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考える力

数学の授業が終わった。

 数学の成績が4だった理由は、何となくわかっていた。

 俺は、数学の最後の方の難しい問題が、毎回解けない。

 難しい問題は、思考・判断・表現の観点になってるのは知っているから。

 ……俊太は、解けるのに。

 俺は、解けない。

 だから、数学はいっつも85点から90点の間で終わってしまう。

 俺の目標は、オール5。

 数学も、5を取らなければならない。

 ならば、「思考・判断・表現」でAを取らなければならない。

 そのためには、数学で思考・判断・表現を取るためには……。

 難しい問題が解けないっていうのは、根本的に、俺に、考える力が、ないからじゃないか……?

 っていうか、他の教科の「思考・判断・表現」にBがついているのも、俺の考える力が足りないからじゃ……。体育はなんとかなったけど、数学とかは……。

 でも、考える力って、どうやってつければいいんだろう……。

 みんなが、友達と話したり、次の授業の準備をしたり、寝たり、トイレに行ったりしている。

「先生」

「どうした」

 初めてな気がする。こうして、先生に、授業終わりに話しかけることは。

「……『思考・判断・表現』で、Aが取れないんです……。数学的に考える力って、どうやってつければいいんですかね……」

 勇気を出して言ったおかげで、少し、胸の内がすっきりした感覚を覚えた。

 背が高く、きりっとした顔立ちで、髪は刈り上げられ、アイロンがけが施された長袖のカッターシャツに、ぴったりとサイズの合ったグレーのズボン。

 清潔感が漂う、ビジネスマンのような容姿の数学の坂本先生は、腕を組み、下を向いて、うーん、と考える動作を見せた。

 先生は、俺の目を見た。

「世の中のあらゆることについて、『なぜ』という疑問を持てばいい」

 先生は、黒板に1本の木を描き、そこにリンゴを生やして描いた。

「例えば、このリンゴが落ちたとする」

 先生は、リンゴから下向きに矢印を書いた。

「岩田なら、これを見て何を考える」

「何を考える……。あ、落ちたな。リンゴなんて生えてるんだ、へー、とかですかね」

「正解」

「正解、ですか」

「うん。普通の人にとっては、それが正解。ほとんどの人は、そう、考えるんだ。だが……その昔、リンゴは『なぜ』落ちたんだろう、と考えた人がいた」

 先生は、おれの目をじっと見つめる。

「……ニュートン」

「そう。ニュートン。流石は岩田、やっぱ何でも知ってるな。彼は、落ちるリンゴを見て、『なぜ、リンゴは落ちるのか』と、考えた。人々にとって、下に物が落ちることは当たり前。でも、彼は、そこに『なぜ』という疑問を投げかけ、『引力』を、発見したんだ」

 落ちるリンゴを見て、なぜ、と考えること。

 確かに、そんなこと、普通なら、考えないよな。

 俺も、考えない。

 何で、そんな思考になれるのか、不思議で仕方がない。

 先生は、黒板にひし形を描き、その対角線を2本引いた。すると、ひし形の中に、同じ形の4つの三角形が生まれた。

「ひし形の面積の公式は、対角線×対角線÷2で、求められる。そう、小学校で教わる。じゃあ、『なぜ』か。わかるか」

 ……。

「じゃあ、三角形の公式は、底辺×高さ÷2。これは、『なぜ』そうなる」

 なぜだろうか。

 三角定規を想像する。

 2つ組み合わせると長方形になる。

 長方形の面積は……。そういうことか!

「長方形の半分だから、縦×横÷2をしている、ということですか。」

「正解。簡単に考えると、そういうことになる。じゃあ、ひし形が2つ合わさったら何になる。」

 黒板に書いてあるひし形をよく見る。縦と横に線が引いてあるから、だんだん、ひし形ではなく、4つの三角形に見えてくる。

 先生は、ひし形の頂点が辺につくように、大きな長方形を描いた。

 ……あ。同じ形の三角形が4個から8個に増えた。てことは、ひし形を2つ合わせたら……。

「やっぱり、長方形になるんだよ。対角線が、縦、そして横と同じ長さのね」

「あ、だから、縦×横が対角線×対角線で、それを半分にするから……」

「対角線×対角線÷2が、出てくる!」

 先生は、おれを指さした。

「そういうこと」

 話を続ける。

「君がもし小学生で、ひし形の面積の求め方を忘れてしまったとしよう。普通の小学生なら、そこで諦めてしまう。でも、普段から『なぜ』、と考える小学生であれば、その問題は、自分のものにできる。そして、応用問題も、そのような柔軟な考えができていれば、対応できる」

「確かに、小学校の頃の算数のテスト、100点、少なかった気がします」

「それも、『なぜ』という考え方が少なかったのかもしれない」

 先生は、教室の上の蛍光灯を指さした。

「なぜ、あれは光るのか」

 なぜ、あれは光るのか……。

「あれに電流を流すと、大量の電子が移動を始める。それが中に入っている水銀とぶつかり、光が輝く」

「……考えたことも、なかったです」

「そんな、考えることを身近で増やしていく。それが、とても、大事だから」

 先生は、教壇の上の教科書やバインダー、筆記用具を手に取った。

「落ち着いて、考えることができれば、岩田はしっかり勉強するから、数学の難しい問題も、解けるようになると思う。考える力もつく。この考え方はほかの教科にも絶対に役立つ」

「わかりました、ありがとうございます」

 先生は、笑顔で、出ていこうとした。

 しかし、もう一度、こちらに体を向けた。

「あとな、岩田。自分の考えたことを『表現する』ことも、おれたち教師にとって、生徒の『思考・判断・表現』をする力を評価する、大きな材料になる」

 先生はその言葉を残すと、足早に次の授業へと向かった。

 なぜ。

 なぜ、みんな、こんなに必死になるのか。

 なぜ、黒板は緑なのか。

 なぜ。

 なぜ。

 なぜ……。

 そんなんで、本当に、思考力なんて、鍛えられるのか?

 甚だ疑問であるが。

 甚だ疑問……。

 そんなんで、思考力って、鍛えられるのか……?

 どうしたら、思考力って、鍛えられる……?

 なぜ、俊太には俺にはない思考力がある……?

 なぜ、俺には思考力がない……?

 なぜ。

 なぜ。

 なぜ。

『せんせー、なんで空は青いの』

『それはね、隆斗くん……』

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