第十一章 臨時キャンプ
ハンスが狩りから戻ってきた。血の匂いを纏い、彼が私に近づいてきた。「レイナ、祖国の生き残りはどれだけいる?繁殖できているのか?」
私はハンスをキャンプから少し離れた場所に連れ、静かに話し始めた。「マリアとその少数は生きているよ。ガラクタシティで暮らしてる。でも、人口減少の原因である男性の出生率が影響してね。ドイツ人の血は少しずつ薄れてきている。純粋な血統はもうほとんど残ってない。マリアは巨大なコミュニティのボスだ。娘が2人。それと貴族時代からついてきてくれている部下数名。だから、ガラクタシティにいるドイツ人は全員で10人かな?みんな女性だよ。」
ハンスの緑の目の光量が暗くなり、明らかに落胆した。「…そうか。新たな同士との再会が、そんな形で終わるのか。」
私が深呼吸し、彼に囁いた。「ハンス、これは、向こうの仲間には決して言わない約束だ。私はサイボーグの生殖機能のロックを解除する方法を知ってる。試しに貴方のロックを解除してあげる。その代わり、援軍としてついてきてほしい。」
ハンスが驚愕し、鋼鉄の体を震わせた。彼らは鋼鉄の皮膚と長寿を手に入れる代わりに、国にすべてを管理されてしまった。それを解いてやるのは実に簡単だ。理由は彼らの時代では非常に複雑な暗号コードだったとしても、それは500年以上も前の話。私は前世でAIについて研究していた工学知識と、現代の科学技術をもってすれば、彼らにかかった生体ロックなど簡単に解除可能だ「何!?生体機能のロック解除だと?…やってくれ。それが本当なら協力する。祖国復活のためだ。」
私が頷き、彼の胸部パネルを開き、持っていた端末からケーブルをのばして内部のコンソールに接続。案の定、彼の生体ロックはとても簡単で、単なるアルファベットと数字の羅列に過ぎなかった。特定のコマンドプロンプトを入力して、「カチャン」と、彼の内部から何かのロックが解除される音が響く。私が再び彼の胸部パネルを閉じると、ハンスが低く唸った。「…これでいいのか?」
「ロックは解除したよ。でも、生殖機能はすぐには復活しない。復活した精巣を活発化させるには栄養が足りない。鉄分とタンパク質をたっぷり摂ってくれ。」私が伝えた。
ハンスが呟いた。「鉄分…血か。ちょうどいい…。生殖機能の復活を確かめてくる。もし本当なら、また合流する。」
彼がキャンプを離れ、森の奥へ消えた。 「……ちょうどいい?……まさかね」レイナは自分が想像した最悪のカニバリズムを否定するように頭を降った。
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私がキャンプに戻ると、サヴィタが近づいてきた。「ハンスはどうした?」
「交渉成立。今仲間を呼びに行ったよ。」私が簡潔に答えた。
私はオークン・デヴィトナーッツァトゥイのそばに座り、彼に水筒を渡した。「Гьяо… Спасибо(ありがとう…)」と少年が震えながら受け取る。その怯えた目が少し和らぎ、私は微笑んだ。 エリカが「そいつかわいいっすね」「……そうね」エリカもこの少年マーマーンに母性をくすぐられたのかもしれない。かくいう私も、両手で水筒を持ち、魚面ゆえか、口から水をこぼしながらクピクピと水を飲むオークン君に癒やしを感じている。それだけでも恐ろしきサイボーグの魔の手から救い出した価値がある。
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サヴィタがジープに戻り、一人端末を開いた。近未来風の薄いスクリーンが光り、彼女が上官に報告を始めた。「サヴィタです。こちらは現在犯人の乗ったオスプレイの逃走経路と思われるカジノ跡地にキャンプを設営。道中夜盗の襲撃を受けましたが警備体と共に退け、さらにカジノ跡地を根城にしていた鉄人と遭遇。レイナ中尉の協力で鉄人とコミュニケーションを図ることに成功。状況を安定させました。さらに、鉄人からもたらされた情報によると、オスプレイはカジノ跡地から北へ向かうとの情報を得ました。」
サヴィタが現状を完結に報告すると、端末から上官の声が返ってきた。「……ザザッ……鉄人とは何だ?新手のミュータントか?」サヴィタは上官の質問に答えた「レイナ中尉によると、彼等は最長500年以上の長寿を誇る旧人類の兵士だそうです。皮膚は鉄で、目が緑に光りますが、拉致とは無関係とのこと。鉄人は現時点で1個体しか確認されておりませんが、どうやら離れた所に仲間がいるようです。」「それもレイナ中尉の情報か?なるほど、マリカ中佐の推薦だけあって、誰よりも都市の外の生態系に詳しいようだな。そのレイナという者は。どうだサヴィタ大尉?彼女は引き抜けそうか?」サヴィタが一瞬黙り、答えた。「彼女は確かに有能です。捜索に大いに貢献している。ですが、彼女の意見を尊重することが重要かと。それが彼女の本音を引き出す鍵になると思われます。」 「……ザザッ……ふむ。貴官の判断に任せる。引き続き報告を頼む。」上官が通信を終えた。サヴィタが端末を閉じ、レイナを遠くから見つめた。 「引き抜き……か、確かに彼女は有能だ。だが、どうにも彼女が私の同僚になるビジョンが見えんな……」サヴィタは悩んだ。妊娠券の獲得にも興味を見せず、21歳という若さで既に職業軍人の才覚を見せる彼女が、自分の部署でどのようなスポットに座るのか。ふさわしい席が全く想像できないでいた。上官の言うように彼女は優秀だが、彼女の才能はここ、壁の外でこそ輝くのではないか?そうサヴィタは感じていた。「まずは本人の意思確認だな。」
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「レイナ、ちょっといいか?」
サヴィタがジープから降りて、私に近づいてきた。彼女の声はいつも通り落ち着いていたが、どこか探るような響きがあった。私はオークン君のそばから立ち上がり、彼女の方へ向き直った。
「何だい、大尉?」私が首を軽く振って尋ねると、サヴィタは一瞬目を細め、遠くの霧が漂うカジノ跡地の廃墟を見ながら口を開いた。
「レイナ、都市での暮らしに憧れはないのか?」
その質問に、私は少しだけ眉を上げた。都市か…。正直、あまり考えたこともなかった。壁の外での生活が長すぎて、都市のことは遠い世界のように感じる。私は肩を竦めて答えた。
「憧れ、ねぇ…。別にないかな。都市は私には窮屈そうだ。部下たちと一緒に壁の外で動いている方が性に合ってるよ。それに、都市のルールやしがらみって、私には面倒なだけだ。」
サヴィタが軽く頷き、続けた。「そうか…。確かに、お前は壁の外でこそ輝くタイプだな。だが、都市には都市の利点もある。安定した生活、医療、教育…それに、妊娠券だって手に入る。子供を持つ選択肢も広がるだろう。」
妊娠券という言葉に、私は一瞬だけ目を伏せた。サヴィタがその話題を持ち出すのは、彼女が妊娠券のためにこの任務に志願したからだろう。彼女の動機は理解できるけど、私にはピンとこない話だ。
「妊娠願望がないらしいが…その理由はなんだ?お前、21歳だろう?都市なら適齢期だ。子供を持つことに興味がないのか?」サヴィタの声には、純粋な好奇心と少しの困惑が混じっていた。
私は小さく笑って首を振った。「興味がない、って言うか…必要性を感じないだけだよ。私は男にも女にも惹かれない。恋愛とか、そういう感情が自分の中になくてさ。部下たちが家族みたいな存在だから、それで十分だ。」
サヴィタが目を丸くして、私をじっと見つめた。「…そうか。恋愛感情がない…。それは珍しいな。だが、お前らしいと言えばお前らしい。」彼女が少し考え込むように顎に手を当て、続けた。「でも、レイナ。子供を持つことは、恋愛とはまた別だ。都市では人工授精も可能だし、遺伝子を選んで…」
「大尉、私はそういうの、いいよ。」私は彼女の言葉を遮って、軽く手を振った。「子供を持つ意味が、私にはわからない。部下たちを守ることで手一杯だし、この世界で子供を育てるなんて、考えただけで気が重くなる。私の人生は、戦うことと生き抜くことでできてる。それでいいと思ってる。」
サヴィタが静かに息を吐き、私の言葉を噛み締めるように頷いた。「…なるほどな。確かに、この世界で子供を持つことは、簡単な選択じゃない。だが、お前の生き方は…潔いな。自分をよく理解してる。」
「まぁ、そういうことだよ。」私は小さく笑って、話を切り上げようとした。だが、サヴィタがもう一つだけ質問を投げてきた。
「一つだけいいか?レイナ、お前…都市に戻る気は、本当にないのか?もし、私の部署で働いてみる気はないか?お前なら、都市でも大いに活躍できると思うんだ。」
私は一瞬考えて、首を振った。「悪いけど、大尉。私はカスク中隊の隊長として、ここで生きていくつもりだ。都市に戻る気はないよ。私の居場所は、壁の外で部下たちと一緒だ。」
サヴィタが小さく微笑み、軽く肩を竦めた。「…そうか。わかった。だが、もし気が変わったら、いつでも言ってくれ。私の部署には、お前のような人材が必要だ。」
「ありがと、大尉。でも、今はこのままでいい。」私はそう答えて、オークン君のそばに戻った。サヴィタは私の背中を見ながら、何かを考えるように立ち尽くしていた。
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