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第二十六話「曖昧な境界線」

「いらっしゃいませ――あっ」



その声に、篠崎亮は自然と微笑んだ。



「お!いたいた!。久しぶり……いや、もう常連と言えるくらいかな?」


「……こんにちは、篠崎さん。また来てくださったんですね」



雪村遥は、柔らかく笑って会釈した。彼女の制服姿も見慣れてきたとはいえ、やはりその佇まいはどこか大人びた雰囲気をまとっている。



「今日は東雲は来てないの?」


「そうですね、今日はまだ……。お飲み物はどうされますか?」


「じゃあ、カフェラテで。……東雲がいつも飲んでるやつ頼んでみようかな」



遥は一瞬きょとんとした顔を見せた後、微笑みながら頷いた。



「わかりました、少々お待ちください」



彼女がカウンターに戻ると、亮はふうと息をついて店内を見回した。


——静かで落ち着いた空間。ここは、考え事をするには悪くない。


やがて、遥がカフェラテを運んできて、何か言いたげな表情でこちらを見つめていることに気づいた。



「うん?どうかした?」


「……すみません、ちょっと聞きたいことがあるんですが……」


「え、俺に?それは光栄だな」



冗談めかした亮の口調とは裏腹に、遥はゆっくりとした声で言った。



「あの……篠崎さん、東雲さんのこと、昔からよくご存じなんですよね?」


「まあ、昔からってほどではないけどね。出会ったのは大学だし。でも、いい奴だなってのはすぐに気づいたよ」


「大学……やっぱり、東雲さんは私とは違う世界にいる人なんですね」


「違う世界、か。なんでそんな風に思うの?」



遥は目を伏せ、視線を亮が飲むコーヒーカップに落とした。



「私は、少しでも近づきたくて……でも、自分のこと、ちゃんと伝えられてない気がして……」


「……あいつは不器用だからな。だけど、ちゃんと見てると思うよ。君のこと」


「本当ですか?」


「本当さ。……あいつ、君の前じゃちょっと違うんだよ。俺の前ではもう少し気が抜けてる」



遥はくすっと笑った。



「それ、ちょっと想像できないです」



亮も笑い、遥の表情も緩んだ。



「東雲さんって、普段はどんな風なんですか?」



ここぞとばかりに、遥が矢継ぎ早に尋ねた。声は静かだったが、興味が隠しきれていない。亮はその様子を見て、思わず微笑んだ。



「そうだな……外面は割と真面目。講義も休まないし、提出物も期限きっちり。だけど、意外と頑固なとこもあるし、変なこだわりも多い。例えばラーメン屋に行くと、必ずスープから飲むんだよな」


「え? スープから……? それは変わってますね?」


「いや、まあ、そういう“ルール”を自分の中でちゃんと決めてるのが、いかにも東雲らしいっていうか。頑固なとことか、意外と抜けてるとこもあってさ」



遥はくすっと小さく笑った。



「そういう話、あまり聞いたことがなかったので……なんだか、ちょっと意外です」


「まあ、東雲ってそういうやつだよ。きっちりしてるように見えて、割と不器用なとこがある。人付き合いも……正直、あんまり得意じゃない」


「……私も、最初はそう思ってました」



遥の目が伏せられる。その横顔を見ながら、亮は少し視線を泳がせた。彼女の瞳の奥にあるものは、感謝だろうか、それとも――。



「でも、そんなあれこれ東雲のことを聞いてくるの、なんか意外かも」


「気になってしまって……。東雲さんのこと、少しずつ知りたいって思ってしまってる自分に気づいて。……変ですよね」


「変じゃないよ。それは“知りたい”って思えるくらい、ちゃんと信頼できる存在になったってことだろ?」



遥は、そっと視線を落としたまま、小さくうなずいた。



「……たぶん、そうです」



ふいに、亮の視線が遥をまっすぐ捉えた。



「ところでさ。前から気になってたんだけど――遥ちゃん、いくつなの?」


「え……?」



遥が驚いたように瞬きをする。亮は少しだけ気まずそうに笑った。



「いや、なんとなく話の流れで聞きそびれてて。でも今日ふと、“あれ? 東雲、知ってんのかな”って思ってさ」



遥は一瞬迷ったが、静かに答えた。



「……十七、です」



その言葉に、亮は思わず目を見開いた。



「じゅう……なな!?」


「……はい」


「マジかよ……東雲、絶対知らないぞそれ。てか、遥ちゃん……大人っぽすぎだろ、見た目も喋り方も。てっきり同年代だと思ってた」



遥は少し困ったように微笑んだ。



「よく言われます。でも、私……高校生です。通ってはいませんけど」



亮は椅子の背にもたれ、頭を軽くかいた。



「やべぇな……東雲、知ったらどうするかな。あいつ、変に真面目なところあるし」



その言葉に、遥の心が小さく揺れた。



「……そうですか、ね」


「少なくとも、悩むと思うよ。どう接して良いか、とか」



カップの中のカフェラテが、少しだけ揺れていた。


遥はその波紋を見つめながら、ふと自分の中に浮かぶ感情に戸惑いを覚えていた。


“知ってほしい”という想いと、“知られたくない”という怖さ。


それが、いまの彼女の胸を締めつけていた。



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