第十五章 人間狩り
エリカちゃん可愛い!
ガラクタシティの路地裏、ソフィアのタコス屋「タケリア・ソフィア」は今夜も活気に満ちていた。スパイスと焼けたトルティーヤの香りが漂う中、店の奥のテーブルではトランプが飛び交い、エリカが非番の気楽さで仲間たちとポーカーを楽しんでいた。
向かいにはシターラ、インド系のギャング女が座り、背中の龍の刺青がシャツの隙間からちらりと見える。彼女はカードをシャッフルしながら、エリカに目を細めた。「なぁ、エリカ。お前んとこのレイナ隊長、まだあたしのこと覚えてんのかな?」
エリカはチップを弄びながら、「さぁ、あの人、最近忙しすぎてそんな暇ないっスよ」と軽く返す。シターラはふんと笑い、「この前、お前と一緒にウチのボスに会いに来た時さぁ、お前の隊長、肝が据わってて強そうだったなぁ。あたしが銃を突きつけても涼しい顔してた。けど、マリアさんだって負けてねえ」と過去を思い出してニヤついた。
隣に座るシターラと同じギャング仲間のルナが、瘦せた体を椅子に投げ出して、「シターラ、お前その話何回目だよ。エリカに勝てねえからって昔話で誤魔化すな」とからかう。シターラが「黙れ、ルナ」と睨みつけると、テーブルが笑い声で揺れた。
店主のソフィアはカウンターから顔を出し、「あんたたち、タコス冷めるよ! 騒ぐならもっと注文してね!」とメキシコ訛りで叫びつつ、自分もポーカーに加わる。彼女は一般人で、タコス屋を切り盛りするたくましい女だ。「エリカ、軍の給料で私の店に還元してよ」と冗談を言うと、エリカは「ソフィア、それじゃ破産するって」と笑った。
ポーカーは三巡目。エリカはそこそこ勝ち、そこそこ負けていた。最初のゲームでシターラのフルハウスにやられ、次でソフィアのツーペアに勝ち、最後にルナのブラフを見破ってチップを取り戻した。「お前ら、いい勝負だな」とエリカが言うと、シターラが「軍人様がギャングに負けたらレイナ隊長に怒られるだろ。昔みたいに銃突きつけられたいか?」とからかい半分で返した。
時計が深夜に近づき、エリカはチップを片付けながら立ち上がった。「さて、あたしは程々で切り上げるよ。基地戻らないとまずいし」
ソフィアが「また来てね、タコスおごるよ!」と手を振ると、ルナが「次はもっと負かすぜ」と笑い、シターラが「レイナ隊長に会ったら、あの時の銃の礼でも言っとけ」と付け加えた。エリカは仲間たちの声に笑顔で応え、タコス屋のドアを出た。
エリカが店の前のジープに乗り込もうとしたとき、路地裏で言い争う声がした。エリカは訝しげな顔をしながら路地裏の暗闇を除くと、エリカの背後から暗視ゴーグルを付けた部隊が現れた。エリカが気づく間もなく、背後から腕を掴まれ、口を塞がれた。
「んぐっ!?」彼女がもがくが、兵士たちが手早く彼女をオスプレイに詰め込む。町娘と勘違いされたのか、装備の確認を怠った兵士たちは、彼女の腰に隠された護身用ナイフと携帯端末に気づかなかった。「今回も上手くいったな」「あぁ、やっぱ若い奴は危機感が薄くてちょろいぜ」兵士たちがエリカに背を向けて話をしている。オスプレイが離陸し、エリカは端末を取り出し、背中に隠しながらこっそりメッセージを送った。
"隊長!拉致された!オスプレイの中だ!ナイフは持ってる。他にも女がいる! "
私の返信が即座に届く。"必ず助ける。じっとしろ。可能なら被害者がどこに集められてるか探れ。"
エリカが小さく頷き、端末を隠した。
その時、オスプレイの機内で少女が大声で泣き叫び、抵抗を始めた。「やめて!離して!」
緑目の兵士が苛立ち、少女の顔を平手で何度も殴る。それでも泣きやまない少女を、今度は髪を掴んで引きずる。エリカが息を呑む中、兵士が上空にもかかわらずオスプレイの扉を開けた。少女が「イヤぁ!誰か助けて!」と叫びながら扉の縁にしがみつくが、兵士が無情にも足で蹴り飛ばす。彼女の指が扉に挟まれ、切断された指が冷たい床にポロポロと転がった。扉が閉まり、少女の悲鳴が遠ざかる。
兵士がじろりとエリカたちを睨みつけ、機内に恐ろしい静けさが広がった。拉致された他の少女が恐怖で失禁し、エリカも膝がガタガタと震え半べそになりながら内心で祈った。「この連中ヤバすぎっス!レイナ隊長!早く助けに来て!あたし殺されちゃうッス!!!」
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秘密基地の内部。コンクリートの壁に囲まれた無機質な施設は、薄暗い照明と消毒液の匂いが漂う。ターラとその部隊が到着し、中央の部屋で拉致した男性と少年を科学者に引き渡した。男性は貴族然とした40代の男、少年は怯える10歳の息子だ。科学者の一人が白衣を翻し、冷たく言った。「よくやった、ターラ。これで4人目だ。」
ターラが腕を組んで応じた。「報酬を渡せ。だが、調査隊が嗅ぎ回ってる。今後は納品が難しくなる。報酬額を釣り上げてくれ。」
科学者が眉を上げ、ターラを一瞥した。「ふむ…上に掛け合ってみる。別室で話そう。」
ターラが頷き、科学者と共に部屋を出る。ネギ女がドアの外に立ち、ガムを噛みながら警備に当たった。
別室に入ると、科学者が口を開いた。「君も知っての通り我々は別の都市の住人だ。自分たちの都市ではこんな非人道的な行為はできないが、他所なら気兼ねなくできる。君たちのおかげで研究は順調だ。感謝してるよ。」
ターラが目を細めた。「なら、もし私が危険な状況に陥った時、部下と――最悪、私一人でもそちらの都市に亡命できる準備はあるのか?」
科学者が笑いながら答えた。「心配しなくていい。君の我々に対する貢献は上にもしっかりと伝えてある。ちゃんと受け入れるさ。それより、もっと男性を連れてきてくれ。研究が佳境なんだ。」
ターラが苛立ちを隠せず声を荒げた。「わがまま言うな!私たちだって大変なんだ!護衛との戦闘もあるし、装備だって無限じゃない。何より!我が都市の捜索隊が私達を嗅ぎ回ってるんだぞ!今以下ならともかく、今以上に派手な行動などできるもんか!――それと!私達から買ったオスプレイ!まだ私たちの部隊章が描いてあるままじゃないか!?消せと言ったろ!!まさか、あのまま壁の外の人間やミュータントを捕まえてないだろうな!?」
科学者が手を振って宥めた。「まあ落ち着け。君たちの苦労は分かる。報酬は増額するよう交渉するよ。しかしだな、――」
言い争う声が外まで響き、ネギ女がドアの外で「ヤレヤレ…」と呟きながらガムを噛み続けた。
ネギ女が施設内を歩き回り、ふと実験室の窓を覗いた。そこでは、拉致された男性たちが機械に繋がれていた。股間にチューブが取り付けられ、精液を強制的に採取されている。時折、苦痛のうめき声が漏れる。ネギ女が鼻を鳴らした。「けっ、色気も糞もねぇ。どんなエロい目にあってるのかと見てみりゃ、ただの機械姦とはロマンにかける連中だねぇ…あたしに任せてくれりゃスッと扱いて秒でぴゅっと出させてやるのによぉ。……そういや、ガキはどこにいったんだろ?」
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#### **施設の二つの実験**
施設では、ある組織の手で二つの実験が進められていた。一つは男性の精液から染色体異常を誘発し、「女性しか産まない精子」と「男性しか産まない精子」を作り出す研究だ。拉致された男性からは精子を採取し、女性は強制的に妊娠させられ、胎児を産まされていた。しかし、出産がうまくいかず、母体が死ぬケースが続出。冷たい実験台には、血と涙に濡れた女性の遺体が放置されていた。
もう一つは、マーマーンやミュータントの研究だ。彼らの高い繁殖力と発達した知能を利用しようとしていた。人権など無視され、狭い牢屋に詰め込まれたマーマーンたちは圧迫死する者も出ていた。鉄格子の向こうで、鱗に覆われた体が重なり合い、息絶えた仲間が無造作に積み上げられている。
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#### **ハンスの仲間の潜入**
施設の別の区画。ハンスの仲間、サイボーグのオットー_15が内部を探索していた。鋼鉄の体が薄暗い通路を進む中、緑目の兵士が声をかけた。「おい、そこの鉄人!何してる?」
オットーが無視して歩き続けると、緑目のリーダーが科学者のボスらしき男に苛立ちをぶつけた。「どうやって奴に命令するんだ!確かに銃弾が効かないのは強いが、言うことを聞かないんじゃ意味がない!」
科学者が笑って答えた。「大丈夫だ。いざとなれば停止コマンドがある。それに、我々の研究が成功すれば、彼らは生殖機能を復活できる。そのチャンスがある以上、奴は我々のウィンターソルジャーだよ。」
オットーはその会話を聞きつつ、施設の構造を記憶に刻んだ。だが、内部の核心には近づけず、敵の全貌を掴むには至らなかった。
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#### **マーマーンの牢屋**
施設の地下、鉄格子で囲まれた牢屋。多くのマーマーンがひしめき合い、その奥でピンク色のマーマーン――部族長の娘ピンク3号が、侍女プリンと親衛隊に守られていた。彼女の鱗は淡いピンクに輝き、怯えながらも気品を保っている。
牢屋の扉が開き、電気の奔流を迸らせる槍を持った緑目の兵士が入ってきた。マーマーンたちが「Гьяо!」と叫び、威嚇するが、兵士が一人のマーマーンを電気槍で突き、痙攣し動かなくなったマーマーンを引きずり出す。扉が閉まると、牢屋の外から悲鳴が響き、静寂が戻った。
マーマーンの一人が叫んだ。「こんな死に方は嫌だ!俺はもっと英雄的に死にたい!」
別の者が続けた。「俺も嫌だ!ここで殺されるのを待つなど!こんなことでは死後に英雄の館に導かれるわけがない!戦って死にたい!」
「そうだ!嫌だ!」「俺も嫌だ!」と騒ぎが広がる中、プリンが一喝した。「静かにしなさい!」
彼女が前に出て、毅然と演説を始めた。「マーマーンの戦士たちよ。必ず助けは来ます。部族長が動き、我らが英雄、青の6号様が我らを解き放つ時が来ます。それまではロザーナ様を守るのです。ロザーナ様の盾となり死にゆくマーマーンの戦士たちは無駄死にではありません。次代の命を紡ぐ、大いなる母となるロザーナ様の聖なる盾。この牢屋にいる全てのマーマーンは、ロザーナ様の親衛隊なのです。誇りを持って死ねるのです。今が勇気を見せる時なのです!!」
マーマーンの一人が頷いた。「その通りだ。ロザーナ様だけは奴らに連れていかれるわけにはいかない…」
「そうだな、シーニー様を待とう……」
「必ずや仲間の無念を晴らすぞ!」
「うおー!我らの勇者!シーニー・シェスト!」
「うおー!Махоробаー!(まほろばー!)」
「うるせぇなぁ、ミュータント共……」「もう一匹だすか?」「嫌だよ……あいつら生臭いし、近づきたくない」一度静かになった牢屋が再び騒がしくなり、外の看守たちがうんざりした顔でため息をついた。ロザーナは一人、静かに涙を流し呟いた。「すまぬ皆のもの…すまぬ…」
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