宝箱は財宝を見つける
完結まで長く放置しましてすみません。
ラストで御座います。ちょっとばかり長めです。
波の音が絶え間なく聴こえるザブジャブジャブーン海洋王国。
役所のある北の島は、今日も曇っていた。
「アング伯爵令息イゼロ殿……本当に残念だった」
「ええ、有難う御座います」
王宮で型通りの弔慰を受け取り、手続きを粛々と終える。
女しか得られなかったアング伯爵位は、イゼロに委譲されることになるだろう。
奔放な母に呆れ果てていて家の将来を危惧し、継ぎたかったものだが、いざこうなると複雑だった。
あれから、母親も祖父も見つからない。
妹と名乗った娘は収監された。
荒らされた家も、戻ってきた使用人達に掃除され元通りになりつつある。
だが。
「この箱は何だ?」
家の調度品として見覚えのない。ガラス製の箱が転がっていた。
丁度、掌に収まるくらいの小さなものだ。淡く紫の蝶々か描かれている。
光の加減で、チラチラヒラヒラと動いているように見えた。何故か、手荷物に入っている。家に置いてきた筈なのに。壊れ物なので持ち運ぼうと言う気もしなかった、それなのに。
しかし不安定な鞄に押し込まれているのにヒビも無く収まり、嘗て図鑑で見た菫のような紫色に光っている。キュービカの蝶々の羽もこんな色だったか。
……そういえば、キュービカはどうしているのだろう。イゼロはアレから学校へ行っていないので、すっかり疎遠と化している。そもそも彼女は学生だったのだろうか。忍び込んだのだろうか。
「……」
変わった娘だった。
あんなに儚い美少女なのに商人だと名乗っていた。
自分へ好意を寄せてくれていた。
誰に優しくしても報われない醜いイゼロに、だ。
……訳が分からない。
「……何処に居るんだろーな、キュービカ」
「まままー!? お呼びになりまして!」
「ぎっ!?」
急に高い声が耳元で囁かれる。驚きすぎて、イゼロは転ぶ所だった。
「貴方のお傍に即参上! キュービカで御座いますの!」
「ど、何処に……ど、どど……」
「まま、ドキドキさせてしまいましたの? 申し訳有りませんわ。つい、お傍にいたもので驚かせるつもりはナッシングでしたのよ」
「……お、お傍に……?」
今、役所を出た所だが閑散としていて人出など殆ど無かったというのに。
まさか偶然頭上を飛んでいたのだろうか。
「あれ? 箱がない」
「あら、お探しで? 此方に」
キュービカが鞄のように紐を下げた箱をイゼロの眼の前に捧げて見せる。
大きさが違う。
が、似ていた。同じ作者の物だろうか。
「いや、ソレじゃなくて……何か、家に転がってた箱……」
「コ・レ! ですわよ?」
「…………は?」
揶揄している風でも、冗談を言っている様子もない。
見目で散々向けられていた悪意に、イゼロはは敏かった。
全く無い。善意と言うか……好意しか向けられていない。偽装だとしたらとんだ名女優だろう。
「ま、詳しいことは今からお話しますわね。そうだ、砂浜のカフェなんて如何? ワタクシ、貴方とカラフルなフルーツフロートをシェアしてみたくてウキウキですの」
頬を染めながらも、キュービカはグイグイと混乱するイゼロの腕を引っ張ってくる。
非力な伯爵令息だが目方のあるイゼロを引っ張る力は中々強かった。
「……いや、え? 展開が急すぎないか」
慌てふためきつつも、嫌な気分はしない。それに、女の子とカフェにいく機会なんてイゼロにはとんと無かった。寧ろ、少し気分が高揚してきた気もする。
しかしその時、横槍が入った。
「ちょっと、ちょっと! アング伯爵令息! アンタ、爵位継ぐんですって? ならあたしが嫁に行ってやって良いわよ」
「は?」
「……は、あ? アナタ、何様でして? んんん、んー?」
「!?」
冷たく睨みつけようと思ったら、横から更に低く冷たすぎる声が闖入者に向けられた。
キュービカのその変わり様に、内心イゼロはちょっとビビる。
「な、何よその女……。あたしが、婚約者サマでしょ」
「ま……婚約者、サマ? チャンチャラ可笑しいですわねー。アナタ、イゼロ様のお顔立ちに誹謗中傷罵詈雑言投げかけていらしたわよねえ? ジャンル上の爵位にあの暴言、大・大・大罪ですわねー」
ジャンル上ではないが、確かに上の爵位への暴言は罪になるな。警備騎士に言っておけばよかったとイゼロは心の中で呟く。面倒だからと放置するべきではなかったようだ。だが、鱈の準男爵令嬢は更に言い募る。
「な、土臭いアンタには関係ない……!」
「まま、イゼロ様が被虐趣味だとでも? 素敵な罪が重なりますわねえ……」
「……そもそも、コイツは貴族として何者だ? 準男爵の庶子だったか? それ以前に性格も嫌だ」
「う、煩いうるさーい! アンタんちの婆さんが持ちかけてきたから、あたしが伯爵夫人なの! 泥まみれの土塗れの出番なんか無いんだから!」
ギャンギャンと騒ぎ立てる鱈の少女にイゼロは警備騎士を呼ぼうと辺りを見回す。
だが、今日は本当に人通りが少ない。使用人を連れてくれば良かったと
「……本当に。そちらこそ御口が悪意の泥炭の塊ですわねえ……」
「キュービカ?」
「そおんなに土がお嫌? それならそのまま塊にして差し上げてよ」
「……、え? あ」
バクンッ。
金属製の大きな扉……いや、箱の開く、そして閉じる音がした。風が吹き、瞬く間に……眼の前には誰も居ない。
「……ど、何処へ消えた?」
これではまるで……つい先日の母親が消えた時のようだ。
そっくりそのまま……。
「まさか、キュービカ」
「……つ、つい……」
キャピッと音が鳴りそうな勢いで小首を傾げられても、戸惑いしか湧いてこない。
いや嘘だ。イゼロはちょっとばかり、ときめいてしまった。
キュービカの仕業なのだろうか。
まさか……。
「あの、そのですわね。ええと……取り敢えず、お茶を致しませんか?」
「……そ、そう、なのか」
「ええ」
キュービカの提げた箱がキラリと輝く。
まるで、生き物のように。
「先程、開閉したのは……まさか、この箱なのか。
箱が開閉した程度で人が消える?」
「……ええと、お恥ずかしながらワタクシの種族の得意技でして」
「隣国の、蝶々ではなく?」
「あ、それは……入り婿の父親の種族ですわ。現当主は母ですの」
「……現当主……」
「今は定住しておりますわ。母の箱は、虫籠形式ですの」
「虫籠……」
父親の種族は、蝶々。だから、虫籠なのか?まるで飼われているような言い方だった。
「……まさか、監禁……」
「ご、誤解です誤解です! 父親はオイタが多いので特殊な監禁ですが、我々普通に伴侶とお出かけ致しますのよ」
「……意味が判らんが、説明は可能か?」
「ま! 理解を示してくださり、有難う御座います! やはり貴方は、理想のダーリンですわね」
「ゴフッ!?」
イゼロはつんのめって顔面を打ちそうになった。
「お、お足元が!? 少し其処の椰子の木の下でお休み致しましょう! というか雪がチラついてますのに椰子が枯れないとか凄い生態系ですわ、この国は」
「確かに南国ではねーが……普通に生えてるな。そんで、話を続けてくれ」
「喜んで! ワタクシ、隣国で魔獣子爵令嬢の地位を授かっておりますですの」
「……魔獣、子爵? 聞いたこと無えな」
「此方でも少しばかり似たような地位を女王陛下から授かりましたわ。ダブル子爵ですわね」
「……まー、正常的にアリなのか? 今は平和だからな」
「そうですわね! それでその……少しばかり、ちょっぴり、魔獣の血を受け継いでおりまして」
「まあ、俺もアンコウだしな……」
魔獣が何なのか、知り合いがいないのでよく分からない。イゼロは名前では凶暴そうだとは思った。
しかし、物騒な名前は眼の前の可憐なキュービカとは結びつきそうにない。
「ワタクシ、カスタマイズできる箱と共に生まれる種族なんですの」
「……ヤドカリみたいなもんか? アレは余所の物か」
「そうですわね、魚介類みたいなモノですかしら。多分」
「多分……」
それにしては、箱はよく出来た工芸品に見える。とても生まれ持った物には見えない。
「古代には、湿った洞窟の奥に潜み……色々貯め込んでいたようですの」
「烏とか光り物を集めたりするな」
「ま、イゼロ様ったら博識! ……えーと、こ、此処まで申し上げたらお分かりかと思いますけれど」
「いや、全然分からん」
キュービカは膝でも痛めたのか、ガクッとしてしまった。慌てて、その細い体を支える。
「貧血か? 大丈夫なのか」
「イゼロ様ったら、冒険小説とか異世界小説を嗜まれませんの?」
恥じらいに頬を染めながらも、キュービカはイゼロの胸にスリスリと頬を寄せてきた。流石高貴で素敵でいい香り、でもワタクシの香りにも染めたい……とも呟いている。取り敢えず無意識のようなのでスルーすることにした。
「……く、来る日も来る日もスペアとして領主勉強三昧だ」
「お労しい!! やはり素材にして正解でしたわ!」
「素材?」
「そうですの、素材とか金銀財宝にご興味は?」
「威張ってると思われたくないが、今の所不自由した覚えもない。冒険者でも無いし、剥製は嫌いだし、内職の趣味も無い」
「ナチュラルボーン伯爵令息……ノーブルですわ……」
「それで結局何なんだ」
「ワタクシ、菫鉛のタプタプ……。種族的にはミミック……と呼ばれております」
イゼロは短めの首を傾げ……また捻った。
彼の知識には全く無いものである。余所の国の生き物はメジャーどころしか知らないし、習性なんてもっと知らない。
そして、余所の国の貴族制度も未だ未成年なので魔獣子爵とやらも履修していない。
「ミ、ミック……? ……それって何だ」
「ええと、そのですわね。ミミックは箱型の魔獣でして……冒険小説なんかでは、財宝の入った宝箱……ワタクシですわね。狙ってきた冒険者を襲います」
「? 財宝を狙われて襲われるのか。気の毒だな」
「ええまあ、襲われないと反撃致しません」
「平和的だな」
「ま!? そ、そうなんですのホホホ!」
魔獣なんて付いているが、キュービカの見た目通り平和的な種族らしい。
「それで、俺にどうしろと?」
「あのですわね。マジックボックスをご存知で?」
「やたら仕舞える収納だと聞いたことがある」
「そうなんですのよ。それでその、ミミックもその系統の魔獣なんですの」
「ミミックが何か知らんが、便利だな」
「ま! ご存知ないのに褒められました!」
滅茶苦茶匂いを嗅がれている気がする。フガフガと鼻を鳴らす美少女のされるがままになっていたが、誰か通れば不審だろう。少しばかり身を起こして距離を取る。
キュービカには滅茶苦茶不本意そうにされた。
「お住まいもご用意出来てますの。コツコツお商売とか罠に掛かったカモのお陰で」
「カモとは鳥か? 商人は罠猟もするんだな」
「はい、ワタクシ罠を掛けまくりしますのよ。商品と宝物は蓄えないと悲しいタイプですの」
「あまりゴチャゴチャしたのは嫌いなんだが」
「あああ! 大丈夫ですわ! 一見ただの箱ですが、居住部分と収納部分は厚くて高い障壁が有りますの! ゴチャゴチャなんてお見せいたしません!」
「そ、そうなのか……箱?」
「はい、この中に!」
自信満々に鼻先に突きつけられたのは、あの紫のガラス製の箱だった。
今は、ご婦人方の持つ宝石箱程度の大きさになっている。
「旅を致しませんか、イゼロ様。どうか、ワタクシの伴侶として」
キラキラと潤む瞳に見つめられて、イゼロの呼吸が一瞬止まった。
行ってみたい。
此処から出たかった。
隣国や、他の国。この国の中でもくだらない都市伝説なんてモノも、見てみたい。だが……責任はどうするのか。イゼロの胸に湧いた希望はしぼんでゆく。
「……一応コレでも名門伯爵家の跡継ぎなんだが」
「女王陛下に許可は頂きましたの!」
「……は?」
まるで其の辺の書付けのように渡されたのは、立派な筒に入った高価な紙の公文書。
「お届け物がお気に召しましたようで! 伯爵家との婚姻を許可してくださいましたの! あ、勿論! イゼロ様のお心をゲットしてからですわ!」
「……ゲットしてから……とは、え、俺を?」
「勿論! ワタクシの行い、引かれませんでしたでしょう?」
「……取り敢えず、俺と安全に旅をしたいって事は分かった」
「勿論! 安心安全に旅を致しましょう! そ、そーではなくて。ワタクシの、その、罠には……」
「方法は何だかよく分からんが、俺を守ってくれたんだろ。剣で守ろうが牙で守ろうが不思議な力で守ろうが代わりはない。それに」
「それに!?」
「好意を向けるのが、俺でいいのか? 俺はこの通り醜いし……伯爵家程度の知識しかない。金目当てでも資産もまあ、そんな唸るほどはないし」
「ワタクシの宝物! 愛しい方!」
「ぐえっ!」
眼の前に、キュービカの顔が真近に迫る。
「貴方様を、ずうっと探してましたの! ワタクシの愛にドン引きしない、受け入れてくださる海のような愛しい方」
「他の男? ドン引きしたのか?」
「ま!? け、決してお付き合いに至った事は御座いません! お話し方でバターンと来たんですの。やはり、番へのレーダーは当てになりますわね! 恋は戦! 頼れるのは己の血潮と肉体ですわ!」
「そ、そーか……」
スリスリと頬を擦り合わせるキュービカの背を、イゼロは撫でた。
そもそも、見目でドン引きされたことしか無い。こんなに触れ合える他人……肉親すら居なかった。
「愛してますわ、これからも」
「急だな……」
「ええ、急展開はお嫌い? ワタクシ、貴方様だけの宝箱ですわ。ワクワクさせますのよ」
「……ワクワクは、良いな」
こうして、アング伯爵イゼロは爵位を継いだその日に、他国の子爵の婿となった。
深海の屋敷は普段閉鎖され、夫妻が偶に訪れる別荘となる。
後に、小さいアンコウの沢山の子供達を連れて。
彼らが深海に定住するのは、子供達が爵位を継いだ後。
それまでは……色んな場所をふたりで旅したという。
ただ、不思議なことに夫妻が宿に泊まる事は決してなかったらしい。
キュービカは婚姻後、魔獣子爵を継ぎます。他の魔獣子爵と違って、若干世間知らずの旦那様の為に旅をするようですね。
お読み頂き有難う御座いました。
良き週末をお過ごしください。