表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/34

現実逃避

 隆斗に正体がバレちゃった、あの日。

 俺、現実逃避の道具でしかないとか言って、隆斗の思いを踏み躙っちゃったのかな。

 隆斗が夢見てた、あのSnow springの舞台は……。


 ……ふと。

 舞台のRYUTOの MCに、耳を向けた。

「……あの、最高の舞台は……俺が夢見てた、あの、冬月さんは。俊太、お前にとって、音楽は、ただの夢から逃げる現実逃避でしかなかったのかよ。ただの、春高に行きたいっていう夢から逃げるための、道具でしかなかったのかよ! お前、本当は、音楽、好きじゃねえんじゃねえの」

 会場がどよめく。

「……おい、俊太。出てこいよ」

 ……は?

「舞台の上に出てこいよ」

 ……嫌だよ。

「早く出てこいよ!」

 ……嫌だよ。音楽は、俺にとって、夢から逃げるための道具でしか……。

「……お前に、最高の景色を見せてやるからよ」

 最高の、景色……。

「お前の大好きな、ドキドキな、ワクワクな感情を、見せてやるからよ……」

 ドキドキ、ワクワク……。

 俺の、大好きな感情。

「ステージに出てきてみろよ。ちょー快感だぞ」

 快感……。

 体が、勝手に動いていく。

 前に向かって、勝手に動いていく。

 階段を、一段一段上がる。

 舞台には。

 冬月と、書かれたタオルを掲げた、隆斗がいた。

「来たな、冬月。……サングラスを外せ。そして、みんなの方を見てみろ」

 KENJIさんがマイクを渡してくれた。

 サングラスを外す……。

 音楽は、現実逃避の道具でしかなくて。

 俺は、冬月は、俊太ではなくて……。

『お前の大好きな、ドキドキな、ワクワクな感情を、見せてやるからよ……』

『俺、今、久々に、めっちゃドキドキしてる』

『それ、最高の感情だよ! 俊太!』

 ……サングラスを外し、観客席を見た。

 

 4万人の人が、青く透き通った空の下で、俺のタオルを掲げている。

 俺の目の前の景色が、俺のタオルで、埋め尽くされている。

 なんだ、この景色。

 なんだ、この感情は。

 俺。

 ドキドキでも。

 ワクワクでも。

 ない。

 でも。

 俺。

 今。

 本当に。

「……しくて」

「んー? はっきりと言ってみろ、冬月……」

「嬉しくて、俺が、ずっとやってきた音楽を、こんなに応援してくれる人がいるなんて、嬉しくて……」

 目から、水が、止まらない。

 最高の、景色。

 最高の、感情。

 嬉しいって言う、感情!

「俊太。これは、お前が、音楽の力で、作り出した景色なんだよ。音楽には、人を動かす力がある。俊太、お前は、これだけたくさんの人を、音楽で、動かしたんだよ」

「……みんな、ありがと……」

 声が、震えてる。

「ワァァァァァ!」

「なあ。冬月」

「何だよ、RYUTO」

 スゥーっと、RYUTOは息を吸った。

「冬月はァー、音楽、好きかァー!?」

 ……俺は、単なる現実逃避かと思っていた。

 夢から遠ざかるための道具としか、思っていなかった。

 でも。

 こんなにたくさんの人に。

 俺を。

 見てもらえてる。

 こんなにたくさんの人が。

 俺のタオルを、掲げている。

 ずっと、匿名の人だった。

 でも。

 俺のファンが、冬月のことが好きな人が、こんなにも。

 本当に、こんなにも、いたんだ。

 ……そんなん、答えは、決まってるじゃん。

「ああ、大好きだ」

 隆斗が、ニヒッと笑って、右手にピースを作って、天高らかに掲げた。

 

「俺の勝ち!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ