路傍の神様
今の人間には信仰心がない。
昔はやれ神様だ、やれ悪魔だと口にする人間が多かったが。
お盆や正月に神社を訪れる人間がほとんど。
信仰をただのイベントごととしてしか捉えていない。
「……」
私は今ただの路傍の石。
神社が廃れ、力を、土地を維持できなくなった。
崇め奉られてきた神ではなく、ただの野良として、人間の感情渦巻く街の中を放浪する他ない。
家無きホームレスみたく、私は一人道の上で寝転がっていた。
「何してんだ?」
「……」
見上げると、そこには一人のホームレス。
私が見えているらしい。
「おめえ、人間じゃねえだろ」
「だから?」
「別に。そんな縮こまってる神様は初めて見るぜ」
隣に座る男。
酒瓶をカートから引っ張り出して、色々な酒が入り混じったそれを飲み始める。
「家は?」
「無いよ。潰れた」
「そうだろうな。今どき神様を信じる奴はいねえ」
「そうね」
「どっから来た」
「あの山の向こう」
私が指さした方向を見て、男は頷く。
「ああ、なんか寂しくなったと思ったら」
酒をあおる男。
「そこまで解るの」
「ああ、昔は結構な占い師だったんだぜ?」
ゲラゲラ笑った。
そんな彼を見る歩行者たち。
バカにするように、汚らしいものを見るように。
「頭のおかしい人って思われても知らないわよ」
「気にしねえ。慣れたもんだ」
またゲラゲラ笑う男。
「あなたっておかしい人ね」
「おめえと話をしている時点でおかしいさ」
「……それもそうね」
体を起こして建物に背中を預ける。
「これからどうすんだ」
「これから?」
「ああ、俺は適当にこの街をほっつき歩くが、おめえもそうするか?」
「それは良くない気分だわ」
「悪くない生き方だぞ。俺が保証する」
「保証しなくてもいい。あまり良い生き方でもなさそうだし」
「それはおめえがまだ知らねえからだ。信仰されたり期待されてきた生き方から、誰にも期待されずに自分の好きなように生きる。まるで石ころみたいにな」
「嫌じゃないの?」
「やってみな。案外気楽なもんだぜ?」
「そうかしら」
足元に転がった小さな石を手に取って掌の上で転がす。
男は立ち上がって、カートに手をかけた。
「どうする。来るかい?」
向けられる視線。
何かを期待してくるその目線。
「仕方ないわね」
立ち上がり、彼の隣に立った。
信仰も何もない場所へ向かって。
私は騙された気分で歩き始めた。