第七章 "海蘊の17号"
レイナとサヴィタは西門から帰ると、急いで医務室に駆けつけた。そこには既に虫の息のマーマーンを医療班が取り囲んでいた「大分衰弱してるな…それに、銃傷だと?シティの連中か?」「いいや、マリア達じゃない。連中がマーマーンを襲ったって百害にしかならない。…とにかく…聞いてみるか…」レイナが近づき、膝をついて呼びかけた。サヴィタが隣で見守った。
«Ты меня понимаешь?(私がわかるか?)おい、誰にやられたんだ。名前を言え。…おい。誰にやられた!」
マーマーンが弱々しく目を開け、魚面が震えた。
「Гяо… Наш язык… понимаешь? …Ты — Рейна испытаний?(ギャオ…我らの言葉…わかる?…おまえ、試練のレイナ?)」
「あぁ。そうだ!おまえは?」レイナがマーマーンの肩を軽く押さえた。
«Морская капуста семнадцатый…(海蘊の17号…)」
「モルスカヤ……それがお前の名前か!モルスカヤ!しっかりしろ!誰にやられたんだ!」レイナが声を張った。
«…Не знаю. С неба вдруг… Летящая машина. Люди, у которых глаза светились зелёным, с ружьями…(…わからない。空から突然…空飛ぶ乗り物。目が緑に光ってた人間が銃を持ってた…)»
「緑の目?空飛ぶ乗り物…オスプレイか!?」レイナが目を細めた。
「そうだ…!おい!部隊章!部隊章をみたか!?空飛ぶ乗り物にあっただろ!」
« знак…?(マーク?)
「そうだ!ほら、この、私の肩にあるみたいな奴だ!」
レイナは自分の肩にある、三日月と三本の矢の部隊章をマーマーンに見せながらいった。
« ……Кстати, ……кажется, там был знак с листьями и рыболюдьми.(……そういえば、葉っぱとマーマーンの絵があったぞ)」
「葉っぱとマーマーン…」レイナが呟く。
««Да… Розовая-сама третий номер и Прин-сама восьмой номер уведены…(あぁ…ピンクの3号様、侍女のプリンの8号様が連れ去られた…)»
「ピンクの3号…あぁ、ロザーナ…シーニーの婚約者だな。それと侍女プリンか。どこだ、どこに連れ去られたんだ!」レイナがマーマーンの腕を掴んだ。
«…Не знаю. С неба лес… Очень высоко, но я спрыгнул. Из нашего охотничьего поля к месту, где лев проливает слезы…(…わからない。空から見た森。すごく高くて、でも、おれ、飛び降りたんだ。俺は勇者だ。)
「じゃあどこにいて、どこで落ちたかわかるか!?」
«…от наших великих охотничьих угодий до места, где львы проливают слёзы.(…我らの大いなる狩場から…………ライオンが涙を流す場所に…)」
「大いなる狩場はわかる。ライオンが涙を?どこだそれは…」レイナが首を振った。
«Махо…роба…(母なる…海よ…)」
マーマーンが力尽き、息を引き取った。
「…死にました。」 医療班の一人が静かに言った。
サヴィタがレイナの隣で呟いた。「このマーマーン、よく粘ったな。情報は?」
「はい。タフなやつでしたね。多分こいつは部族長の娘、ロザーナの親衛隊でしょう。ここじゃ駄目だ。大尉、私の執務室へ。」
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レイナとサヴィタが医務室から執務室に移り、情報を整理した。
「本当にマーマーンがそういったんだな?西門のムリン中隊の部隊章をつけたオスプレイに乗った、緑目の連中が銃を持ってロザーナとその親衛隊達を襲ったと」サヴィタがレイナに確認をとる。レイナが「えぇ。正確には草とマーマーンのマークですが、マーマーンに魚とマーマーンの区別なんてつきません。おそらく西門のムリン中隊の部隊章に間違いない。それとマーマーンのいう緑目は、おそらく我々が普段夜間作戦で使うナイトビジョンでしょう。」
「マーマーンの狩場からライオンが涙を流す場所へ…オスプレイを使っての移動か…」サヴィタが眉をひそめながらつぶやく。
サヴィタが腕を組んだ。「マーマーンの狩場とライオンが涙を流す場所とやらについて知ってるか?」
「流石にそこまでは私もわからりません。ですが、マーマーンの狩場からライオンが涙を流す場所って所を地図で結べばオスプレイの移動経路がだいたい掴めます」レイナが顎に手を当てた。
「マーマーンの狩場やその場所の詳細が不明か。逆に、それさえ掴めば突破口が開けるかもしれん。マーマーン達に聞き込みにいけるか?」サヴィタが眉を寄せながらレイナに聞いた。
「…危険だがそれしかないですね。わかりました。私が案内します。シーニーとも私が交渉してみましょう。そういう事ならモルスカヤの遺体を連れて行きます。先もいいましたが、恐らくモルスカヤはロザーナの親衛隊か、死に際のタフさも考えるとかなり上位の戦士階級です。彼らに返して丁重に葬ってもらいましょう。…言っておきますが歓迎されないですよ。命の保証もない。」レイナが決意を込めた。
「あぁ、頼むぞ。」サヴィタが頷いた。
「そういえば、ターラ達はどうでした?」ふと、サヴィタ達が西門の資料室で調べた調査のことを思い出し、結果を聞いた。「あぁ。カンバ門の出入りの記録と帳簿を確認したが――白だ。何も怪しい点はなかった。中尉は何か気づいたか?」「私は何も……あ、いえ。部下のエリカが気になることを。彼らの装備がやけに新しいと言ってました。」私はサヴィタの質問で、運び込まれた重傷のマーマーンの事で頭がいっぱいだった脳から記憶を呼び覚まし、エリカが気づいたこのをサヴィタに説明した。「装備が?」「はい。我々の装備は壁外へパトロールールに赴くことが多く、ジープの塗装やタイヤの摩耗が激しい。しかしムリン中隊のジープはまるで新品のようだったと。また、彼らの装備も統一感がなく、個人で揃えているように見受けられました。支給された装備でなく、自分たちで好きな銃を買い、カスタムしていると思われます。」私がサヴィタにムリン中隊の予算のほとんどを装備にあてており、あまつさえ隊員たちが個人で銃器を揃えられるほどの給与を手にしていることを簡単に説明した。「おそらく、武器商人や男性を拉致した犯人から受け取った賄賂は裏帳簿を作っている可能性があります。」「なるほど…裏帳簿か」サヴィタは私の意見を聞いて、更に考え込んだ。ターラの隠す裏帳簿をどうやって手に入れるか。これが今後の鍵になるだろう。
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場面が西門の監視塔に移り、夜の密会が始まった。ターラ中尉をはじめ、ムリン中隊の幹部たちが集まり、薄暗い部屋で計画を進めた。
「4人目の男性拉致計画だ。次の標的は商会の有力者。息子の誕生日パーティーで屋敷から会場へ向かう車列を夜に襲う。」ターラが地図を叩いた。
部下が確認した。「男性特区からノコノコと出てくるバカがようやく現れたか。警備会社はどこだ?」
「Raksha Tacticalだ。資料によると社員6人、アンドロイド12体、車列は5台。標的は真ん中の3号車だ。」
ネギ女が口を挟んだ。「ターラ、アンドロイドは全部破壊だろうが、護衛はどうする?前に拉致したときもラクシャだったろ。」 それに別の部下も同意する「そうだ。奴らは元軍人だ。きっと対策してる。」
「大丈夫だ。たしかに元軍人が多いが、奴らは実戦経験が乏しい。いつもどおりやればいい。今日の昼も来ただろうから知ってるだろうが、既に調査隊が動いてる。証拠はいつもより念入りに消せ。護衛は皆殺しにしろ。」ターラが冷たく命じた。
「"Sawa!!"(了解!!)」部下が一礼し、部屋が散会した。
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