第十章 鉄人間
「一か八か…歌詞を間違えるなよ、私…。」
深呼吸し、ドイツ国歌「Deutschlandlied」を歌い始めた。
«Deutschland, Deutschland über alles, über alles in der Welt…»
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鉄人がゆっくり近づいてきた。私の仲間とサヴィタたちがM4を構えるが、私は手を上げて制した。「無駄だ。弾は効かないよ。見守ってて。」
鉄人がドイツ語で話しかけてきた。「Warum singst du dieses Lied…(なぜその歌を…)」
私が英語で答えた。「すまない。ドイツ語はわからない。英語なら話せる。あなたの階級は?」
鉄人が沈黙した後、スワヒリ語で応じた。「……ドイツ陸軍所属。サイボーグ空挺部隊、ハンス・シュミット少尉だ。言え、なぜ我が祖国の歌を知っている。」
「あなたの祖国は滅びたけど、子孫は生きている。私は彼らの友人で、あなたの国をよく知ってる。当然、この国歌も受け継がれている。」私が冷静に答えた。
「なんと…同士が生きているのか。それはどこだ。同士たちはどこに住んでいる?」ハンスが声を震わせた。
「ここから南にあるガラクタシティだ。そこのボス、マリア・マルティネスは元ドイツ貴族の生き残りだよ。」私が説明した。
ハンスが一瞬黙り込んだ。私は続けた。「実は、マリアの末娘が攫われた。私たちはその捜索隊だ。何か手がかりが欲しい。」
ハンスが首を振った。「確かに、このカジノ跡地上空をオスプレイが飛んでいた。北へ向かうのを何度も見た。奴らは光学迷彩と暗視ゴーグルで武装した都市の兵士だ。」 私がサヴィタに振り返った。「オスプレイは北へ。ハンスの情報で確信が持てた。」
サヴィタが頷いた。「監視カメラを設置しよう。ドローンで追跡する準備も急ぐ。」ハンスの案内で、私たちはカジノ跡地の廃墟の中にモニターや通信機材を運び込み、監視所を設立した。ハンスが低い声で言った。
「カメラを設置するならここだ。この上空をオスプレイが通る。」 「わかった。ラヴィ。聞いてたな?ここにカメラ設置だ」
サヴィタがハンスの言葉を聞き、部下にカメラ設置を命じ、私はエリカとアヤにキャンプの準備を進めさせた。
しばらくみんなの様子をみていたが、ふとハンスに気になっていたことを聞いてみることにした。
「ハンス、貴方は彼らの仲間?」私が眉を上げた。
「別に仲間というわけではない。奴等とは利害が一致しただけだ。私の仲間とは、第三次大戦で生き延びたサイボーグだ。あの戦争を生き残った我らは現在、各地で傭兵として活動している。ドイツの衛星ネットワークがまだ生きていて、俺たちはチャットで繋がっている。そこで常に情報を共有しあっている。」ハンスが淡々と語った。 「利害の一致?」私が聞き返すと、「私のメンテナンスに必要な潤滑油とパーツをくれる約束をしたのだ。潤滑油はどこでも手に入る代物だが、パーツはそうは行かない。代用の効かない精密な場所なのだ。」「……なるほどね」彼らは弾丸の効かない鋼鉄の皮膚をもち、突けば人体を貫通させるほどの筋力があり、多少の損傷は溶接で直してしまう。だが、鋼鉄の皮膚に守られた内部は精密機械が隠されているのだろう。
それからしばらく、ハンスと仲間の鉄人達の事を聞いていると、ハンスが突然森の奥へ走り出した。直後、マーマーンの悲鳴が響き渡る。私は驚き、「ハンス!何!?」と叫んだ。彼が戻ってきた時、その鋼鉄の腕には生きたマーマーン戦士が掴まれていた。小柄な少年で、青みがかった鱗が震えている。ハンスが淡々と言った。
「こいつが隠れてた。食料にちょうどいい。」
私が慌てて駆け寄り、彼の腕を掴んだ。「待って!殺さないで!」
ハンスが私を見下ろした。「私の動力は太陽光とバイオエネルギーだ。ミュータントを食って動いてる。このサイズなら1月分だ。」
「わかった。でもこいつは殺さないで。私が話を聞くから。」私が懇願すると、ハンスはしばらく無言だったが、ぱっと手を離した。マーマーンの少年が地面に倒れ、尻もちをつく。
私が少年に近づき、優しくマーマーン語で問いかけた。「Говори, кто ты и что здесь делаешь?(話せ、お前は誰でここで何をしてる?)」
少年が震えながら答えた。
«…Я Окунь Девятнадцатый… Синий Шестой青の6号様の命令だ。レイナ、お前を監視しろと言われた…」
「名前は?」
«……Блюгилл номер девятнадцать(オークン・デヴィトナーッツァトゥイ)」
「ブルーギルの19号か。シーニーが私を尾行させたんだね。」私が目を細めた。
私がマーマーンの少年を見下ろした。「監視するならそばにいろ。私と一緒にいれば襲われない。」
オークン・デヴィトナーッツァトゥイが怯えた目でハンスを見上げ、私にしがみついた。「Гьяо… Почему я жив?(なぜ私が生きてる?)」
「君が小柄で、食べるのにちょうどいいサイズだったからさ」私が軽く笑うと、彼はさらに悲鳴をあげ、私の脚にすがりついた。ハンスが「こいつが駄目なら別のミュータントを探してくる」とキャンプを離れた。
キャンプの設営が完了し、私は無線で基地に連絡を取った。「基地、こちらレイナ。野党に襲われたが、なんとか切り抜けた。鉄人が現れ、マーマーンの少年、オークン・デヴィトナーッツァトゥイを保護した。状況は安定している。」
基地からの応答が返ってきた。「了解。隊長、鉄人ってなんですか?あと、マーマーンがどうしてそこに?ついてきてくれなかったんじゃ?それも本部に報告します?」
「マーマーンと鉄人については後で詳しく報告するよ。とりあえず今は捜索を優先する。報告終わり」私が返し、無線を切った。
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ハンスが森に消え、私はオークン君を座らせて落ち着かせていた。サヴィタが私に近づき、訝しげに聞いた。 「レイナ中尉、あいつは何者だ。どうやら今は敵対してないようだが……中尉が歌った歌は奴の停止信号か何かか?」
私が説明を始めた。「ハンスは旧人類が繁栄していた時代から生き残ってる長寿な軍人です。私が歌ったのは彼の故郷、かつてドイツと呼ばれた国の国歌。もう忘れ去られた歌だけど、」
サヴィタが眉を寄せた。「ちょっと待て。お前、やけに旧人類の事に詳しいな。」
私が軽く笑って答えた。「彼らの事は前から聞かされていたんですよ。ガラクタシティのマリアにね、彼女はドイツ人の生き残りで、元は貴族だったそうです。マリアの部下にも、まだ何人かドイツの血を色濃く受け継いでいるん。」
サヴィタが驚愕を隠せず呟いた。「そうか…貴族か。それで納得した。」
「ざっとハンスは500歳ってとこか。ハンスには仲間がいる。うまく交渉すれば味方になってくれるかもしれない。」私が提案した。
「わかった。だが、あの鉄人をどうやって制御する気だ?」
「制御じゃないよ。信頼だ。彼は孤独で、故郷を懐かしんでる。そこに付け込むしかない。」私が静かに答えた。
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