表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/34

Snowing spring

 すごい人だかりの中で大雅は、C-6番ゲートを探している。

 夜は更け始めている。

 日曜日のこの時間は普段、おれも、大雅も、授業を受けている、はずだった。

「おい、大雅」

「なんだよ」

「塾マジで休んでいいんかな〜」

「大丈夫だって! おれが、隆斗も試合で行けないって言っといたから」

「マジかよ〜、結果とか聞かれたらどうする〜」

「優勝しましたでいいだろ、あ! 見つけたあそこだ!」

ゾロゾロと多くの人がドームの中に入っていく。みんな、冬月さんのストラップとか、イラストが描かれたタオルとかを身につけている。

 なんか、初めて知った気がする。クラスでは、俺と大雅しか聴いてなかったのに。

 冬月さんのファンって、こんなにもたくさんいたんだ。

 親に塾行ってくるって言って、自転車で駅まで行って、そのまま、ここまで来てしまった。

 なんか、ドキドキする。ズルしてるみたいだけど、大雅とズルして塾を休んでいるから、心の隅っこにとても深い安心感があり、そこにしがみついているような感覚がある。

「隆斗、あの列に並ぼう」

「うん」

 お兄さんにチケットを見せ、リュックの中身を見せた。C-6のゲートをくぐると、ちょっとした廊下がある。その奥に観客席への小さな入り口がある。カーテンがかかっていて、そこをくぐるみたいだ。

「いこう」

「うん」

 カーテンをくぐった。

 目の前が、薄暗く、とても広い空間へと変わった。

 ぼんやりと、歌詞なしの知ってる曲が流れている。

 大きなモニターが前にあり、そこに大きく、冬月、と書いてある。

「こっちだ」

「うん」

 俺は、大雅の後ろに着いていく。

 2階スタンド席の、丁度真ん中。全体が見渡せる。

 人がたくさんいる。

 前にステージがある。

 あそこで、冬月さんのは歌うのか……。

 

会場が、一気に暗くなった。

 鼓動が早くなる。

 歓声が上がる。

 マイクから、綺麗な歌声が聞こえる。

 そして、ワンフレーズ歌い終えると、長めの間奏に入ると同時に、ステージが白のライトで一気に照らされた。

 そこには。

 

 本物の冬月さんがいた。


 モニターに大きく映し出される冬月さんは、大きめの、黒い、ダメージの入ったパーカーのフードを深く被り、マイクを持ち、猫背、マスクをしていて、目は見えない。

 そして、間奏の間に、冬月さんが話し始めた。

「……冬月と申しま……す。お願いしまーす……」

 ……あれ。

 ……喋り口調は、いつも歌う時の冬月さんとは打って変わって、小さく、弱々しい声なんだ……。

 間奏が終わり、Aメロに入る。

 ステージの照明が緑に変わり、それと同時に会場のブレスレットも緑に変わった。

「なあ、隆斗」

「うん。初めて」

「初めて聞いたよな、冬月さんの話し声」

「うん」

「あんな感じなんだ……」

 サビに入った!

 会場が一気に赤色に変わり、レーザー光線がバーっと出てきた!

 ハイトーンボイスの彼は、フードを取り、力強く歌う! でも、演出で目のところはライトが照らされないで、暗くなってるから顔は見えない。

 曲も調が変わっては戻り、テンポが早く、そしてとても綺麗な声!

 男性にしては超高難易度なhiGの音も、下を向きながら一気に歌い切った!

 カッコ良すぎる!

 サビを歌い切った冬月さんは、少し息切れをした様子で、また、フードの中に隠れてしまった。

 すごい。

 すごすぎる。

 あんな話し方の人でも、こんな大人数の前で、痺れるような歌声で、歌うことができるんだ。

 そんなことが、現実にあるんだ。

 歌い手の世界って、すごい……。

 

 その後も2曲ほど歌い終えた後、少し間が空いて、スポットライトの当たる冬月さんが口を開いた。

「……こんにちは」

『きゃーーー!』

『うおーーー!』

 歓声が上がる。

「……頑張って歌うから、お願いします……。そういえば、さっき、ラーメン行ったら、美味しくて、みんなも行くといいと思いますよー……」

 フードに目が、隠れている。

「冬月さんって、あんな感じなんだな……」

「うん……でも、なんか、すごいよね」

「すごい」

「ちなみに、今日、Snowing springって名前のライブなんですけど、隠された理由があって……あるんですが……」

 おおおおっ!と歓声が響く。

 なんだろうか。

 springは春って意味だから、今春だからでしょ?

 冬月の冬だからその感じでsnowだと思ったけど、冬はwinter、じゃあ、snowは……

「……僕の、友達が来ていまーす……」

 snowは、雪……。つまり、まさか!

「僕の友達……ゆきとPです……」

 え!

 まじか!

 後ろから、サングラスをかけた、ベージュのスーツのジャケットのようなシャツにインナーは白のTシャツ、ズボンは黒のデニムというキレイめコーデで、ゆきとPが現れた!

「こんにちはー!ゆきとでーーーす!おーい、冬月、テンションひきーよ! もっと上げてかねーと!」

「……お前みたいに元気出ないよ……。」

「あー?もう曲作ってやんねーぞ?」

「……勝手にすればー……。おれ一応、作曲できるし」

「あー! 言っちゃった。俺音大出てるけど? それも名門の日本音芸出てるけど? 俺に勝てるの?」

「……作れるし」

「じゃーお前の作った曲聞かせてみろよ」

「……いいよ」

 ステージが、一気に暗くなった。

 冬月さんが自分で作った曲……?

 初めて聞くかも……。

 ステージの照明が赤一色に照らされた。

 激しいドラムが一気に鳴り響く。

 そして……。

「ワァァァァァッッ!」

 冬月さんが、ダミ声で渾身の叫び、シャウトを入れた。

 そしてそのまま超ロック調のAメロが始まる。

 冬月さんはフードをつけながら、頭を上下に動かしながら、迫力のある声で歌っている。

 冬月さんは、フードを取った。

 アッシュグレーで短髪ツーブロックの髪が顕になる。顔は、マスクをしているのと暗くなっている演出で見えない。

 照明が、水色で照らされた。

 サビに入った。

 ゆっくりとした、優しい歌声で、会場を包み込んだ。

 声は高い。綺麗すぎる。

 何故かはわからない。

 でも。

 すごく、震える。

 いつもボカロの曲を歌ってるのに、こんな全然違う曲を作って、こんなに感情を動かすことができるのか。

 たくさんの、声を、彼は持っているんだ。

 サビが終わると、また。

「ワァァァァァッッ!」

 とシャウトを入れ、そのまま歌い続けた。


「おいおい、めちゃくちゃいい曲じゃねえかよ! 冬月!」

 ゆきとPも少し驚いている。

「……そうかな、本当はあんまり自信なかったんだけど……」

「いい曲だよな、みんな!」

『ワァァァァァ!』

 歓声が上がる。

「……ありがとう。」

『キャーーーー!』

「ゆきとPも、歌いなよ……」

「え? おれも!?」

「うん……」


 そうして歌い出したゆきとPは、冬月の力強くもしっとりとした声と比べて、軽やかな、でも高い声もスッと耳に入ってくるような声だ。

 サビに入った。

 高音は、俺たちの心へ訴えかけているような、ハッキリとした発声で。

 とても、上手だ。

 とても。

 ゆきとPは、曲が作れる。

 それしか知らなかった。

 でも、歌うとこんなに、上手なんだ。

 そういえば、ボカロPから歌手になった人とか、多いよな。


 ていうか。


 脳内に、一気に流れ込んでくる。修学旅行の帰りのバスで、昌磨に勧められ、思いっきり、流行っているブルパミの歌を歌った情景が。

 そして、歓声。

 楽しさ。

 盛り上がり。

 あの、団結。


 今、ドームの2回席の真ん中。

 会場の全体が見渡せるその席で、その情景と今目の当たりにしている景色を照らし合わせる。


 スケールが、違いすぎる。

 あの時と。

 こんな大人数の前で。

 でも、わかる。

 あんなに、人前で話すことが恥ずかしくても。

 自分が好きな曲だったら。

 みんなに自分の歌を聞いてもらうこと、そして、共感してもらうことは、楽しい。

 すごく、楽しい。

 光、声、演出、友達、そして、ファン。

 声を使い分け、自分の思い通りの曲を、聞いてくれる人がこんなにも。

 こんなにも、たくさんいる。


 立ってみたい。

 あそこに。

 今すぐにでも。

 立ってみたい……。

 

「おい、隆斗」

「何だよ」

「おまえ、何でそんなに泣いてんだよ!」

「え? 泣いてる?」

「何で気づかねえんだよ! 涙でボロボロじゃねえかよ!」

「……ああ、そっか」

「でもお前、泣いてるのに」

「うん」

「お前の目、めちゃくちゃ」

 大雅の方を見た。

 大雅は、驚いた顔で俺を見ている。


「輝いてるぞ」


「輝いてる……?」

「うん。めっちゃ、輝いてる」

「そっか……」

「とりあえず拭け! ほら!」

 大雅は、俺首から下げている冬月さんのタオルを、俺の目に押し当てた。

――

 電車の中の景色が、動いているのに、止まっているように思えるのはなぜだろうか。

 左の窓に肘をかけ、ぼーっと、外の景色を眺めながら、そう思った。

 星が煌めく。

 2人席の右側では、大雅がスマホをいじっている。

「……なあ、大雅。楽しかったな、今日」

「ああ……てかお前、途中、めっちゃ泣いてたじゃんマジで、おれも感動したけど、ほんとすごかったよな」

「ああ……。すごすぎて、言葉にならなかった」

「だよな」

 電車の中の景色は、どんどんと進んでいく。

「……なあ、隆斗」

「ん?」

「自分のやりたいことを追いかけるのも、悪くないかもよ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ