第二章『鴻門の快!!』編
ウソ!続いた。
「劉邦殿。劉邦様の危機です」
張良先生の言葉で目が醒めた。仮眠室から飛び上がり、激しい頭痛に蹲る。まずいまずいまずい!
「今は、何時だ。樊噲はどうした!?」
張良先生が黙って俺を指差す。いや、俺の後ろ?
「は、はへぇ~」
樊噲は俺の隣で、とても人に見せられない顔で気を失っていた。ヤバくヤバいヤバーい!
「お、おい!樊噲!樊噲ちゃーん!起きて!起きて起きて。昨日言ってたじゃん俺!明日はよろしくねって!最大の死地になるからーって!?台詞も練習したじゃーん!」
「げぇーっぷ。兄者ぁもう、飲めません」
あ、駄目だ。こうなったら半日は起きないからな樊噲。過去のデータからも明らかである。何でこんなことに!
「昨晩シコタマ飲んだ劉邦殿が、樊噲女史を誘ってこの待機所でおっぱじめてましたよ。その、酒宴をね?」
「心当たりしかねぇ!」
俺の名は劉邦。てか、死んで劉邦に転生したんだが、なんとここ、現実世界と異なるいわゆる貞操逆転世界だったらしい。
史実のように皇帝へと、男だてらに成り上がる気はさらさらなかったが、世の中が乱れることは分かりきってたので、初期の内から各地で有能な人材をスカウトしてたら、同じ劉邦の名を持つ女の子に出会ってさあ大変。
この女劉邦こそが史実における劉邦だったのだ。てっきりこの世界の主人公かと思っていた俺は、おもっくそ脇役だったのである。
いや、何かしらのゲームが元になってる世界なんじゃね?って疑惑があるから、ワンチャン竿役の可能性はあるのだが。
そんなこんなで史実と諸々ずれつつも、本日この場で始まるイベントが現実世界で言うところの鴻門の会なのである!
そう!項羽の陣内、劉邦ぶっ殺しキルゾーンとなったそこ、ダブル剣舞びゅんびゅんの中を樊噲がシールドバッシュ酒杯ガブガブ生豚モグモグ弁舌タツタツで助けるあれである!でも!肝心の樊噲は、俺の横で寝てるよ!お嫁に行けない、いやお婿を迎えられない、アヘ……アヘッドな顔でね!先進的すぎる顔つきでね!
「劉邦殿」
張良先生が俺に問う。女の子の劉邦。俺の妹分には劉邦様、俺には劉邦殿、と呼び分ける先生は、たまに敬称間違えて変に混乱したりする、天然な可愛さも備えてるナイスバディなのだが(皇帝の暗殺でも車両間違えてたしね!)、今この時は、戦略の怪物としての超然とした姿で佇んでいた。
「私は、主君の命でここにいます。不義理なので可能な限り、劉邦様を助けたいが」
その気になれば、別に帰っても良いのだ。張良先生は。だから、俺にどうする?と聞いている。
これまでの数々の出来事を見てきたこの人は、今回も俺が、どう打開するかを見たい、と言っているのだ。俺が諦めず手を打つならば、その手助けはしてやる、と。
「仕方ない。これは、使いたくなかったんだがな」
痛む頭を押さえながら、陶器を手繰り寄せる。透き通る中身を杯に注ぎ、一寸落ち着いて、息を飲み込む。
今から水を飲んだ程度じゃこの二日酔いは治らない。こんなコンディションじゃ、いくら美女美少女をいてこましてきた俺でもとても劉邦ちゃんの危地死地を救うことは出来ないだろう。だからこれを使う。
俺自身、眉唾と思って使ったことは無かった、伝説に聞くそれ、
「ごきゅごきゅごきゅ。……う、ウォォォォォォ!」
《迎え酒》というやつをな!
「オボエエエ……」
「ホントに面白い殿方」
「本陣に何のようだ!止ま、ホワィエ!?」
番兵が何か誰何しようとして、自ら奇声を上げて中断した。何なんだ。頭が痛くなるからやめろ。どうせなら嬌声あげなさい全く。
「ふ、服はどうした美少年!な、何で、その、裸盾でふらついてるのだ」
何でぇ人を裸エプロンみたいに。仕方ないだろう。着てた服は、酒とか吐瀉物とか汗とか、諸々の液体でビショビショになってたし。かといって、今日の宴会のために、昨晩仮設した劉邦軍用の待機所には男物の服なんて置いてなかった。
女物着て、うっかり女と思われたら困るからな。貞操逆転に加えて男子の数が少ないこの世界では、粗相不敬の類いでやらかしても男は最悪死ぬことはないが、女だとその場で切られかねん。樊噲の代わりにこの場にいるが、ビビリなんでね!
「なんだなんだ。楚の名将の本陣を守るような精鋭が、裸盾の男体ごときに動揺して。もしこれが賊の囮作戦とかだったら取り返しのつかない失態だぞ。全裸ならいざ知らず」
「は!そ、そうですね。確かに、美少年のふくらはぎとかツルツルの脇とかで動揺するなど、項羽様の名に泥を塗る所でした。張本人の貴方に言われることじゃないですが……ってぇ!見えとる見えとる!盾の上ぇ!哪吒太子の風火輪がぁ!輝く二輪が見ぇてますょ」
む。どうやら胸が見えたらしい。何だこの美女は動揺して。童貞かよ。むむ!童貞しぐさ美女だと。イイネ!
仕方ないので盾をずらして胸を隠す。こんなところで足踏みしてる訳にはいかんのに全く!うう、頭がぐらぐらする。また酔いが回ってきた。
「アバッー!今度は下ぁ。伏儀様が!伏儀様の人頭蛇身の、人頭部分がぁ!てか、長ぁ。その位置から見えるって、えぇー?」
えぇい!うるさい!もう良い!突撃じゃぁ!
「樊噲アタッーク」
「盾越しに裸体ぐぁ!」
腰砕けな番兵にシールドバッシュして陣内に突っ込む。奇跡的に運動エネルギーのベクトルが上手いこと重なったのか、幾重にも掛けられたカーテンを、かき分けかき分け、童貞番兵をソリにして滑りながら、陣内の宴席まで到着した。
「何事か!て、裸ぁ!背中とお尻が!」
「キャー!全裸で!女体を海に、盾を板に見立ててボディボードとしゃれこんでるぅー!」
「乗りこなされてぇー!」
高速移動で酔いを加速させ、思わずリバースしそうになるのを、頬を膨らませ、目ん玉ひんむいて押さえ込む。その形相のまま辺りを見渡す。リバース(液体)とオープン(裸体)のリスクのため立ち上がれないが。
これもゲーム的な誇張表現なのだろうか。項羽の本営は陣、というよりは巨大なサーカスのテントであり、その骨組みは銅ではない謎金属で支えられた、謎テクノロジーの産物であった。
いや、俺が古代人をナメすぎなだけで、これくらいの物を拵える技術は史実にもあったのかもしれないが。
その、天幕の骨組みの謎金属を軋ませながら、ギュンギュンジャリジャリ、上下左右に跳ね回ってる影が2つ辛うじて見えた。
たまに、我が妹分たる劉邦ちゃんの耳横を掠める軌道で銀光煌めくので、あれが噂に聞く剣舞なんだろう。そんなわけあるか!完全に劉邦ぶっ殺しキルゾーンじゃねぇーか!片方は守ってくれてんだろうけどさ!
肝心の劉邦ちゃんと言えば、ああ、これはひどい。俺くらいになれば顔を見ればわかる。いや、劉邦ちゃんメカクレ属性なので顔を見れないのだが、雰囲気でわかるのだ。
「お、お兄ちゃん。わたし、限界」
オドオドと頼りなさげな妹オーラから誤解されがちな彼女だが、これは、この場の殺気による恐怖からのセリフではない。
現在の彼女は自分の首が飛ぶかどうか何て心底どうでもよいのだ。
苦悶に口を歪め、正座した足をもじもじさせてる。そう、オシッコを我慢しているのだ!
首から上ブシャーよりも、股間から下ジョバーでいっぱいいっぱいなのである。器デカ!いやちっさ!
まあ、とりあえず命は無事で一安心。そんな彼女の反対側、上座に座る人物を見る。
「……」
じっと、動揺するでもなく、誰何するでもなく俺を見る妙齢の熟女。ここが、この貞操逆転世界への不満であり、元がエッチなゲームだったのかと推測する要素でもある。
この貞操逆転世界では、成人は基本的に十代後半くらいの見た目。高齢者でやっと熟女。史実で10代20代の若い武将とかはだいたいロリなのである。全盛期の姿が長く続く戦闘民族な感じだ。
「(需要少ないのわかるけどさ、狡猾なババアキャラの方がテンションあがったなぁ)」
劉邦にとって楚軍最大の壁。史実にて、覇王項羽をして亜父と呼び敬愛する老参謀。范増が目の前にいた。
この范増が上座なのはわかる。最年長なんだし。じゃあ、項羽はどこだ?
「あら、どなたかしら?」
人間は、予想だにしないものは、目が、脳がそれと認識しないらしい。戦場における伏兵の置き方のコツだと、早めにゲットしておいた韓信が教えてくれた言葉だ。
声がした方を向く。范増のすぐ側。その後ろ。背を海老反りにしてやっと目が合う。ただの背景だと、脳が勝手に処理していたようだ。本陣に飾られた壁画、彫像の類いだと。しかし項羽は最初からそこにいたのだ。
「その、見知しらぬ殿方。お胸が見えておりますよ。あ、妾の角度からは大丈夫なんですけども」
特注の椅子に座る巨大な少女がそこにいた。
……いや!確かに史実巨漢らしいし、劉邦とは親子くらいの歳の差あると聞いたことあるけども!!
「……あのー、もしもし?聞こえていますでしょうか殿方」
少女っていうか、巨大ロリ!!!首の細さとか肉付きがもう高学年なのよ!全長3メートルの!遠近感狂う!!
「えっと……あ、そうですわ。お酒、飲まれます?」
名案!とばかりに巨ロリが手を叩くが、巨ロリなので衝撃波が発生して范増の帽子は飛び、俺のボディボード盾はグワングワン鳴った。酔いが加速する。えーとなんだっけ。史実だと樊噲は、あ、そうそう
「いただこう」
せいぜい不敵にふんぞり返っておこう。いや、全裸ボディボードだから海老反りしか出来んし、結局この上なく不敬だが。
宴席に乱入して動揺させ、場を納める計画だったのが、予想外の巨女性癖により俺がビビる結果になった。酒が運ばれてくる間に策を巡らさねば!
いや、おかしいだろ。絶対、絶対この世界ゲーム準拠だ。巨ロリによって確信したけどもしかし、ゲームだとしたら項羽なんて主要キャラじゃないかよ!劉邦項羽なんて、三国志で言えば劉備曹操みたいなポジションじゃないのかよ。若いとか部下の話聞かない要素でツンデレキャラとかならまだわかるよ項羽。
なんだよ3メートル2次性徴って!普通に良い子っぽいし!!性格ねじ曲げとけよ!お前の性癖だけをねじ曲げんな!!
劉邦ちゃんだって確かにオーソドックスなヒロインっぽくはない。メカクレオドオド低身長爆乳だし。
カレーで言えばラッキョウ。福神漬けですらない人を選ぶ味変ポジだ本来なら。
しかし、あの子のメカクレは恐らく、一昔前の、恋愛要素あるRPGの主人公キャラのオマージュとしてあのメカクレなんだろう。
誰でもあり、何にでもなれる大器、というイメージが、これまで共に死線を潜り抜けてきて、俺の中で生まれている。
攻めすぎだろ!巨女ロリって!
「劉邦殿、杯が来ましたよ」
いつの間にか宴席に戻っていた張良先生に促されて我に返る。作戦とかなんも練って無かった!巨ロリに思考全部塗りつぶされとる!!
「って、デケェな!」
史実でも樊噲が、大杯で酒飲むみたいな描写あった気がするけども、そりゃ壮士なりとか言われるわこんな量!
「あ、ごめんなさい。つい、妾用の杯を取り寄せてしまいました。殿方に大変な失礼を。妾、山出しの若輩者でして、男女の作法もままならず……」
すごい謝らせてしもうとる高学年に!男を見せんかい劉邦兄貴!
「ゴッキュ、ゴッキュ、ゴッキュ」
「まぁ……」
「『女に恥はかかせない』、あれが音に聞こえし傾国劉邦」
「己を兄と慕う女達の為なら、躊躇いなく生肌をさらし、生命を忘れる、と言われているが」
「現に今、一糸纏わず、寸鉄一つ帯びずに死地に来ている。並みの胆力ではないな」
「大衆の前で伏儀様伏儀して見せた、というのも大袈裟では無い、か」
「下敷きになってる兵士、すげえ幸せそう。代わってほしい」
よ、酔いが回る~。
「良い男……お肉も食べますか?」
あー、何て言った今。肉ぅ?
「いただこう」
「そんであいつ、麦が無ければ肉粥を食べれば良いじゃないって言うもんだからこちとらブチキレてさー!棍棒(比喩)でぶっ叩いて叩いて、ぐでんぐでんの肉粥(意味深)にしてやったわけよ。そのま拐って、今はウチで俺の小間使いさせてんの」
「まあ、すごい。大スペクタクルですね。え、という事は二世様生きていらっしゃるのですか!?」
「おっと、言っちゃぁ不味かったか。でもダメだぜ。今さら立っても、世の中が存在を許しちゃくれない。俺の下(物理)にいた方があいつにとっても、みんなにとっても幸せだ。この事は俺と項羽ちゃんだけの秘密だよ?」
「まあ」
「だから、唯一持ってかえったのは、何故か元丞相と一緒に潜伏してたあいつくらい。なのにさー項羽ちゃんさー!関中入っても劉邦ちゃんたちは略奪もしないで、項羽ちゃんの為を思って、街の外に軍を置いてたんだぜ?函谷関だって賊対策に兵隊置いといたのにさあー!」
「あ、えっと、その、あ、お肉来ましたわお兄様」
おっと、来てしまったか豚生肉。絶対にやべえが、仕方ない。食いきるしかないな。
「む!これは!」
楚の美女兵士さんたちに運ばれて来たでっかい肉は、火が通っていた。ただし、それは香ばしいを通りこして焦げ臭い、真っ黒な、炭のような焼き肉だったが。
予想外だったがしかし、生豚食うより100倍マシだな。なんだろう。元がゲームだから、配慮して少なくともヤバい菌とかの心配がないコゲ肉に表現を差し替えたんだろうか。
平らげるのは大変だろうが、心配事が1つ減ったのは良かった。ダラダラ食って飲んで、宴会有耶無耶にしてやるぜ。
「さて、じゃあ切り分けさせていただきますよっと……む!こ、これはぁー!」
ナイフとフォークによってコゲ肉を切り開くと、大量の肉汁が溢れだした!
それだけじゃない。肉が、あ、赤い!
「まさか!ひょいぱく」
「あ、お兄ちゃん!生はダメだよぉ!」
劉邦ちゃんから際どいストップの声を発したが俺は聞いちゃいなかった。
「火が、通っている」
表面を焦げるまで焼いて固めてから、じっくり調理していたのだ!道理でお肉の提供まで時間がかかったわけだ!
挙兵してから関中入るまでのエピソード語れちゃたくらいだもんね!
「良かった。喜んで頂いて。捕虜を使って長年実験していたのですが、側近以外は警戒して食べてくれなくて」
さらっと怖いこと言われたし、結局素人の低温調理なんて危険であるが、将来的に自分が死ぬかもしれんのと、今ここで劉邦ちゃんが死ぬのとどっちが怖いよって話よ。
項羽ちゃんとのお話し中に剣舞も止んで、肉もまあ危険度少なくて、ほっと一安心。
一息つくついでに飲み物のもうとしても、手元のでっけえ杯しかなくて困るが。あ、その杯すら空っぽだわ。よく飲めたな俺この量。
「あ、お酒飲み干されてますね。もう一杯いりますか?」
この!自分基準で分量考えんじゃねえ!世間知らずの巨ガキがよ!わからせてやるよ!!
「いただこう」
この俺が可愛い妹分の為なら、巨ガキの上履きだって喜んでペロペロする男だってことをよぉ!
「良い男……」
「そんで、お父様の下を離れませんわ~!ってグズる王陵の奴に必殺の、」
「必殺のダブルパパスサンドですね!」
「そう!お父さんと俺がパパの言うこと聞きなさい、って両耳から囁いて、立てないくらい動揺してるところを連れ出してさー、っと、これは……」
面白エピソードに花を咲かせながら豚肉のコゲを削ぎ落としてると、キラリと光る金糸がナイフに絡まってきた。これは、髪か?
「あ、妾の毛。そんな、ちゃんと着けてたのに。ご、ごめんなさい。直ぐに捨てましょう」
え、項羽ちゃん自ら調理したの?でもずっとこの場でしゃべってたよな。あれか、下拵えだけやってたのかね。
ふむ、ここで、豚肉に付いてた髪の毛を捨てるのは、悪くはないがベストでもない。
何しろここは貞操逆転世界。想像して欲しい。お前は、ものっすごい美人のお姉さんに、素人料理を提供することになった冴えない卑屈童貞多感思春期少年だとしよう。
美人のお姉さんが、気にしてないよ、といって髪の毛を除いた所で、卑屈なお前は恐縮し、わざと髪の毛を入れた変態と思われたらどうしよう、そもそも、料理する人間として、衛生観念がない、とお姉さんに見下されてしまったら、とあれこれ考える。
あと、それはそれとした多感な少年なので髪の毛を除かれた事が、自分自身を除かれた様な気がしてショックだ。面倒くせえな童貞がよ!
むしろ、髪の毛が入ってた事を軽く怒って、コンビニでお菓子奢らせるとか、無駄に腕立て腹筋させる、とかそういう小さな罰ゲームを与える方が罪悪感も解消できて良い。
コミュ力に難ありな童貞少年も距離が縮まった感じがして嬉しいしな。
まあ、それくらいが、この世界の傾城美男子が考えそうな行動、いや、限界、である。
女劉邦との呼び分けのためか、最近は傾国劉邦等と呼ばれているが憤懣やる方ないぜ。
俺は、城どころか傾国すら超えて宇宙も傾ける!極上の男である!異次元の手管を見せてやるぜ!
「ぱくり」
「え、そんな咥えるなんて」
項羽ちゃんも周囲もどよめいた。髪の毛を、捨てるでも怒るでもなく、口に含んでやったぜ。奇行による驚きでまず罪悪感をかき消し、そして「あ、間違えちゃったてへ☆ほら失敗なんて誰にでもあることだよ。項羽ちゃんも気にしないで」作戦である。何より、毛を除いた場合の、自分自身も除かれたような気にぬるという多感童貞ムーヴに対しても、受け入れられた、と自尊心を擽れるのである。これで年頃のガキなんぞメロメロだ。
さて、あとは口から吐き出して、吐き出して、
まて、さっき、項羽ちゃんは何と言った?『ちゃんとつけたのに』……?何をだ?料理の時に付けるもの………バンダナか。バンダナにエプロンか。こっちの世界だと女の子がドラゴンのエプロンや裁縫セット欲しがるだろうしドラゴン柄だろうか。いや、あるいは給食帽か!布マスクとスモッグもつけてふぉぉ!
いや、いやいや落ち着け俺!ここで興奮してどうする!項羽ちゃんの前で伏儀様伏儀させる気か!ロリの前で!年齢制限ある危険な乗り物をよ!巨ロリだから身長制限は大丈夫そうだがな!
……身長制限?……まてよ、口に咥えた毛を舌でなぞり長さを確かめる。
長いから、てっきり髪の毛かと思ったが、項羽ちゃんの身長は3メートル。
髪の毛は短めのツインテールだが、金髪ツリ目ツインテールだが、縮尺がおかしいだけで常人の2倍の長さの筈なのだ!なんで金髪ツリ目ツインテールで性格がツンデレでもメスガキでもないんだよ!
項羽ちゃんは、何といっていた?『あ、私の毛。そんな、ちゃんと着けてたのに』…………髪の毛とは言ってないぞ。しかもあの身長だ。調理場、特注かもしれん。特注かもしれんが。……ちゃんと着けたのに?何をだ?この、史実ではなく、絶対にエッチなゲームが原作であろう世界で、料理中に着けるもの?そんなのわかりきってる。
裸 エ プ ロ ン だ !
「ごくん」
「ええー!」
「の、飲み込んだぁー!流石お兄ちゃん!普通の男子には出来ないことを平然とやってのけるぅー!そこに痺れる憧れるぅーー!」
着けてねぇ!むしろ脱いでる!というツッコミと、巨ロリ毛を飲み込む。項羽ちゃんの驚愕と劉邦ちゃんの称賛が宴会場たるテントに響いた。
んんー!美味ぃぃぃ!テロメアが長いと細胞のコク違いますなぁ!
「力、山を抜くぅぅぅぅ!」
「ああ!伏儀様が、伏儀した!」
「あ、あんなの死んじゃうよ!女媧様!お救いください!!」
ギャラリーが沸きに沸く。伏儀様が、ボディボードにしていた盾を跳ね上げて、如意輪観音みたいな姿勢で座ることに。
寝そべる事で隠れていた前半分の裸体を、衆目にさらす。
つまり俺の人頭蛇身、若き、若すぎるガキ覇王にもろ出しである。終わった!社会的に!
「え、竜!?お兄様のお腹から、竜が生じた!?」
知識ゼロ!良かった!変態とバレない!いや良くない!教育どないなっとんねん范増!亜母!男ならばいざ知らず、女子の支配階級で教育終わってないのはヤバいぞ!何か気付いたら世継ぎがお腹にいた、とかなるからね!
「これは、どういう、ことですか?妾の毛を、妾を飲み込んで、龍が立つ。それは、そういうことですか?」
変態バレの危機は去ったが、何か別の勘違いされた上に項羽ちゃんから殺気が漏れとる!お前のせいだぞ亜母。衰えを知らぬその亜体を亜乳でるまで亜ん亜んさせてやろうか!
項羽ちゃん武器とか手元に無いけど、あの身長である。デカさは強さだ。手拍子でソニックブーム起こしてた位だから、椅子に座ってる現状からノーモーションノーウェポンでこちらの首跳ねたり、ハエたたきのようにぺしゃんこにしたり出来そうだ。
そうだ、俺、命の危機だぞ。縮ま、より大きく!命の危機だからか!!やべぇよ!まだ子沢山ハーレムの夢……いや、わりと叶ってたな昔から。子供は……流石に何人かはそろそろ出来てそう?
「確かに劉邦殿は卜占に通じております」
ここに来て張良先生が口を開く。見聞と弁舌によって、劉邦を皇帝へと導いた戦略の怪物が!助けて!
「未来の事を、まるで見てきて知っていたかのように予言する、と持て囃されておりますが、しかしそのほとんどに彼は無自覚なのです」
そうそう!無自覚!無知!無害よ俺!
「そも、世の中の殆どの事とは、ただの偶然でございます。我ら無知な人の子が、些細な行動に大いなる意味を見いだし、勝手に右往左往しているだけなのです。例えば、今、項羽様が竜と見たのは、ゴニョゴニョゴニョ」
「え、うそ!男の人って凄い。え、じゃああれって」
「もちろん項羽様バッチコイいつでもウェルカムってことです。竜が出た瑞祥とかではないです」
「きゃあ」
上手いな張良先生。驚愕と情欲、人の感情を巧みに使って意識をそらさせた。死ぬかと思ったぜ。
「え、じゃあ妾の毛を飲み込んだのは」
「項羽様。世の中には、無知な人の子には計り知れない事が殆どでございます」
何かてきとーにはぐらかした!先生でも擁護しきれないの俺?
「あの、えっと、いつまでも居て良いですからね?お兄様」
しゃあ!ミッションコンプリート!!完全に暗殺する空気じゃなくなったぜ!!
あとは劉邦ちゃんにちょっとお手洗いにって言わせて、そのまま脱出である。
「あっ」
水魚の交わりな仲の劉邦ちゃんに目配せしようとして気付く。
多分、さっき興奮しながら俺を称賛した時だな。
「うふふ。あはは。ちょっとお手洗いにいってきますびちゃびちゃ」
語尾のように、平板イントネーションで擬音まで口にしている劉邦ちゃん。うん。ずっと、長時間我慢してたもんね。壊れるよねそりゃ。精神も膀胱も。
「待ちなさい」
じゃあ俺も、と席を立とうとして亜母、范増に呼び止められる。張良先生といい亜母といい、戦略家ってやつは一番効果高いとこでピンポイントに言葉発してくるな!酒の席で一番楽しくないタイプ!
「その女体サーフィンのアイデア、使って良いかな?アイデア料包むから。スッゴい流行ると思うんだ」
足下を見ると、ずっと下敷きにしていた兵士さんが鼻血の海に沈みながら、「体温が、盾ごしに体温が」ってぶつぶつ呟いてた。すまん、忘れてた。
「粗相があるといけないので、というか粗相したので劉邦様は帰陣なさいました。御詫びにとこれを」
そう言って、張良先生は陣を去った。劉邦さんも、あの人も、とっくに出ていってもう居ない。
「同年代の子たちに聞いたら、みんな履修済みだった……」
「まあそりゃそうでしょうよ。女子同士の猥談でそこら辺話題に上がってこなかったの?」
「姫様潔癖そうだし、って遠慮して猥談避けてたみたい。……猥談というワードそのものを今、亜母から初めて聞いたわ」
人間は、予想だにしないものは、目が、脳がそれと認識しないらしい。だからあの人を初めて見た時、神仙の類いが舞い降りたと思った。一糸も纏わず、滑るようにこの宴席の場に現れたのだから。全身輝いて見えたし。だから、あんな勘違いをした。
妾の毛を飲み込んで、金色に輝く龍が現れた。それは、1毛程度の矮小なこの項羽を飲み込んで、黄龍、皇帝が生ずると、竜、りゅう、劉が立つと、そう、勘違いした。
この美しき神仙が、言ではなくその体で、黙して示したのだと、お前の躍進は、天が許さないのだと。妾はその時、些細な行動に偉大な意味を見出だしたのだ。
だから、殺してしまおう、と思った。
天すらも妾を拒むと言うならば、あの母祖より継ぎし血すら捨て、この神仙を害して大いに罰を受けようと。
「まあ仕方ないですね。あんな美人、そうそう居ません。勘違いするのも仕方ない」
「そうね。でも妾が、殿方の事情に詳しくなかったのはたまたまよ。……タマタマ」
「思春期だなぁ」
「おほん!仕方ないじゃない。お母様は亡くなっちゃったし、世の中は慌ただしいし。タイミングが悪かったのよ。そう、タイミングが。致命的にね」
まさか、誰も亜母すらも、教育が終ってないとは思わなかったのである。あんまり、その、大っぴらにいうことでもないし。
張良先生自身が言ったではないか。無知な我ら人の子が、万事に意味を見つけ、勝手に右往左往しているだけだと。
無知無学な少女の妾、綺麗な言い方をすれば、無垢純粋な童。
そんなある種の聖性を備えた存在が、その生理現象を見て、身の内から竜が生じた!と見た、というならば、それは卜占に通ずる予言となろう。
他ならぬ妾にそれを言わせたのは、天による、思し召しとなろう。
「世の全てが偶然ならば、人の子が勝手に意味を持たせるならば、人の子が支配するこの地では、それが全てよ。妾が負けると妾が思った事を、あの場にいた何人が、子供の戯言と思うかしら?天の思し召しと思うかしら?」
少なくとも伯母様は、天の意志と思うでしょうね。本質が将ではなく、どうしようもなく侠であるあの方は。
「妾には《人》はついてこない」
この肉体である。あの人は、恐怖でなく、何故か怒り、を抱いていたが。
普通は怯え、ようやく親しくなった頃に、この目に瞳が《2つある》ことにやっと気付き、改めて恐怖する。子供も大人も。
受け継いだ血と地も怪しいものだ。この肉体である。母が心を繋いだのは、はたして善鬼か悪神か。口が裂けても、言わないが。
「だから《天》は譲れない」
劉邦さんは、既に《人》がついているのに。妾にはあやふやな血しかないのに。それは、ズルだろう。
「なら殺しておけば良かったのに」
「嫌よ。あの人に嫌われるもの」
欲しいな。どうしても欲しい。でも、無理だろう。
三皇五帝を越えると称した偉大な女でさえ、不老不死の霊薬すら手に入らなかったのだ。
妾ごときに神仙を得ることなんて、とうてい無理だろう。今はまだ。
「決めたわ亜母。妾皇帝は名乗らない」
「ほう?成らない、ではなく?」
皇帝でも無理ならば、王道、覇道、人の道を進むしか無いだろう。
「妾、覇王を名乗る」
「ほう、それはまた慎ましい事で」
今はまだ無理だけれど、いつかあの人を手に入れよう。覇王でだ。皇帝にはならない
舌なめずりしながら、置き土産、張良先生が置いていった御詫びの品とやらの封を解く。
ごめんねはぁと劉邦、とサインされたブロマイドが入ってた。全裸の。
「教育上良くない」
「ああー!亜母!ひどいっ!」
剣で真っ二つにされたブロマイドを抱き締める。妾サイズに大きくプリントされている、お兄さんの心遣いそのもののプレゼントを。
お兄さん。妾の心は奪われ、この身も既に虜です。
だから、どうか妾の事も、受け止めてくださいね?
でも多分続かない!