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全中地区予選

 全中、地区予選。俺は、レギュラーメンバーに選ばれ、それも、大将で出ることになった。

 3回戦の相手は、西高校・神代。

 剣道の団体は、先鋒・次鋒・中堅・副将・大将の、5人制。

 副将までの結果は、1勝2敗1分。

 取得本数は、自分チーム、相手チームともに、2本。

 つまり。

 引き分けで、うちのチームの負け。

 勝てば、うちのチームの勝ち。

 そんな状況で、おれの番が回ってきた。

 先生が、俺の肩を、とんとん、と、叩く。

「あいつのデータは、確かに存在しない。なぜなら、あいつは西高で、一番強い。だからこそ、出さなかったんだろう。俺も、同じ考えだった。だから、お前を今までほとんど試合に出さなかった。そして、ここで大将に持ってきた。ただ……」

 先生は、下を向き、少し、泣きそうな声になっていた。

「前の4人には、しっかりと勝ちで回してほしかった。おれの教え子の、あいつ相手には……」

 先生の、教え子。

 審判が、呼んでいる。

 俺は、先生の方を向いた。

 先生は、目を逸らした。

 俺は、神代と対峙をした。

 強いやつ特有の、黒く、すべてを吞み込んでしまいそうな瞳が、面の奥に見える。

 姿勢がいい。

 

「始め!」

 試合が、開始された。 

 相手は、何も打ってこない。

 俺も、相手の構えが綺麗すぎて、小手も、面も、胴も、打てない。

 どうにかして崩さなきゃ……。

 瞬間。

「メエエエエエエエエンン!」

 すごい速さで飛んできた。

「面アリィィィィィィッッッ!」

 速すぎる。

 全然、見えなかった。

「2本目!」

 相手の構えを見る。

 俺の首元に、剣先の延長戦がぴったりとくっついている。

 怖い。

 どこから飛んでくるのか。

 怖い。 

 怖い……。

『魔法の呪文です。周りに聞こえないくらいの小さな声で、怖い、怖い、怖いって、のぼってる間ずーっと言い続けるんです。それだけです。すると、あら不思議!落ちている時、全っ然怖くないじゃないですか!』

『あなたなら絶対に、この魔法を発動できる。僕にはわかります。信じて。』

 魔法の呪文……。

 怖い怖い怖い……。

 あれ……?

 相手、面を、打ってこようとしている……?

 でも、怖くない。

 落ち着け……?

 違う! フェイントだ! 面を打とうとする、「見せかけ」。

 面のフェイントをするときは、たいてい、小手がスキになる。

 

 俺は、神代の小手に、竹刀をぶち込んだ。

「コテェェェェェェェェェェッッッ!」

「小手アリィィィィィィッッッッッ!」

 ハア、ハア。

 顧問の塚本先生の方を見た。

 塚本先生は、目を丸くしている。そして、とても、輝いている。

 そして、息を大きく吸って、叫んだ。

「いいぞ、岩田! もう1本!」

 

 試合開始から3分。残り時間、1分。

 戦況は、1本対1本で、引き分け。

 このまま、時間が来たら、うちのチームが負ける。

 しかし、時間内にもう1本入れたら、うちのチームの勝ち。

 神代の黒目は、ぎらついて、どうしても、そのまま、呑み込まれそうになる。

 その目を見て、何かを思い出す。

『せんせー、なんで空は青いの』

 あれは昼の1時くらいだった。

 慧汰君と一緒に泥団子を作っている時。

 ふと空を見上げ、思った。

 なぜ、空は青いのか。

 そして、先生に聞きに行った。

 先生は、答えた。

『それはね、隆斗くん……』

 瞬間。

 神代の竹刀が、わずかだが、俺から見て、右にずれた。

 剣先の延長が、おれの首から、外れた。

 面に、スキが、できている。

 行ける。

 最後。ここしかない。

「うおおおおおおおっっっ!」

「岩田、いけえええええっ!」

 おれは、最強の、最短の面を。

 あれ。

 神代が、いない……。

 その瞬間。

 右の腹に、大きな衝撃が走った。

「ドォォォォォォォォッッッッ!」

「胴アリィィィィィィィィィッ!」


 誘われた。

 面を。

 そして、おれの面をよけ、空いた胴に、ブチ込んだ。

 俺が。

 チームを。 

 負かせてしまった。

 神代の、最強の応じ技。

 抜き胴。

 まんまとやられた。


 選抜メンバーに入っても、こうして夢って、朽ち果てていくんだな。

 ああ。

 俺の、音楽の夢も。

 こんなふうに、朽ち果てていくのかなぁ。

「無理だって思っても、やってみた方が、ワクワクするじゃん」

 やってみた方が。

 ワクワクしてくるから。俺は。

 やってみる。

「お前さあ、この成績……4がついてる教科、全部、『思考・判断・表現』がBになってない……?」

 この発言で、少しだけ、希望は出てきたから。

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