第九章 ライオンが涙を流す場所
南門の基地に戻ると、私は執務室で部下たちを集めた。地図にマーマーンの狩場とカジノ跡地を結ぶ線を引き、オスプレイの予想経路を書き込んだ。
「ライオンが涙を流す場所は、昔カジノがあった廃墟だ。そこに噴水があって、ライオンの像が目から水を流してる。マーマーンはカジノなんて知らないだろうけど、シーニーの話と一致する。そこに向かう。カジノ跡地にはミュータントか何かが住み着いてるらしい。完全武装で行くぞ。」
エリカが首をかしげた。「隊長、何か住んでるって何ですか?幽霊でも出るんですか?」
「さあね。だがマーマーンが恐れる何かだ。私たちも用心するしかないよ。」
サヴィタが割り込んだ。「監視カメラを設置し、オスプレイが通る瞬間を捉える。ドローンで尾行すれば拠点が特定できる。装備はどうする?」
「軽装で機動力を優先。ライフル、ハンドガン、ナイフ。それとカメラとドローンだ。鉄火場になるかもしれないから、覚悟しておいて。」私が部下たちを見回した。
部隊を再編成し、ジープ2台に分乗。私はエリカ、アヤを連れ、サヴィタはラヴィとカイルを率いた。夜明け前、車列はカジノ跡地へ向けて出発した。
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インドの荒野を北西に進む。夜の闇が視界を覆い、草木が茂る暗闇がジープのヘッドライトを飲み込む。ぬかるんだ地面がタイヤを軋ませ、車内の空気が張り詰める。私は助手席で地図を手に、エリカの運転するジープの振動を感じながら耳を澄ませていた。この世界では、私たち都市出身者の車両は水素イオンエンジンで動く。静粛性が高く、ほとんど音を立てないのが特徴だ。私のジープも、サヴィタの後続車も、かすかな電気的な唸り以外は無音に近い。だが、その静けさが逆に周囲の異変を際立たせる。
部隊は2台のジープに分乗し、私の後ろにはサヴィタの捜索隊が続く。遠くで虫の鳴き声が途切れ、不気味な静寂が広がる。その時、かすかに車両のエンジン音が聞こえてきた。ガソリン車特有の低く唸るような騒々しい音が、風に混じって耳に届く。私は眉を寄せ、無線を手に取った。「全員、周囲を警戒しろ。ガソリン車のエンジン音だ。近くに何かいる。」
エリカがハンドルを握り直し、小声で呟いた。「隊長、こんな時間に誰が…?」
「わからない。両目であたりをしっかり監視しなさい。恐らく夜盗のガソリントラックだろう。私たちの水素車じゃこんな音はしない。」私が鋭く返し、無線に続けた。「サヴィタ、聞こえるか?ガソリン車の音だ。準備しておけ。」
サヴィタの声が即座に返ってきた。「了解した。ラヴィ、カイル、M4を構えろ。」
全員が一斉に周囲を見回す。暗闇の中で草木が揺れ、ヘッドライトの光が届かない奥に不穏な気配が漂う。アヤが後部座席でM4カービンを握り直し、息を潜めた。水素イオンエンジンの静けさが、私たちの耳を研ぎ澄ませる。私の心臓が少し速く鼓動を打ち始めた瞬間、暗闇を切り裂くように夜盗のピックアップトラックが飛び出してきた。錆びた車体からガソリンエンジンの唸りが響き、汚れたターバンを巻いた荒くれ者が乗り込み、AK-47を手に叫び声を上げている。1台が猛スピードで私のジープに突っ込み、体当たりを仕掛けてきた。
「くそっ!」エリカがハンドルを切り、衝撃でジープが大きくよろけた。私はシートに体を押し付け、無線に叫んだ。「応戦しろ!」
アヤが窓からM4の銃口を出し連射。銃声が夜を切り裂き、ピックアップトラックのフロントガラスが砕け散った。運転手のターバンが血に染まり、車が制御を失って横に逸れる。サヴィタのジープからもM4の銃撃が始まり、後部座席のラヴィが正確な射撃で夜盗の助手席の男を仕留めた。私は窓から身を乗り出し、M4を構えてトラックのタイヤを狙った。1発、2発――タイヤが破裂し、車体がスリップして横に滑る。ガソリン車の重いエンジン音が一瞬途切れ、土煙が上がった。
だが、倒したと思った瞬間、暗闇から次々と新たなピックアップトラックが現れた。10台近い車両が、ガソリンエンジンを唸らせながら私たちを取り囲むように迫ってくる。ターバン姿の夜盗がAKを乱射し、弾丸がジープの防弾装甲に当たって火花を散らす。私は無線に叫んだ。「スピードを上げろ!振り切らなければ囲まれるぞ!」
エリカがアクセルを踏み込み、ジープが泥を跳ね上げて加速した。水素イオンエンジンの静かな加速が、夜盗の騒々しい追跡音と対照的だ。後ろのサヴィタのジープも追随し、2台が並走する形で荒野を突き進む。夜盗のトラックが左右から迫り、1台が私のジープの側面に再び体当たりを仕掛けてきた。車体が大きく揺れ、私は歯を食いしばってサヴィタに叫んだ。「私たちの車は防弾だ!奴らは違う!とにかくタイヤを狙え!」
サヴィタが即座に反応し、無線越しに部下に命じた。「ラヴィ、カイル、タイヤだ!撃て!」
ラヴィのM4が火を噴き、野党のトラックの前輪が吹き飛んだ。車体がスリップし、横転して土煙を上げる。アヤも負けじと後部から射撃を続け、別のトラックのタイヤを撃ち抜いた。車が制御を失い、草むらに突っ込んで停止する。私はM4を連射し、3台目のトラックのタイヤをパンクさせた。横転した車体が後続のトラックに衝突し、混乱が広がる。だが、まだ6台が残り、執拗に追いかけてくる。ガソリンエンジンの唸りが荒野に響き渡る。
夜盗のAKの銃弾がジープの装甲に当たり、甲高い音を立てる。エリカが叫んだ。「隊長、このままじゃまずいっす!弾が多すぎる!」
「カジノ跡地まで突っ込め!そこで立て直す!」私が地図を握り潰しながら指示した。エリカがハンドルを切り、ジープが廃墟の入口に突入。崩れたネオン看板の下をくぐり、傾いた建物の影に滑り込む。私は無線に叫んだ。「サヴィタ、ついてこい!ここで停車だ!」
2台のジープがカジノ跡地の広場に到着し、急ブレーキで停止。水素イオンエンジンが静かに停止する。私はドアを蹴り開け、「車から降りろ!車を盾にして応戦だ!」と叫んだ。
部下たちが素早くジープを盾にし、陣形を組む。私はM4を手に地面に膝をつき、迫りくる夜盗のトラックを迎え撃った。アヤが隣で射撃し、ターバン姿の男がトラックの荷台から転がり落ちる。サヴィタの部下、カイルがグレネードを投げ、1台のトラックが爆発に巻き込まれて炎上した。ラヴィの正確な射撃が別のトラックの運転手を仕留め、車体が建物に激突して停止する。
夜盗の数が減り、残りは3台にまで絞られた。私は息を整えながらM4を撃ち続け、ターバンの男が血を流して倒れるのを確認した。だが、その時、1台のトラックの荷台から夜盗がロケットランチャーを担ぎ上げるのが見えた。暗闇の中で鈍く光るRPG-7がこちらを向く。私は叫ぼうとしたが、サヴィタが一瞬早く反応した。
「ロケットだ!撃つ気だ!」
彼女がM4を構え直し、素早くスコープを覗いて引き金を引いた。銃声が鋭く響き、ロケットランチャーを担いだ男の頭が弾け飛んだ。RPG-7が地面に落ち、夜盗が慌てて叫び声を上げる。サヴィタが冷静に呟いた。「間に合った…。」
残りのやるを次々と仕留めていくと、突然銃撃がピタリと止んだ。ガソリンエンジンの唸りが消え、暗闇に静寂が戻る。私はM4を握り直し、立ち上がって周囲を見回した。かすかに夜盗の荒い息遣いや低い話し声が聞こえてくる。「ジャーヒド…待てって…」「まだだ…」と、ターバン姿の男たちがどこかで囁き合っている気配だ。「…まだ近くにいる。」私が小声で呟いた。
サヴィタが隣に立ち、眉を寄せた。「奴ら、まだ諦めてないのか?でも、襲ってくる気配がない…このまま立ち去ってくれるのか?」
「わからない。油断するな。」私が鋭く返し、廃墟の影に目を凝らした。風が崩れた建物の隙間を抜け、ライオンの噴水から水が滴る音が微かに響く。不穏な静けさに、全員が息を潜めた。
その瞬間、背後から金属の軋む音が響いた。重く、低い音が地面を震わせ、私は振り返った。2メートルを超える鉄の巨人が、廃墟の影から姿を現す。全身が鋼鉄で覆われ、両腕は普通の金属製だが、その存在感は圧倒的だ。緑の光がナイトビジョンのように輝く目が、私たちを無機質に見下ろしている。次の瞬間、鉄人が一歩踏み出し、サヴィタの部下カイルに腕を振り下ろした。カイルがジープのドアを盾にしていたが、ドアごと吹き飛ばされ、地面に叩きつけられてうめき声を漏らした。「うぐっ…!」
サヴィタが驚愕しつつ叫んだ。「全員撃て!」
私たちは一斉にM4を構え、鉄人に銃弾を浴びせた。弾丸が装甲に当たって跳ね返り、火花が散る。だが、鉄人は微動だにせず、アヤに近づいた。アヤが懸命にM4を連射するが、鉄人がその銃を掴み、銃口を90度に曲げた。「へぇ!?!?」アヤが素っ頓狂な悲鳴を上げ、鉄人が手を振ると、彼女は銃ごと引っ張られるように草むらまで吹き飛んだ。
サヴィタが叫んだ。「なんだこいつは!」
エリカが私の背後で震えながら叫んだ。「隊長!なんなんすかこいつ!」
私がM4を下ろし、前に出た。「くそっ、やっぱり5.56mmじゃ無理か!サヴィタ!こいつは鉄人だ!こいつに銃弾は効かない!私に任せろ!お前たちは残りの賊をやれ!」
部下たちが夜盗の気配に目を向け、私は鉄人に向き直った。心臓が激しく鼓動する中、小さく呟いた。「一か八か…」
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