第二十四話「静寂の水面に」
「いらっしゃいませ」
久々に訪れたカフェで、雪村遥の声が穏やかに響く。
東雲悠真は静かに会釈し、カウンター越しの彼女に微笑みを返した。
「カフェラテ、ひとつ」
「かしこまりました」
遥は手早く準備に取りかかり、ふわりとラテアートを描く。
少し痩せた印象はあるが、どこか以前より落ち着いて見える。
席について待っていると、カップが運ばれてきた。
「……お待たせしました」
「ありがとう。調子はどうですか」
「おかげさまで、もうだいぶ。……ご心配、かけました」
穏やかな空気が流れる。
悠真はカップを手に取り、少しだけ頷いた。
そのとき、少し離れた席から聞き覚えのある声が飛んできた。
「お、東雲じゃん」
振り向くと、篠崎亮が座っていた。
アイスコーヒー片手に、ニヤニヤと笑っている。
「こんなところで何やってんの。……あー、いや、言わなくてもわかるか」
「偶然、来ただけだよ」
「へー、偶然ねぇ。タイミングよすぎない?」
亮の視線が遥に向かい、またすぐに悠真に戻る。
悪意はない、けれどちょっとだけ照れ臭くなる空気だ。
「……あれ、そちらの方は確か…」
遥がそっと尋ねる。
「この間紹介した篠崎亮。大学の同期です」
「どうも。いつもこんな感じなんですけど、まぁ悪いやつじゃないんで」
「はい、なんとなく伝わってきました」
遥が小さく笑い、亮も満足そうに頷く。
「東雲ってさ、あんまり自分から多く語らないじゃん? でもさ、たまにすげぇ真面目なこと言ったりするんだよ。あれが意外と……」
「亮」
悠真が一言だけ、やや低めの声で遮ると、亮は肩をすくめた。
「はいはい、言いすぎましたっと。……そろそろバイトだから、オレはこれで」
「また大学でな」
「……じゃあ、雪村さんも、お大事に」
軽く手を振って亮が去っていくと、店内には再び静けさが戻った。
「……ああいう人、にぎやかですね」
「ええ。でも、悪い奴じゃないです」
「……そう、思います。」
遥がそう言ってカップを持ち上げる。
その表情は、ほんの少しだけ柔らかい。
静かな時間が、春の日差しのなかでゆっくりと流れていった。




