第十六章 牢屋の聖女"リリー"
ガラクタシティのボス。マリアの末娘リリーちゃんの登場です。無事ったんかワレ!
オスプレイの振動が強くなり、エリカは地面に着陸したのを感じた。俯いていた顔を上げると、他の女性たちも涙で腫らした目で怯えた表情を浮かべている。彼女たちの震える手が互いを掴み、かすかに聞こえるすすり泣きが機内に響く。エリカは深呼吸し、心の中で呟いた。「隊長…早く…。」
後部ハッチが軋みながら開き、冷たい風が吹き込んだ。そこには、電流を迸らせるロッドを持った緑目の兵士たち、白衣に身を包んだ科学者、そしてAK-47を肩に担いだ野党風の男たちが立っていた。エリカが目を細めて観察する。(装備が私たちと少し違う…こいつら、他都市の連中だ…。)キョロキョロと辺りを見渡していると、後ろから兵士が怒鳴った。「何ぼさっとしてんだ!さっさと降りろ!」
背中に蹴りが入り、エリカはオスプレイの外に放り出された。「うっ…いってぇ…!」うめき声を漏らしながら地面に這うと、電流ロッドを持った兵士と目が合い、バチバチと電流がスパークするロッドを向けられる。「ひぃっ…立ちます立ちます!」慌てて立ち上がると、兵士が「…フン」と面白くなさそうに鼻を鳴らした。
「歩け!前に進め!」緑目の兵士たちが後ろから電流ロッドを振りかざし、エリカたちを脅す。彼女たちは慌てて歩き出し、基地の入り口へ向かった。内部に入ると、緑目の兵士たちはゴーグルをヘルメットの上に上げ、素顔を晒した。健康そうな肌艶と鍛えられた顔つきが印象的だったが、エリカの都市の兵士とは異なる部隊章が目に飛び込む。(やっぱり外部の都市の部隊だ…見たことない章だよ…。)
道中、素顔の兵士に混じって背の高いシルエットが視界に入った。鋼鉄の体、緑の目――鉄人だ。エリカが驚きに目を見開くと、鉄人(オットー_15)が彼女を見つめ、緑目を数回点滅させた。エリカは一瞬息を呑み、目を逸らして歩き続けた。
牢屋に到着すると、兵士たちが拉致された女性たちに鉄格子の中へ入るよう促した。エリカも素直に従い、扉が閉まる音が背後で響く。牢内を見渡すと、素足の女性たちが蹲り、虚ろな目で壁を見つめる一方、侵入してきた兵士に食器や糞尿の入ったバケツをぶっかけ、追い返す元気な女性たちもいた。混沌の中にも、どこか秩序が保たれているように感じられた。
エリカがあたりを見回し、マリアの末娘らしき人物を探していると、後ろから声が掛かった。「あんた、シティの人間じゃないね。何者?」
振り向くと、そこにはマリアの末娘リリーが立っていた。14歳ほどの少女で、貴族の血を感じさせる凛とした顔立ちに、鋭い目つきが光る。「もしかして…リリーさん?」エリカが呟くと、リリーが目を細めた。「なんで私の名前を…お前、まさか外の連中と同じ都市の兵士?」
周りの女性たちが一斉に立ち上がり、エリカを睨み始めた。「え、ま、待つっす!私は外の奴らとは別の組織っす!リリーさん!ほら!私っす!レイナ中隊長の金魚のうんち!防衛隊のエリカっす!」と慌てて叫ぶ。
リリーが頭をかきながら呟いた。「あぁ?…あー…そういえば、母さんの客にそんな奴がいたような…。」
「お、お願い思い出して!命の危機!エリカの命が!ほんと!がんばって思い出してほしいっすー!」エリカが周りからのギラギラした目に怯えながら懇願すると、リリーがぽつりと言った。「…うーん、…あぁ、思い出した。いたいた。」
「!!」
「あのタコス好きの。」
「それはリナっすー!!」エリカが膝から崩れ落ち、リリーがコロコロと笑い出した。「お前、いい反応するなぁ。新鮮だわ。」
エリカが立ち上がり、「なんなんスかもう…」とため息をつくと、リリーが笑いを抑えて言った。「いやぁ、脅かしてすまんね。なんせここには娯楽がない。絶望しかないんだ。」
「…絶望?」エリカが聞き返した。
「そっ。」リリーが明るい口調で答えたが、その目は暗く沈んでいた。「ここは狂った科学者の実験施設。私たちは奴らの実験動物。奴らの都合で望まない子を妊娠させられ、腹が裂けて死ぬまで適当に生かされてるだけの肉袋。それが今のあたし達だよ。」
エリカが顔を青ざめ、言葉を失った。リリーが続ける。「でも、ここで生き残るために、あたしがが仕切ってる。あたしがルールを作ったんだ。食事を優先して、みんなで出産を支えて、一人でも、少しでも生き延びられるようにしてる。それでも、死ぬ奴の方が多いけどね。」
エリカが震えながら呟いた。「だ、大丈夫。隊長が…レイナ隊長達が救助に来るよ。…もうすぐだ。」
リリーが目を丸くして聞き返した。「救助?…ほんとに?…そういえば、あんた、なんか情報持ってない?」
エリカがハッと我に返り、「あっ!隊長に連絡だ!」と叫んだ。「えっ?外と連絡が取れるの!?」リリーが驚いて聞き返すと、エリカがポケットから携帯端末を取り出した。「そうっす!あいつら、何故かあたしのこと身体検査しなかったんで、武器も端末もこの通り!」
ナイフと端末を見せ、すぐにレイナにメールを打ち始めた。「リリー嬢と合流!牢屋は地獄!早く助けて!…っと。よし!あとは私の携帯端末に搭載されたGPSを通じて助けに来てくれるっす!」
エリカがリリーを安心させようと、今後の流れを詳細に話した。「隊長が基地で動きを確認して、ジープ部隊でここに突っ込んでくるはずっす。陽動部隊が騒ぎを起こして、その隙に潜入って流れなんだと思う。すぐに助け出してくれるっスよ。」
リリーが目を潤ませ、「そうか…助けが…もう、誰も来ないかと…」と呟いた。先程の気丈な態度が崩れ、年頃の少女らしい表情が現れる。エリカがリリーの肩を抱き、囁いた。「安心してください。うちのレイナ隊長は最強っす。しかも鉄人もいるし、マーマーン達も動いてるっす。」
リリーが涙を拭い、「鉄人?なにそれ。なんでマーマーンが動いてるの?」と聞き返した。
エリカが説明を始めた。「鉄人っていうのは、体が鋼鉄に覆われたミュータント…じゃなかった、旧人類の兵士っす。銃弾が効かないんすよ。最強っス。ここにも1体いたっすけど、あいつら脳内で仲間と会話できるらしくって。この基地にいる鉄人もあたしらの仲間らしいっす。マーマーンは、なんか、この基地のどこかにマーマーンも捕まってるらしくって。その中に部族長の娘さんがいるとか?」
リリーが頷き、呟いた。「へぇ、この基地にそんな奴がいたんだね。しかし、マーマーンか…あいつら、見境ないね。マーマーンは私たちと違って人権とか考えられてないから、もっと悲惨かもね。」
「で、救助はいつ来るんだい?」リリーが聞くと、エリカが首をかしげた。「うーん、よくわかんないっすけど、多分、もうすぐっす!あたしが攫われてすぐに基地を出たと考えると、多分、今日は無理でも…明日か、明後日か…。」
リリーがため息をつき、「なんだかはっきりしないね…まぁいいよ。あんたの存在と、その端末が何よりの証拠だよ!」
リリーが牢内の女性たちに声を上げた。「皆、聞いて!都市の警備隊が救助に動いてくれてるよ!ここに外部と連絡を取るために、救助隊の隊員がスパイとして来てくれたんだ!」
エリカを紹介すると、牢内が色めき立った。「やった!」「助けが来るのね!」「ママに会える!」女性たちが希望に沸く中、エリカがポツリと呟いた。「いや、自ら侵入したんじゃなくって、あたし、普通に捕まったんすよね…まぁ、いっか。そういうことにしとこ…。」
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