える勇気」
午後の陽光がカフェの窓越しに差し込むなか、東雲悠真と雪村遥はいつもの席で向かい合っていた。
「東雲さん」
遥が不意に声を上げる。彼女の手は膝の上でぎゅっと握られ、視線は伏し目がちだ。
その様子に、悠真もカップを置いて、真っ直ぐ彼女に向き直った。
「……何かありましたか?」
「その、ちょっと……伝えておきたいことがあって」
言葉を選びながら、遥は深呼吸を一つ。それから、意を決したように顔を上げる。
「私……本当は、まだ高校生なんです。17歳です」
間。
店内の空気がふわりと静止したかと思えば、次の瞬間――
「……え、あははっ」
悠真は思わず吹き出した。
遥がきょとんと目を瞬かせる。
「す、すみません。あまりにも真剣な顔してるから……もっと深刻なことかと思って」
「えっ……」
「だって、何か命にかかわる話でも始まるのかって、こっちが構えましたよ」
遥は一瞬きょとんとしたまま、頬をほんのり赤らめる。
「……その、騙すつもりじゃなかったんです。ただ、言い出せなくて」
「わかってますよ。そんな風には思ってません」
悠真は優しく笑った。
「雪村さんが高校生でも大学生でも……関係ありませんよ」
その声は、いつもよりも少しだけ優しく、穏やかだった。
「雪村さんの年齢がいくつでも、僕はこのカフェに通い続けます。……それだけは断言できます」
遥は、驚いたように彼を見つめ、それからふっと目を伏せて、小さく笑った。
「……ありがとうございます」
その言葉の奥には、緊張の解けた安堵と、ほんの少しの温かさが滲んでいた。
そして、二人の間に流れる空気が、どこか前よりも柔らかくなった気がした。
まるで、長く続く冬のトンネルを抜けて、静かに春の陽だまりへと一歩足を踏み入れたような――
そんな午後だった。




