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崋山先生ー2
海斗「江戸時代の日本では時々お米のとれない
年があってね、崋山先生が田原藩の家老
を務めていた1836年にも日本全国で
お米がとれない状況になったんだよ」
ボピ「えっ、それは大変でちゅう」
海斗「その年は日本じゅうで多くの餓死者が出
たんだけど、田原藩では崋山先生が前の
年から食料を備蓄していたから餓死者は
一人も出なかったのさ」
ボピ「崋山先生は先が読めるんでちゅね」
海斗「うん。崋山先生は先が読めるから、日本
の将来のことも心配していたんだ」
ボピ「どういうことでちゅか」
海斗「当時の日本はオランダ、中国以外の国と
は貿易をしないという政策をとっていた
んだけど、崋山先生はこれからの日本は
世界の多くの国と貿易するように変わっ
ていくべきだという意見を持っていたん
だよ。でも、それが幕府批判とみなされ
て、結局、崋山先生は処罰され1841
年この世を去ることになるんだ。その後
の歴史を見れば崋山先生の言っていたこ
とは正しかったんだけどね」
ボピ「クピイイイ!正しいことを言っていたの
に罰せられるなんて、残念でちゅう」
海斗「田原市には渡辺崋山先生の霊を祭る崋山
神社というのがあるそうだよ」




