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「テストも終わったことだし、2年の復習をする」

 5時間目の理科室。目の前の大きな窓を見ると、海が西陽に照らされて、少し寂しい雰囲気を醸し出している。

 その下で、サッカーボールを2年のやつらが追いかける。

「みんな、『酸化』って覚えているか。燃焼などで鉄やマグネシウムが、酸素を含み、酸化鉄、酸化マグネシウムになる現象だ」

 先生用の大きな机には、細く薄い、リボンのような形をしたマグネシウムである「マグネシウムリボン」が2本と、「うすい塩酸が入った試験管」が2本、そして、燃焼の際に使う「マッチ箱」と「ピンセット」、燃えた後の物質を置くための「銀の皿」が並んでいる。

「ここに、マグネシウムの酸化の実験ができる用意が並んでいる。この実験の内容とその結果は受験に頻出だが、危なくて実際に班ごとにさせることができない。だから、2年の頃は、スチールウールを燃やす、酸化鉄の実験のみだった」

 先生は、俺達を見渡す。

「だから、この実験を、代表者2名にやってほしい。実験の内容は、あえて言わない。本当にしっかりと復習が出来ている奴なら、出来る。安全面は先生が責任を持って見守るから安心しろ」

 マグネシウムの燃焼。

 まず、1本目のマグネシウムリボンを1本目の試験管に入ったうすい塩酸に入れると、「細かい泡」がマグネシウムリボンの周りに着く。

 そして、ピンセットで2本目のマグネシウムリボンをつかみ、マッチで火をつける。

 すると、燃え、「酸化マグネシウム」に変わる。

 それを、2本目の試験管に入ったうすい塩酸に入れる。

 何も起こらなければ、「酸化」に成功。実験は、成功となる。

 でも。

 言葉や式はわかっても、実験の流れまで細かく暗記している人なんて、いないんじゃないか。

 太雅と、おれくらいしか。

「誰か、いないかー。誰か……」

 その間、5秒。

 震える手で、隆斗が手を挙げた。

 お前。

「お、岩田。じゃあ、前へ出てこい。はい、あと1人」

 お前に。

 できんのか、本当に。

 なんで、そんなに、無理をするんだよ。

 本当に意味わかんねーよ。

 こんな実験、本当に理科が好きじゃなきゃ、出来ねえよ。

 なのにこんなところで手を挙げて。

 前の持久走でも、最初から飛ばして、最下位で。

 こんなことばっか、しても意味ねーのに。

 意味ねーのに、そこまで。

 隆斗は、周りを不安そうに眺める。

 ……やっぱり、できねえんじゃん。

 ……何で、前に出たんだよ。

 ……めんどくせえ。

 頭のいい奴って、本当に、めんどくせえ。

 今週で、多分、内申全て付け終わるんだろ。

 今、金曜日の5時間目だぞ。

 もう、後ねーじゃんかよ。

 西陽が、試験管の中の塩酸をキラキラと輝かせる。影の伸びる先には、1本のマグネシウムリボンがある。

 外を見た。

 フォワードまで、綺麗な縦パスがつながる。

 相手キーパーと1対1。

 キーパーはとても焦っている。

 フォワードはドリブルが上手い。多分サッカー部だ。

 これは決まるな。

 そう思った瞬間。

 相手のディフェンダーが、猛ダッシュでフォワードに追いついた!

 そのままボールを奪うと、右側へとパスを送る。

 ほとんどの人が、陣地に、ディフェンス側に集まっている。攻めには行けないはずだ。

 ……いや、1人だけ、前に、上がっている!

 右側でボールを受け取った人は、そのまま、後ろから、一気に大きく前へと蹴り出す!

 そしてそのパスは……相手フォワードに渡った!

 嘘だろ。

 あの展開から、たったの5秒で、全く逆の状況に変わった。

 なんで。なんで、あんなに無理な状況なのに、追いつこうとするんだよ。マジで意味わかんねえ。

「すげえ……」

 昌磨が隣で呟く。

 夢佳と莉加は、うとうとしている。

 相手フォワードは一気にゴール前まで駆け抜け、シュート体制に入った。

 フォワードはシュートを打った。

 ボールはすごい勢いでゴールまで飛んでいく。

 コートでみんなが立ち止まり、行く末を見守る。

 ボールは、そのまま、ボールに入った。

「おい! 誰かいねえのか! やる気ねえのか、お前ら!」

 確かに、ここで実験を成功させれば、隆斗の成績なら理科は確実に5かもらえるだろう。

 でも、この実験に失敗したら……。オール5は、ないだろうな。危険な実験だし、能力がないですって、自分で言っているようなもんだから。

 ……そこまでするのかよ、隆斗。

 クラス中に恥かいてまで、無理だって思ってるオール5を、追いかけるのかよ。

 ……あん時、サッカーの練習した後、ジュース、奢ってもらったもんな。

 俺は、右肩の関節に、少しだけ、力を入れた。

 そして、手を挙げた。

 クラス中の視線が、俺に集まる。

「じゃあ、奥寺。前に出ろ」

 俺は、ゆっくりと前に出た。

「俊太、お、お前、なんで……」

「……あん時のジュース」

 隆斗が、ニヒッと笑う。

「俊太お前、めっちゃ目立ってんぞ」

「あ? ……うるせえよ」

 先生がこっちを見た。

「じゃあ、始めろ」

 俺は、大声で言った。

「……みんな、多分遠くからだと見えないと思うから、近くに来て」

 両手で手招きをした。

「ほら、早く」

 太雅が立ち上がった。その音を聞いたみんなは、椅子から立ち上がる。

 みんなが、ぞろぞろと、黒板の前の大きな机の前に集まってくる。前の人は、後ろの人に気を遣い、しゃがむ。

 カードマジックのマジシャンを見るような形で、机の向こうにみんなが集まった。

 机の上には、「マグネシウムリボン」が2本、うすい塩酸が入った試験管」が2本、燃焼に使う「マッチ箱」と「ピンセット」が1つずつ、そして、「銀の皿」が1枚。

 マグネシウムリボンを1本、ピンセットに取った。

「マグネシウムには、うすい塩酸を入れると水素を発生させる性質があります」

 そう言って、片方の試験管の中にマグネシウムリボンを落とした。

 落としたマグネシウムリボンの周りに、泡が付いた。

「もう1つのマグネシウムリボンを今から酸化させます。酸化マグネシウムに変わります。そうすると、うすい塩酸に入れても、水素は出ません。つまり、酸化をさせた後のマグネシウムリボンを試験管に入れ、泡が付かなければ、実験は成功です」

 マグネシウムリボンを燃焼したら、うすい塩酸に入れても反応しなくなる。

 つまり、燃焼させてからもう一度うすい塩酸の中にマグネシウムリボンを入れて、泡がつかなかったら成功。

 みんな、ぼーっと、試験管の中を眺めている。

 もう1つのマグネシウムリボンをピンセットに取った。

 そして、みんなに掲げた。

 この後は、これを燃焼させる。

 結果は、なんとなく、動画サイトで見たから知っているけれど。

 リアルで再現するのは、初めてだから。……少しだけ、ワクワクしてる。

「……このマグネシウムには、隆斗が火をつけてみて。……きっと、ドキドキできると思うから」

 みんなは、おれたちが何を話しているのか、と、がやがやしている。


 どうなるのだろう。

 燃え移って少し大きな炎が飛び出すか。

 そのまま焦げるのか。

 俺は、マッチを擦った。

 みんな、見ている。

 太雅も、昌磨も、夢佳も、莉加も。

 教室中が静まり返り、マッチの赤い灯火が揺れている。

 マグネシウムリボンに、火をつけた。


 瞬間。

 白く明るい、ものすごく明るい光が、ピンセットの先に現れた。

 目を細めるほどに、眩しく、明るい。

 世界中のカメラのシャッター光を全部集めたみたいな、すごく眩しいけれど、それでも、すごく、綺麗な、神々しい輝きが放たれる。

「おおおおおおーっ!」

 明るく白く光るマグネシウムに、みんな驚きの声を上げた。

 今まで、こんなに明るいものを見たことがないくらい。

 教室中のどの蛍光灯にも負けず、夜空に浮かぶ1等星のように1人で、強く、誰よりも強く、そして、魔法のように幻想的な輝きを放っている。

 隆斗と俺は、その光に見惚れていた。

「……すげえ!」

「神秘的……。綺麗……」

 光が、風に揺れる。

 光が消えると、隆斗はマグネシウムリボンを銀の皿に置いた。

 その一部を取り出し、試験管の中に入れた。

 泡は、ほとんどつかなかった。

 酸化マグネシウムに、変わったんだ。

 実験は、成功だ。

 先生が拍手をする。

「ありがとう、みんな席に戻ろう」

 みんなが席に戻っていく。

 隆斗は俺の方を見た。

「俊太、マジでありがとう。なんか、元気出たよ」

「……大体さー、お前が秋楽園に受からなかったら、そもそも勝負になんねーから」

 それを聞いた隆斗の目はグッと開き、そして、ニヒッと笑った。

「わーってるよ」

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