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世界一シリーズ

世界一無力な私

作者: Soumen50
掲載日:2024/08/05


久しぶりの大きな村に、私はほっとした。


村、しかも宿のある村なんて本当に久しぶりだ。


基本はいつモンスターに襲われるやしれない場所での野宿。


宿のない村では、農家の納屋や家畜小屋の隅を借りるのが精々。


ベッドでゆっくり眠れるなんて、夢のようだ。


が、その前にやらねばならない事がある。



「王子、宿に落ち着いたら買い物に行っても良いだろうか?そろそろ魔法薬の材料を補充したい」



私はリーダーであるウィリアムに聞いた。



「そうだな……いいだろう。他のみんなも必要なモノがあれば揃えるといい。この村は店も多いようだから」



ウィリアムの言葉に、私達は頷いた。


広場にある宿に向かいながら、それぞれが必要なモノを頭に浮かべる。


宿に着くと私はマントを脱いだ。


ここで何日くらい過ごすのだろう?


ウィリアムが先を急いでいる事は分かっているが、しばらくゆっくりしたい。


ウィリアムは部屋があるかどうか主人に尋ね、部屋を取った。



「シャーロット、お前はアンジーと同じ部屋。ダンはヘンリー、ジョンは私と同室だ」



ウィリアムは私とダンに鍵を渡すと、階段を上った。


マントと荷物を持って付いて行く。



「今からは自由に過ごす事にしよう。夕食は宿で出してもらう事にした」



ウィリアムの言葉に頷き、私は割り当てられた部屋の戸を開けた。



「ねぇ、シャーロットは買い物に行くんでしょう?」



部屋に入ってすぐ、アンジーが窓側のベッドに飛び込んだ。


私は手前のベッドに荷物を置いて、アンジーを見た。



「そう。アンジーは?」


「私はゆっくりしてる。必要なモノなんてないから」



だな、という言葉は呑み込んだ。


アンジーは歌姫だ。


パーティの為に歌い、舞う。


身に付けているのは、申し訳程度のものだけ。


裸同然、と言っていいと思う。


豊満な胸と引きしまった腰、きゅっと上がったお尻など、女の私が見ても涎が垂れそうな体を惜しげもなく人目に晒している。


体が資本の彼女に必要なのは、十分な休養だ。



「行ってくる。鍵は置いて行く。私が出たら鍵をかけるように」


「はぁい」



私はマントを着ると、アンジーの行ってらっしゃいを聞きながら部屋を出た。


背中で、かちり、と鍵のかかる音を確認してから階段に向かう。


アンジーはおバカさんだ。


歌って舞う事しか出来ない。


それは勿論、戦いの場で私達の士気を高める役を担っているし、憩いの時をくれもする。


が、その他の事は何も知らないし、何も出来ない。


それは幼い頃から全く変わっておらず、アンジーが旅のメンバーに決まった時には、子どもの頃からの付き合いだからよろしくね、と彼女の母に頼まれた。


私は頷くしかなかった。


私はアンジーのお守役。


だが、物心ついた時からふり当てられた役目をこなすのも後少し。


この旅は、やがて、終わるのだ。


私はため息を隠すようにフードをかぶり、材料を売っている店を探した。







村は大きいだけあって、店の数も材料の種類も豊富だった。


私は店を回り、必要なものを次々買った。


常備しておきたい魔法薬は治療系、回復系、強化系といった所だ。


特に強力な魔法薬は調合が面倒だし時間もかかるので買う事にしていた。


自分で作れば安く上がるが、旅の空で簡単に出来るものでもない。


私は吟味した魔法薬をいくつか買い求める。


思っていたような強い魔法薬ではないが、部屋に戻って他の材料や魔力を足してやれば十分に使えるものだ。


最初の店に戻って“ピクシーの羽根”や“ドラゴンの鱗”を買う必要があるな、と店を出ようとした時、それが目にとまった。



「これは………」



見覚えのある薬瓶。


蓋もコルクでなくクリスタル。


私はそれを手に取った。


蓋には封印されている事を現す魔法の印。


間違いなくあの薬だ。



「お客様、それを見つけるとはお目が高い!」



店主が素早く私の隣に立つ。



「こちらの魔法薬は大変腕の良い魔法使いによって作られたもので………」


「知っている。いくらだ?」



店主は揉み手をせんばかりだ。


恐らくこの薬を持て余していたのだろう。


どうやって手に入れたのか分からないが、普通の人間が使える薬ではない。


私とて本当なら買い求めたくはない。


が、私は店主の言い値でそれを買い取り、他の魔法薬と混ざらない様にマントのポケットに入れた。


一刻も早くポケットの魔法薬を処分したい。


が、まだ買うモノが残っている。


私はじりじりする心を押さえながら必要な物を買い揃えた。


宿に戻ろう、と道を急いでいると、後ろから声をかけられる。



「シャーロット、今、暇か?」



私はくるりと振り向き、呑気そうな声の持ち主を睨んだ。



「こんなに急いで歩いている、というのに、お前には私が暇そうに見えるのか、ヘンリー?」



ヘンリーは笑顔で私に近づいて、私の肩に手を置いた。



「シャーロット、そんなに怒るなよ。可愛い顔が台無しだから」


「気安く触るな!そんな心のこもっていない言葉はムシズが走るから止めろ、といつも言っているだろうが」



私はヘンリーの手を払いのけ、踵を返した。



「そんなツレナイ事言うなよ。俺があんたの事好きだってのは、パーティのみんなが知ってる話だ」


「私は知らん!大体、お前はアンジーに熱を上げていたでのはないか?いつも仲良さそうに話して……彼女を口説いたその舌の根が乾かぬうちに他の女に……って、人の話を聞けっ!」



ヘンリーは花屋の娘に手を振ってウィンクした。



「聞いてるさ。あの子が俺を見てたから挨拶しただけ、だろ」


「お前の挨拶はウィンクか?どんだけタラシなんだ、お前は?」


「俺はタラシじゃない。俺ほど一途な人間はそういない、と自負しているくらいだ」



ヘンリーは歩きながら胸を張った。


バカか。


調子の良さと整った顔は認めているが、一途だなんて、自分で言ってよく恥ずかしくならないものだ。



「お前の仕事は泥棒だからな。口八丁手八丁で世の中を渡って行くには、そのくらいのスキルがあってしかるべきなのだろう。女の機嫌を取るのも仕事の一つという訳か」



私は皮肉をこめてヘンリーを褒めた。


もっと胸を張って、後ろにひっくり返ればいい。



「シャーロット、俺の事そんな風に思ってたんだ?」


「え?」



その沈んだ声に、私は足を止めた。



「シャーロット、俺が嘘吐きだって思ってたんだな」



ヘンリーはどこか痛めたような顔をする。


私は自分の言葉がそれ程ヘンリーを傷付けると思っていなかったので、慌てた。



「ぁっと、その、さっきの言葉の意味は、だな。その……ヘンリー、お前が世界一の泥棒だ、という意味だ」



私は頭を働かせながら、ヘンリーの前に立った。



「ウィリアム王子には、お前のような立派な泥棒のサポートが必要だ。なにしろあの方のなさろうとしているのは、とても難しい事なのだから」



泥棒に“立派”と付けるのは間違っているが、この際仕方ない。


私はヘンリーの顔を見上げた。


これで機嫌も良くなっただろう?


が、意に反して、ヘンリーの顔は曇ったままだった。



「あんた、俺より嘘吐くの上手いな」


「え?」


「それ、あんたの本心じゃねぇだろ?魔法使いは魔法以外にも得意な事があるらしい」



ヘンリーはそう残して、踵を返すと来た道を戻っていった。



「………なんだ、あれは?」



人の事を呼び止め嘘を吐いたうえ、勝手に傷ついた顔をしたまま去ってしまった。


全く意味が分からない。


大体、あの男と話すといつもイライラする。


ぃや、見ているだけでも、だ。


ヘンリーの背中に向かって心の中で悪態を吐いていたら、腹が鳴った。


どこかで軽く食べて宿に帰るか。


私は息を吐き、『飯&酒』と看板にある店に入った。




時間はちょうど昼食時で、思ったより店は混んでいた。


カウンターに向かい、金を出しながら注文し、空席を探す。



「ぉい、シャーロット!」



名を呼ばれ見回すと、店の奥まったテーブルにダンとジョンが座っていた。


そのテーブルに行くと、ダンが、一人か?と尋ねてくる。



「そうだ。アンジーは宿で休んでいる」


「ぃや、アンジーじゃなくてヘンリーは?」


「知らん。声をかけられたが、すぐに立ち去った」



私の答えにダンはジョンを見た。


ジョンは肩を竦める。



「なんだ?」



私の問いに、二人は頭を振る。



「ぃや、一緒に来ると思ってたんでな。お前も飲むか?」



ダンは酒の入ったゴブレットを私に見せた。



「止めておく。宿に戻ってやる事がある」



私は運ばれてきた皿の肉にナイフを入れた。


先にテーブルにいた二人の前に食事の為の皿はなく、酒の肴がいくつか並んでいる。


ジョンが一口酒を飲んでから口を開いた。



「お主は何時でもどこでも真面目よのう」


「ん?それはなにか?褒めているのか?」



私はジョンを見た。


ジョンは白く長いひげを触りながら、ほっほっほ、と笑った。



「お主が褒められていると思うなら、そうなんじゃろう」


「貶されていると思えば、そういう意味だ、という事か?」



ジョンは答えず、またゴブレットを傾ける。


賢者とは“賢き者”と書く。


が、ジョンに会ってからというもの、私の中で賢者とは話す事を厭う“嫌な者”という意味に変わった。


世の中の全てを分かっていても、教えてくれねばその知識は意味をなさない。


教えを請う者のレベルに合わせてくれねば、与えられた知識の活用も出来ない。


はっきりと答えを言え、という言葉を肉と一緒に飲みこむ。


意地悪な爺さんに付き合ってやる事はない。


さっさと食べて宿に戻らねば。


私はただひたすらナイフとフォークを動かし、皿の上を片付けた。



「シャーロット、そんなに詰め込んだら味も何も分からんだろう?」



ダンが呆れたような声を出す。



「腹が満たされれば、それでいい」


「おいおい、久しぶりの飯屋の飯だぞ。蛙や蛇の素焼き食ったのと同じ反応か?」


「あれはあれで美味いがのう」



ジョンののんびりした声にダンが顔をしかめる。



「爺さんには聞いてない。俺はシャーロットにもっと食事を楽しめって言いたいんだ」



私は頭を振った。



「飢える事は辛い。だからここの食事もダンが捕って焼いた蛇も同じだ」



私は最後の一切れになった肉を口に入れた。



「そうか………お前、いくつだ?」


「女性に年を聞くのは失礼な事だ、と親に習わなかったのか?」



私は口を空っぽにして、ダンを睨んだ。



「親は何も言わなかったが、剣の師が似たような事を言ってたな」


「なんと?」


「年を聞いて目くじら立てる若い女は男を知らん、と」



ダンはニヤッと笑った。


私はカチン、となった。


確かに私は男と付き合った事はない。


“手のひら”以外に肌を合わせた事もない。


それも5つか6つの頃が最後だと思う。


でもそれと年齢に何の関係があるというのだ?



「確か、シャーロットはアンジーと同じ年だったよなぁ?」


「そうだが?」



それが何か?!



「だったら19か………」



こいつ、知っていたな?!



「アンジーに聞いたのか?」


「あぁ。アンジーは屈託なく教えてくれたぜ。シャーロット、旅が酷なら俺からウィルに言ってやる。楽しめ、とは言わんが、息を抜く事は必要だ」


「余計な御世話だ。王子に何か言ってみろ?私が腕によりをかけて、お前に呪いをかけてやる」



ダンは肩を聳やかした。



「おぉ、怖。国一番の魔法使いに逆らえる人間なんて何処にもいやしない。そんな事、表を転げまわってる子犬だって分かってる事だ」


「だったらその口を閉じていろ。偉大なる戦士の価値は口先ではなく腕にあるのだからな」



ダンは驚いたように目を丸くした。



「俺の事を“偉大なる戦士”だなんて、なんか悪いもん食ったんじゃないか?」


「違う。お前を黙らせるのに、その口を針と糸で縫うより簡単だからだ」


「その調子でヘンリーにも何か言うたな?」



ジョンが突然、私達の会話に入ってきた。


私はジョンをまじまじと見る。



「おおよそ、ヘンリーに“世界一の大泥棒”とでも言うたんじゃろう。ヘンリーが戻って来ん訳じゃ」



ジョンはダンに話す。


ダンは、なるほどなぁ、と頷いた。


私だけが意味が分からない。



「ジョン、私は確かにヘンリーにそう言ったが、それの何処が悪いというのだ?」


「お前の本心じゃないからだ。お前は泥棒を嫌っている。盗みは悪だ、と考えてるだろ?」


「その通り。間違っているとは思わんので、考えを改める事もない」


「分かってる。ただお前、ヘンリーにいつも言ってるだろ?心のこもってない言葉はムシズが走るって」



私はジョンに聞いたのに、ダンが答える。


が、この際どちらが答えるかは問題ではない。


ダンの言った事が余りにも的を射ていたからだ。


確かに言っている。


さっきも言った。


だが待て。


ヘンリーは“可愛い”だの“きれいだ”だのと、いつも本心でない言葉を私に向けている。


それなら“お互い様”ではないだろうか?



「俺は自分で“偉大だ”と思ってるから、お前が心の中では“くそ剣士”って思いながら俺に“偉大だ”って言っても特に何も思わんが、ヘンリーはそうじゃない」


「だが実際の所、ヘンリーは“盗む”技術を買われてパーティーに加わった。違わないだろう?」



息子に極甘な国王は旅の計画を聞き、“世界一”と称される泥棒を欲した。


その白羽の矢が当たったのがヘンリー。


国王は多額の報酬で彼を呼び寄せ、パーティーに加えた。



「確かにあいつの腕はすごい。まだ若いのに数多くのお宝を次々盗み出したんだからな。でもヘンリーは一番欲しいものを盗めない。だから“世界一”って言葉を嫌ってる」


「そうだったのか」



それであんなに傷ついた顔したのだ。


私はヘンリーの反応に合点がいった。


そして気付く。



「ダンはヘンリーの事に詳しいな。何時の間に仲良くなったのだ?」



あの男は自身の事をあまり話さない。


いつも適当で、皆とは一定の距離を保っているように見えた。


だからこそ、先程の表情に驚いた。



「ぁ?そうでもないぞ。あいつは本心を隠せないクチだ。見てれば分かる」


「そういうものなのか」


「あぁ、そういうもんだ。俺はお前達より少しばかり長く生きてるからな。良く言うだろ?亀の甲より年の功って。だから“賢者”ってのは爺さんなんだ」



な、とダンはジョンに同意を求めた。


ジョンは何も言わず、ゴブレットを傾ける。


ダンはそれを見て肩を竦めたが、何も言う事はなかった。


きっとこういうのを何度も経験しているのだろう。


話は終わったようだった。



「そろそろ戻る。魔法薬を用意しなければならない」



私は水を飲み、立ち上がった。



「シャーロット」


「何だ?」


「お前も本心を隠せないクチだ。素を出した方が楽に生きれるぞ」


「余計な御世話だ」



私は荷物を持って、店を出た。




宿に着いて時間を見る。


まだアンジーは休んでいるかもしれない。


ノックして戸を開けてもらおうと考えていたが、魔法を使う事にした。


杖を出し、鍵開け呪文を唱える。


カチリ、と音がして鍵は開いた。


杖をポケットに入れながら、泥棒の様だ、と思い、あんなに嫌っている者と変わりないとは、と苦笑する。


アンジーを起こさぬように小さく戸を開ける。


中は薄暗い。


やはり寝ていたようだ。


荷物を取ってから別の場所でやるしかないな、と、戸を大きく開けようとした時、声が聞こえた。



「んっ………そこ……もっとぉ…ぁ……」



それはアンジーの声。



「…っは…………アンジー…」



そしてウィリアムの声。


私は開けた時と同じようにそっと戸を閉めた。


杖を出し、今度は鍵かけ呪文を唱える。


鍵がかかった音を確かめて、急いでその場を離れた。


宿を出て、深くフードをかぶり歩く。


我ながら上出来だ。


騒ぎたてて情事の邪魔をする事もなく、何事もなかったようにこうして歩いている。


私は自分で自分を褒めながら歩いた。


これ以上の反応を出来る人間がいるなど想像も出来ない。


この後私がすべきは、彼らの情事が終わるまでこうして歩き続ける事だ。


惜しむらくは、魔法薬の用意が出来ない事。


部屋に荷物を置いて出かけなければ良かった。


荷物に呪文避けなどしなければ良かった。


そうすれば荷物を呼び寄せ、どこかで買った物と既にある物を使って出来たのだ。


私は自分のバカさ加減に嫌気がさして、息を吐いた。


このままではいけない。


私は立ち止まり、数回深呼吸した。


大丈夫。


これくらいで私は動揺しない。


魔法薬は夜やればいい。


とにかく今は歩くのだ。


この足元に見える道が無くなるまで。


が、数歩も行かないうちに、急に現われた何かに当たった。


ぃや、急に現われた誰かに腕を掴まれた、の方が正しい。



「シャーロット、あんたこんな所で何してるんだ?」


「………ヘンリーか。お前こそ何を?」



私は俯いたまま短く返事した。



「俺は、村を探検してた。あんたは?」


「………歩いていた」



それだけ言って、また歩き出そうとした。


が、腕を掴まれたままだ。



「ヘンリー、腕を放せ」


「ぃやだ。あんた、様子が変だ。何かあっただろ?」


「何もない」


「んな訳ない。あんたが人の顔見て話さないってだけで十分ヘンだ。どうしたんだ、シャーロット?」


「何もないと言っているだろう!放せっ!!」



私は腕にあるヘンリーの手を叩いた。



「そこをどけっ!私は歩かねばならんのだ。私の前から消え失せろっ!」


「ダメだ。このままだと村を出てしまう。村を出たらモンスターどもの餌食だ。一人で対抗できるなんて思ってないだろ?」



ヘンリーは腕を掴む手に力を込めた。



「うるさいっ!ごちゃごちゃ言わず、私の好きにさせろっ!!」


「何があったんだ、シャーロット?あんたらしくない」



私は歩き続けなければ。


そうしないと、頭の中でさっき聞いた声が蘇る。



「頼む………そこをどいてくれ……………歩かねば……」



声が震えそうになるのを何とか気力でカバーする。


私の気力がもつうちに早く解放してくれ。


しばらくしてヘンリーは腕を解放した。



「……夕食には戻る」



私はヘンリーの横をすり抜けようとした。


が、次の瞬間、私の目の前にヘンリーの顔があった。



「………っ!覗き込むとはっ!」



私は顔を逸らした。



「あんた、泣いてたのか………」



ヘンリーの声に、私はイラっとした。



「そうだ!私が泣くのはそんなに意外か?私が泣いては悪いというのか?私だって………私にだって泣きたい時は……ある」



私はヘンリーを睨みつけた。



「可笑しければ笑え。いつもの威勢はどうした、と嘲ればいい。ただし、他の人間に言ったら呪い殺す」



最初から分かっていた事で泣くなんて、愚かだ、と自分でも思う。


だが、この涙を自分で止める事など出来ない。


涙が止まるまで歩き続けるのが精一杯だ。



「俺………悪かった」



ヘンリーはまたどこか痛めたような顔をした。



「なぜ謝る?すでに誰かに言いふらしたとは思えんが」


「俺、あんたがまた俺に突っかかってるだけだと思って………だから少し意固地になってた」



ヘンリーは私を抱きしめた。



「なっ!」


「いいから、泣けよ。俺が隠してやるから。他の誰もあんたの泣き顔見れない様にしてやるからさ」


「離れろ!この変態がっ!」



私は腕の中から出ようともがいた。


が、ヘンリーはその腕に力を込める。



「泣けよ。何があったか知らないが、誰だって泣きたい時はある。あんたはそれが今なんだろ?ムリすんなよ」



“ムリすんな”



その一言で、もがく事を止めた。


旅が始まってからずっと私の中にあったつっかえ棒が、からん、と乾いた音を立てて倒れた。


私はヘンリーの胸にすがりつき、声を上げて泣いた。




「それじゃあんたは王子に失恋した訳じゃないって事か?アンジーの為に泣いたって?」


「当たり前だ。何故私があんなボンクラに失恋せねばならんのだ?」



私はヘンリーに私が泣いた理由を話した。


ヘンリーは聞かなくてもいいと言ったが、その胸を借りた者として理由を話す事は礼儀のような気がした。



「だが、アンジーは違う。あの子は王子の事を本気で好きなのだ」



何処がいいのか分からない。


ほんの少し顔カタチが整っているだけだ。


“王子”というネームバリューがなければ、取り立てて良い所も悪い所もない。


ダンのように腕っ節が強い訳でなく、ジョンのように賢くもない。


ヘンリーのように特技もなければ、勿論、魔法も使えない。


アンジーは歌って踊れるが、ウィリアムは………


“王子”でなくなった瞬間に死んでしまうだろう。


つまり、取り柄のない、普通の人間だ。


ぃや、普通の人間よりも生きる能力が劣っている、と言っても良い。


ウィリアムは“王子”を辞めてしまえば、夕食のパンを手に入れる術さえも持たないのだ。



「ヘンリーはアンジーの役目を知っているか?」


「役目?俺達を鼓舞して、癒してくれんだろう?」


「それは表向き。本当は交換用の人質だ」


「マジで?」


「そう。マジで」



私は人払い魔法をかけた納屋の片隅でため息を吐いた。


この様子では、詳しい事は何も知らないようだ。


ヘンリーは国の人間ではない。


だから誰も彼に本当の事を話さなかったのだろう。


可哀想に。


何も知らずに旅に付き合わされてた、という事か。


まぁ、彼が知る必要もない事ではあるのかもしれないが。


私は少し迷ったが、話す事にした。


そうでなければ、私の涙の理由も半端なモノとなってしまいそうだ。


私がアンジーの事を何故不憫に思うのか、きちんと知ってもらいたい。



「アンジーはあの通り素晴らしい美貌の持ち主だ。加えて裸同然の恰好で歌を歌い、舞を舞う。ドラゴンもきっと気に入るだろう」


「だろうな。ドラゴンじゃなくたって大抵の男は虜になっちまう」



ヘンリーの言葉に私は頷いた。



「この旅の目的はドラゴンに攫われた王子の許嫁、つまりお姫様を奪還する事だが、知っての通りドラゴンは手強い。どんな生物よりずる賢くケチで有名だ。その皮膚は固い鱗でおおわれ、どんな剣も魔法も通じるものではない」


「それをどうにかする為に俺達は集められたんじゃないのか?ダンやあんただってその道じゃ超一流だろうが」


「違う。ドラゴンの巣に着くまでもモンスターがいるであろう?やつらと戦う為に私やダンがいるのだ。ジョンはドラゴンとの交渉役。姫とアンジーを交換して欲しい、と言う役だ。王子は………飾り、だな」



ヘンリーは納得したように何度も頷いた。



「確かに王子さんはモンスターと戦う時も“指揮”するばかりで前に立ってないな」


「立てる訳がない。王子は剣が苦手でな。弓も槍も一通り出来るようだが、モンスターが相手では微妙だろう」


「そうなのか………」



ヘンリーは苦笑いだ。



「因みにお前は、ドラゴンとの交渉が決裂した時にアンジーと姫をこっそり入れ替える、という大変重要な役割を担っている」


「ぇ?初めて聞いたぞ」


「だろうな。モンスターと戦っているのを見て、良く働く御仁だ、と感心していた」


「教えてくれてたら、高みの見物を決め込んでたのに」


「だが、お前の働きのおかげで私もダンもずいぶん助かっているのだ。ありがとう」



私が頭を下げると、ヘンリーは頭を振った。



「ぃや、いいさ。ちょっとおかしい、とは思ってたんだ。俺に何かを盗んで来いって言った試しがない。必要な金貨はあんたが城から魔法で取り寄せてるだろ。何の為に呼ばれたんだって不思議に思ってたとこだ」


「国王から全て聞いているものだと……多分ジョンやダンもそう思っていたのだろう」



私の言葉に、ヘンリーは肩を竦めた。



「ま、それもどうでもいい。それよりその話、いいのか?」


「何が?」


「何がって………アンジーは親友なんだろ?彼女が好きな人と別れてドラゴンの餌食になるって許せるのか?」


「許せる訳がない。だが、そうするよう決まっているのだ」


「王子だってアンジーの事、嫌いじゃないんだろ?だからアンジーと睦み合ってる。顔も見た事のない姫さんと好きな女をわざわざ交換しなくても……」


「言っただろう?王子は“王子”でなくなったら生きては行けんのだ。アンジーと駆け落ちしてもすぐに音を上げる事は目に見えているし、それが分からん程愚かではない。更に姫をドラゴンの元から救い出さねば、姫の国と争いになるやもしれん。王子もアンジーもそれを知っているのだ」



だから短い逢瀬を重ねる。


野宿の時はさすがにムリだが、納屋を借りた時アンジーは抜け出す。


村人も気を使ってか、ウィリアムは母屋に泊る事が多い。


アンジーはウィリアムの元に忍んで行くのだ。



「私だって、あの二人がこのまま上手くいけばいい、と思っている。が、姫は必ず助け出さねばならんし、王子は“王子”であることを辞められん」


「俺が姫さんを盗み出すってのは?」


「お前はバカか?ドラゴンから金貨一枚でも盗んでみろ。ヤツはそれを奪った者を地の果てまで追いかけ嬲り殺し、盗られたもの以上の金貨を奪って巣に戻る。しかも、辺り一面を焼け野原にする、というおまけ付きだ」



ドラゴンの所為で昔はいくつかの国が滅んだ。



「もしお前がそれを実行したなら、我が国と姫の国、どちらの国の民も生きてはおられまいよ」


「どうにもならないのか?」


「どうにもならん。八方塞なのだ」



私だって散々考えた。


アンジーのお守は嫌だ、と幼い頃から思っていたが、このような形で終わるのはもっと嫌だった。


あの子には幸せになってもらいたい。


誰かに守ってもらわねば生きていけない程バカだから。


自分の気持ちに素直で、誰にでも愛情深い。


だからこそ、その存在は誰よりも愛しく、ウィリアムも出会ってすぐに惚れたのだろう。


本当は分かっている。


ウィリアムは自分で稼いでパンを買う事は出来ないが、誰よりも優れた“王子”なのだ。


愛する女と国の平和を天秤にかける素振りも見せず、旅を続ける。


ウィリアムが旅路を急ぐのは、姫を助ける為でなく民を守るため。


“王子”である事は、身を切るよりも辛い選択を彼自身に強いている。



「あの二人は呪われている、と言ってもいいのかもしれん。私は“運命”という言葉を使うのは好きではない。“神”も信じておらん。が、あの二人は“運命の神”に見放されている、としか思えん。それが不憫でな」



賢者どもが寄り集まって知恵を出しても、いい考えなど出て来ないだろう。


私に出来る事は、二人を安全にドラゴンの元に連れて行き、姫を助け出す事。


旅の間は二人の邪魔をしないようにすること。


ただそれだけだ。



「私は国王付きの魔法使いだし、誰に言われずとも国一番の魔法使いを自負している。だが、私は無力なのだ」



幼き頃より一番近くにいて私を好いてくれた親友をドラゴンに差し出す為に、私は旅を続けている。



「アンジーの母は私に、アンジーの事を頼むと言った。シャーロットがいれば安心だと。だが実際は逆なのだ。アンジーがいたから今の私がある。魔法の師に怒られた時も、もう修行を辞めたいと泣いた時もアンジーがいてくれた。アンジーは私の恩人だ。なのに、私は………」



言葉が続かなかった。


ヘンリーが私を抱きしめたからだ。



「もういい、シャーロット。あんまり自分を責めんな」



ヘンリーは私の頭を撫でた。



「ずっと辛かったな。これからも辛いよな。でもこれからは我慢するな。辛かったら俺が聞いてやる。俺が全部引き受ける」


「……余計な御世話だ」



私はヘンリーの胸の中で呟いた。


ヘンリーは笑った。



「そう言うなよ。それにドラゴンの巣に着くまでまだ時間はある。何かとんでもない事が起きて全部上手くいくかもしれないだろ?」


「夢のような事を」


「シャーロット、知らないのか?夢ってのは叶える為にあるんだぜ。因みに俺の小さい頃からの夢は、世界一の大泥棒になる事だ」



まだまだ先の話だ、とヘンリーは言った。


ダンが言った通り、まだ自分が世界一だとは思っていないらしい。


ヘンリーは私をその腕の中から解放すると、私に問いかけた。



「シャーロットは?シャーロットの夢はやっぱり世界一の魔法使いか?でもあんたはもう、それを叶えたも同然だ。他にないのか?」


「私?私は………」



言い淀む。


これは誰にも言った事がない。



「何だよ?俺のを聞いたんだからあんたのも教えてくれよ」



お前が勝手に言ったのだろうが、と言いたかったが、私を見る目は期待に輝いている。



「誰かに言ったら、呪い殺す」


「分かってる。誰にも言わない。何だ?」


「………アンジーを娶る事」


「はぁ?アンジーって………それ、今でも?」


「今でも、と言っていいと思う」



世界中で誰よりも大切な存在。


その存在と結婚したい、と思うのは間違っていない、と思う。


ヘンリーの目が気の毒な者を見る目に変わった。



「知ってるか?女同士の結婚は世界でもごく一部でしか認められてないぞ」


「知っている。仕方ないではないか。幼い頃からずっと傍で守っていたのだ。女同士は結婚出来ん、と知った時は夜通し泣いたものだった」



そして、それを認めたくなかった私は愚かな事をした。


禁じられていた魔法薬を作り、それをアンジーに飲ませようとしたのだ。


まぁ、すぐにお師様に見つかり、こっぴどく怒られ魔法薬は取り上げられたのだが。



「それ知ったの、いくつの時だ?」


「12になった年。アンジーに初めて男が出来た時だ」



アンジーから男と付き合う事にした、と言われた時、私はわが耳を疑った。



「なぜだ?私がいるではないか」


「でも、シャーロットも私も女の子でしょう。女の子同士は結婚出来ないし、私は結婚したいの。ハリーは………」



その後、アンジーが何を言ったのか、全く覚えていない。



「私は幼い頃より魔法使いとしての才能に恵まれ、よって、魔法の修行しかしてこなかった。勿論、一般常識の類は勉強していた。が、そのような事、それまで誰も教えてくれなかったのだ」


「まぁ、何となく知っていく類の知識ではあるかもな。それに子どもの頃は男も女も余り意識しないし。でも、成長すれば男を好きになるのが普通じゃないか?」


「お前の理論に従うならば、私は普通ではなかったのだろう。勿論、今では本気でアンジーと結婚したい、などと思ってはおらん。が、変わらず大切な存在なのだ」



私はポケットから魔法薬の瓶を出した。



「これは昔、私が作ったものだ。禁薬でな。作ってすぐにお師様に取り上げられたのだが、それが何故かこの村の店に売っていた」



アンジーに飲ませそこなった魔法薬。


この薬が、あの頃の私の気持ちを全て現している。



「禁薬?どんなすごい薬なんだ?」



「強力な媚薬、だ。この薬を飲ませた相手を、自由に操る事が出来る」



何をしても、どんな事になってもアンジーを自分の手元に置いておきたかった。



「すげぇ………」



ヘンリーは薬瓶に手を伸ばした。



「触るな。お前は禁薬が“禁薬”と言われる所以を知っているか?」


「理由は知らんが使うのを禁じられてる薬の事だろ?」



まぁ、その程度の認識しかないのが普通だろう。



「禁薬とは、元々モンスター用の薬の事だ」


「モンスター?あいつら用の薬があるのか?」


「勿論、ある。モンスター遣い、という者が存在するではないか。彼らの使役するモンスターに使う薬だ。ほとんどは怪我や病気の治療薬。この薬もモンスター遣いが欲してお師様がお作りになった薬だが、人への転用が2件報告され、すぐに禁薬となった。モンスター用の薬だから人には効果が高い。治療用の禁薬を用いれば瀕死の状態でも命を取り留める程だ。が、何事も程々がいいのだ。強力な薬効は強力な副作用をもたらす」


「副作用?」


「そうだ。禁薬に指定された治療薬は服用後、死んだ方がましだと思うような痛みが半年ほど続く。結果、耐えきれず自ら命を落とす者が続出。長引く痛みによって、気持ちが折れてしまうのだ」



ヘンリーが苦笑いを浮かべる。


意味のない事を、という心の声が聞こえてきそうだ。



「それで、それは?」


「この薬は、廃人を作る」



通常媚薬というものは、相手の心のタガをほんの少し緩くするものだ。


飲まされた人間は開放的な気分になり、理性やモラルの縛りが曖昧になり、恋に落ちやすくなる。


数時間、あるいは数日で薬の効果は切れ、その後泣くか笑うかは賭けに近い。


彼(彼女)が我に返った後も恋が続行している事もあれば、その瞬間にゾウリムシのような扱いを受ける事もある。


が、この薬の効果が切れる事はない。


命ある限り、彼(彼女)は自分の思うように行動する。



「知っての通り媚薬を使い続けると効果が薄れる。本心では望んでない事を強制され心が壊れる前に抵抗するからだ。だが、これは最初から心を無くす。無くすから壊れる事はない。抵抗も出来ん。が、出来上がるのは自らの意思を持たぬ人形なのだ」



今では、あの時お師様に見つかって良かった、と心の底から思う。


アンジーに飲ませていたら、アンジーにもアンジーの母にも申し訳が出来なかった事だろう。


死ぬまで謝り倒してもなお、許してもらえるような事ではないのだから。



「怖いな」


「だから禁薬。100年前から作る事も使う事も禁じられている。この瓶には封印がしてあるので私かお師様でないと開けることはできん。お師様はもうお亡くなりになっているので、私が処分するしかない」



すでにお師様が処分なさったものだとばかり思っていた。


お亡くなりになる少し前の事だったから、処分し忘れたのかもしれない。



「処分するのか?もったいない。何かの役に立つかもしれないだろ?モンスターには使えるんだろうし」


「これは私の愚かさの象徴だ。持っているだけで気分が悪い」



私は薬瓶をポケットに入れた。



「陣を描いて効果を失くさねばならん」


「そうか………なぁ、そろそろ宿に戻らないか?」



ヘンリーは立ち上がった。


私に手を差し出す。


私はその手に捕まって、立ち上がった。


杖を振って、マントに付いた藁くずや麦粒を払った。


ついでにヘンリーのマントに付いたのも落としてやる。



「ありがとな」


「ぃや」


「夕飯、なんだろうな」


「腹が膨れれば何でもいい」



ヘンリーは呆れたように息を吐いたが、気にならなかった。


色々と話した所為か、驚くほどすっきりしていた。


私の涙を見たのがヘンリーで良かった、と思った。


宿に着き、食堂で夕食をさくっと食べる。


アンジーとウィリアムが降りてくる頃には食べ終えた。



「アンジー、私は魔法薬の準備をせねばならんので出る。先に休んでくれ」


「暖炉があったから部屋ですれば?」


「ぃや。うるさいだろうし、夜中過ぎまでかかる。お前は早く休んだ方がいい」


「分かった」


「鍵はかけていていい。勝手に入る」


「はぁい」


「シャーロットは鍵のかかった部屋に入れるのか?」


「必要とあれば」



ヘンリーの言葉に最低限の言葉で返す。



「俺と泥棒やらないか?」


「断る」



私は1人食堂を出る。


ダンとジョンのはまだ外で飲んでいるのだろう。


呪いたくなる程、呑気なものだ。


店主に許可をもらい、部屋から取ってきた荷物を持って宿の裏庭に出た。


小さな鍋を火にかけ、今日買った瓶の魔法薬を注ぎ込む。


薬草や材料を切り、あるいは磨り潰して鍋に入れ、呪文を唱えながらかき混ぜる。


そうやっていくつかの魔法薬を作り終えた。


最後に消炭を使って陣を描き、ポケットの中に手を突っ込んだが、そこにあるはずの小瓶はなかった。


慌てて他のポケットも探したがない。


アレには呪文避けが付いている。


呼び寄せる事は出来ない。


どうすべきか考え、最後に見たのが村はずれの納屋だった事を思い出す。


恐らくあそこに落として来たのだろう。


どうせ誰も使う事は出来んのだ。


明日、行けばいい。


私は片付けて、部屋に戻った。




翌朝、禁薬を取りに行く事は出来なかった。


ウィリアムが急に出る、と言ったからだ。



「2、3日ゆっくりする、と言っていたはずだが」



私は歩きながらダンに聞いた。



「さぁて、俺にも理由は分からん。夜のうちに気が変わったんだろう」



何か用事があったのか?と聞かれても頭を振るしかない。


禁薬の事は気になるが、それだけの為に待ってくれ、というのも気が引けた。


あれは私以外の人間には蓋を開ける事も出来ないのだ。


納屋の持ち主が見付けても、また店に持って行くのが関の山だろう。


帰り道にでも寄ってみればいい。


それよりも気になるのはヘンリーの姿が見えない事だ。



「ダン、ヘンリーはどうした?朝からずっと見てないし、もう村を出てしまう」


「あぁ、ヤツは別の道で行くそうだ」


「一人で?大丈夫なのか?」


「元々一人で世界中を飛び回ってる奴だ。心配せんでも足手まといがいなくなって清々してるだろうよ」


「心配などしておらん」


「そうか……それより、ヤツがいない分、シャーロットの負担が大きくなるが大丈夫か?」


「当たり前だ。最初からヘンリーの事など当てにしていない」



私の言葉にダンは肩を竦めた。


が、ダンの言った通り、二人でモンスターと戦うのは骨が折れた。


2、3体なら問題ないが、一気に10体ほどで掛かって来られると、私も守備だけしている訳にはいかない。


アンジー達を守りながら杖を振り、ダンと一緒にモンスターを倒した。


ウィリアムは先を急ごうと朝から晩まで移動するし、大きな村はあの時以来なかった。


私はイライラしながら旅を続けた。


私にムリするな、と言ったヘンリーがいない所為でムリせねばならないとは。


傍にいるとイライラするが、いないともっとイライラする。


本当に忌々しい事だった。




大きな村を出て2ヵ月後、ドラゴンの巣まで後3日、という距離まで迫った時、私の前にヘンリーが現れた。


皆で野宿の用意をしている時だった。


私は補充用の薬草を探していた。



「久しぶりだな、シャーロット」


「ヘンリー!お前一体今まで何をしていた?別の道ってどういう事だ?私がどんな気持ちで………その御仁は?」



私はヘンリーの後ろに男が一人いるのに気付いた。



「あ~~紹介しよう。かれはラリー。ドラゴンに囚われてる姫さんの恋人だ」



私は握手の為に差し出そうとした手を止めた。



「恋人?姫君のか?」


「そうだ。まぁ、話はみんなのとこに行ってからだ」



ヘンリーはそう言って歩き出した。


ラリーも後を付いて行く。


私はその後を追った。


焚火を囲んだ皆の前でヘンリーはラリーを紹介し、話し始めた。



「俺、みんなと別れて姫さんの国に行って来た。で、聞き込みした。姫さんを取り戻せなければ戦が始まる、とシャーロットは言ったが、それが事実かどうか知りたかったからだ」



戦が始まらないのなら、取り戻さなくても良いんじゃないか、とヘンリーは考えたらしい。


そして聞き込みをするうちにおかしなことに気付いた。


国の人間は城の姫がドラゴンに攫われたなんて、誰も知らなかったのだ。


不思議に思ったヘンリーは城にも忍び込んだ。


そこで聞いたのだ。


攫われたのは、姫付きのメイドだという事を。



「あの国の王は、王子の国を欲しがってる。国土は広く、資源豊かな王子の国のほんの一部でも自分の国に、と考えているようだ。娘が結婚すれば同盟関係が出来て、戦を仕掛けることもままならなくなる。そこで一計を案じた訳だ」



姫が攫われた事にして、ウィリアムに取り返させる。


が、相手はドラゴン。


簡単にはいくまいし、上手くすれば戦を仕掛けるきっかけにもなる。



「俺、姫さんも見てきた。部屋で刺繍してたよ。囚われてるのがメイドなら取り返さなくてもいい、と思った。姫は城にいるって公言すれば戦は起こらないだろう、とも思った。で、帰ろうとした時、この人に会った」


「私はキャシーを取り戻したいのです。お願いします。私に力を貸して下さい」



ラリーは頭を下げた。


私達はウィリアムを見た。


しばらくの間、ウィリアムは何も言わなかった。



「私は、この者達を助けたいと思う。だが、姫ではないと分かった今、アンジーをドラゴンにくれてやる事は出来ない。何かいい考えがあるだろうか?」



ウィリアムはジョンを見た。



「さて、わしにはヘンリーが妙案を持っているように見えますがな」



ジョンは白いひげを撫でながら答えた。



「ヘンリー、そうなのか?」



ウィリアムの問いにヘンリーは頷いた。



「ただ、俺の作戦にはシャーロットの力が必要だ」


「シャーロット、お前次第、だそうだ」



ウィリアムが私を見る。



「王子のお心のままに」



私の答えにウィリアムは頷いた。


それを見たヘンリーは、その計画を話し始めた。




それから半年後。


私達は行く時より少し時間をかけ、同じ道を通り、国に戻った。


帰りは新しいメンバーが2人加わった。


出遭ったモンスターを倒し、野宿の時は交代で見張りをし、宿に泊まる時は寛いで休んだ。


城に戻るとすぐに結婚式の準備が始まった。


勿論、ウィリアムと助け出した姫との結婚式だ。


我が国王は式の日を2ヵ月後と決め、様々な国に招待状を送った。


勿論姫の国にも招待状は送られ、それには他の書簡と違って、持参金などは当日持って来られるが良い、と書き加えられていた。


姫の国から国王一行がこの国に着くにはどんなに急いでも1ヵ月はかかる。


招待状が届き、支度をする時間を考えれば、2ヵ月、という期間はいささか短い。


他国の王と違って、単身早馬で駆けつける訳にいかないからだ。


式の日が近づくにつれ馬や輿で国王達が続々と城に集まり、久しぶりに会った、或いは初対面の他国の王と親交を深めた。


そんな中、姫の父たる王が常識より多い軍勢を引き連れて城に着いたのは、式の当日。


すでに式は始まっていた。


大勢の国王達の前で、ウィリアムと姫は永遠の愛を誓う。


その最中、大広間に姫の父が乱入してきた。



「この結婚に異議あり。我が娘はそこのおなごではない!」



ウィリアムは姫を庇うように王の前に立った。



「何を仰るのです?私がドラゴンの巣から助け出したのはアナスタシア姫。間違いありません」


「ドラゴンから姫を取り返して来られるなど、あるはずがない。王子は拾ったおなごを姫に仕立てたのだ」



王はウィリアムを押しのけると、姫君の腕を掴んだ。



「お前はどこのどいつだ?顔を見せろ!」



王は姫の顔を覆うベールを手荒く払った。


王は姫の顔を見て息を飲み、目を丸くした。



「お父様、酷いわ。私の結婚式が台無しになってしまった……」



姫は涙をぽろぽろ流す。



「お前………なぜここに……城にいたのではないのか……」


「城に?そんな訳ないでしょう?私はドラゴンに囚われ、ウィルに助け出してもらった。城には1年以上戻ってなくてよ」



姫は涙をこぼしながら王に反発した。



「違う!ドラゴンに攫われたのはメイドだ!一体どうしたのだ、アナスタシア?お前はずっと城にいたではないか」


「お父様こそどうなさったの?まさか………持参金を出すのが惜しくなってそんな事を仰っているの?」


「ぃや、確かに持参金は持ってきておらんが、それは結婚するのがお前ではないと知っていたからで………」



王はあたふたと取り繕う。



「酷いわ!」



姫は盛大に泣き始めた。


ここで我が国王が彼らの前に進み出た。



「あなたは彼女が姫ではない、と仰った。だが、姫はそれを否定される。一体どういう事ですかな?」


「ぁ、ぃや、それは………」



王はキャシーが姫になりすましている、と考えていたのだろう。


だが、ベールの中の顔は確かにアナスタシア姫のもので、その声も話し方も彼女のものだった。


それで慌ててしまい、話さなくても良い事を話してしまったのだ。


愚か者が。


我が国王は相手の狼狽ぶりを見て、更にたたみかける。



「あなたは姫が城にいた、と仰った。ドラゴンに攫われたのはメイドだとも。まさかメイドを助ける為にウィリアムを危険な目に遭わせた、と仰るのか?」


「その………それについては……」


「更に持参金も持たず城に来た、と。アナスタシア姫が結婚する訳ではないと知っていた、と」



我が国王の腹から出る低い声は、相手を完全に威圧していた。


器の違い、というヤツだ。



「シャーロット、魔法を解け」



我が国王は私に命じた。


私は杖を振り、姫の姿を元に戻した。


我が国王は娘の手を取って大勢の国王達の前に出た。



「確かにこの娘はアナスタシア姫ではない。ウィリアムがドラゴンの巣より救ったのはこのキャシーだ。では肝心のアナスタシア姫は何処に?その答えはたった今、その父の口から発せられた。ウィリアムはこの男に謀られたのだ。どなたかこの事に異論を唱えられますかな?」



国王達は黙ったままだった。



「では、それを知った私がこの男を憎み、このような芝居をした事をご理解頂けますか?」



国王達は一斉に頷いた。


我が国王は満足げに辺りを見回し、それから震えている王を見た。



「我が国に攻め入るおつもりなら何時でも来られるがいい。が、あなたの国はすでに我が支配下にある。連れて来た軍は全て捕虜にした。牢に入るか、一文なしでここから出て行くか、どちらか選ぶ事を許す」



我が国王の言葉通り、今頃はダンの率いた軍勢が城に入っているはず。


キャシーを完璧に変身させる為、私はヘンリーの手を借りて姫の国に行き、姫を観察した。


その帰りに武器庫に封印術を施しておいたので、ダンは抵抗される事なく城を制圧しただろう、と思う。


王だった男は開いたままだった扉から脱兎のごとく逃げ出した。



「シャーロット」



我が国王の言葉に、私は男に向けて杖を振った。



「あの男の手の甲には罪人の印を施した。まさか、とは思うが、彼の者に手を貸すおつもりなら、お相手いたそう」



国王達は頭を振った。


我が国王はにっこり笑って、キャシーを見た。



「さぁ、ご苦労だった。今後はラリーと共に我が国を支えてくれ」


「ありがたき幸せにございます」



キャシーは深く頭を下げた。


姫付きのメイドだった彼女は、実に見事に姫を演じてくれた。


彼女のおかげでこの芝居が成功した、と言っても良いだろう。



「さて、これからが本当のウィリアムの結婚式だ。花嫁をこれへ」



ウィリアムが奥の扉に向かった。


そこを開けると、花嫁衣装の娘が出てきた。



「この者はウィリアムと共に旅した娘です。ウィリアムが惚れて惚れて、惚れ抜いてしまい、どうしても結婚したい、と幼子のようにごねましてなぁ。大変な親バカだが、それを認める事にしました」



親バカっぷりが恥ずかしいのか、ウィリアムに手を取られ出てきた花嫁を、我が国王は照れくさそうに紹介した。


国王達はさっきまでと打って変わった我が国王の態度に笑みをこぼす。



「さぁ、アンジー。待たせたな」


「いいえ。とっても楽しかったです」



我が国王は花嫁に笑いかけて、祭壇に向かわせた。


それから式が始まり、滞りなく終わった。




宴の途中で席を立つ。


華やかな席は苦手だ。



「シャーロット」



家に帰ろうと廊下を歩いていると、後ろから呼び止められた。


振り向くとヘンリーがいた。



「どうした?酒が口に合わんのか?」



ヘンリーは苦笑いを浮かべ、近づいてくる。



「ぃや、美味すぎて飲みすぎた。酔いを覚ましに出ようとしたら、あんたが出てくのが見えたんでな」


「そうか……ヘンリー、少し時間をもらっても良いだろうか?」



私はヘンリーを散歩に誘った。



「ぁ、あぁ、」



ヘンリーは驚いたようだったが、私の隣を歩き出した。


私は城の中庭にヘンリーを連れ出した。


月が明るい夜だった。


噴水横の東屋に着くまで、私は黙っていた。


話す事を整理したかったからだ。


酔いが回っているのか、いつもはうるさい程良く話すヘンリーも黙ったままだった。


東屋の中で私はヘンリーに向き直った。


ヘンリーも私を見る。



「ヘンリー……私はお前に話さねばならん事があるのだ」


「シャーロット、そんな改まって……一体何だって言うんだ?」



ヘンリーは困ったような笑みを浮かべる。



「俺はその……泥棒だし、世界中を飛び回ってるし……だから、その………何て言うか…」


「は?何を言っている?お前が泥棒である事など百も承知だ」


「ぁ、ぃや、そうだけどな」



尚も何か言おうとするヘンリーの前に手をかざす。



「しばらく黙っていてもらいたい。私が、話したいのだ」



私が手を下ろすと、ヘンリーは頷いた。


私はヘンリーの目をまっすぐに見た。



「ヘンリー……此度は世話になった。アンジーが幸せになれるのはお前のおかげだ」



ありがとう、と私は頭を下げた。



「捕えたモンスターを私から盗んだ禁薬で傀儡とし、それをキャシーに変身させて入れ替えるとは、なかなか上手い事を考えたものだ」


「ぃや、あれはあんたが作った薬とドラゴンを騙す程上出来な変身魔法のおかげ。俺は思い付きを言ったまでだ」



ヘンリーは頭を振った。



「その思い付きが素晴らしいのだ。今日のアンジーは本当に美しく、幸せそうだった」



この先を言うか少し悩む。


が、言わねば後悔しそうだ。



「私は……私は泥棒が嫌いだ。他人の物を盗む、という行為は絶対に許せん。が、お前の事はどうしても嫌いになれんのだ。どうだろう?このままこの国に留まり、泥棒を辞める事は出来ないか?」


「え?」


「お前ならダンの後継として十分に通用する。私から国王に話しても良い」



ヘンリーは私の真意を確かめるが如く、私の目を覗き込んだ。


しばらくして息を吐く。



「ありがとな、シャーロット。でも俺、泥棒は辞めない。だから引き止められたら困る」


「……そうか。恩人を困らせてはいかんな」



私はムリに笑顔を作った。


姫の国への二人旅はとても楽しかった。


私はヘンリーに問われるままに、ぃや、問われなくとも様々な事を話した。


ヘンリーに話を聞いてもらうと不思議に気持ちが落ち着いた。


その事に気付いて以来、彼は私に必要な人間だ、と思った。


が、自分の気持ちを押しつける事は出来ない。



「今言った事は忘れてくれ」


「だけどな、シャーロット」



ヘンリーがいつもの表情に戻った。



「偶然だが、俺が泥棒の世界一になるのに、どうしても盗んでおかなければならないモノがこの国にある。それを盗むまではここにいる」


「本当か?そんな偶然が?」


「あぁ、本当だ」


「それは何だ?」



それが私の知っているモノならば、盗まれぬようにせねば。



「さぁて、それは秘密だ」


「それでは隠す事も出来んではないか」


「隠す、ねぇ………シャーロット、俺はそれが何かを絶対教えない。だから盗まれたくなければ俺を見張っているしかないな」


「見張る?」


「そう。悪さをしないように。今までアンジーを見守ってたように、な」


「………つまりお前はアンジーの代わりをする、というのか?」


「俺となら結婚も出来るぞ?」



アンジーはウィンクした。



「それは願い下げだ。が、お前を朝から晩まで見張る事にしよう」


「そうか。なぁ、シャーロット。早速だが、俺、何処に住めばいい?あんたが見張り易いとこって何処だ?」


「そう……では、私の家に来るがいい」


「マジで?俺、男だぞ?」


「お前が私の望む以外の事をするとは思えん」



ヘンリーは絶望的な顔をした。



「が、私が何を望むのか。それはお前の腕次第ではないのか?」



「ぉ?おぉ、そうだな。それもそうだ。じゃ早速、俺達の家に行こうか」



ヘンリーは私の肩に手を置いた。


調子に乗るな、とは言ったが、その手を払い除けはしなかった。


とても温かい手だった。






2012/03/08


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